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正義執行管理局の日常 その3

 犯人たちが銀行に立て篭もり五時間が経過していた。未だ出てくる気配はなく、場は緊迫している。そこに、一人の少女が水色のボブの髪を揺らしながら台車に乗ったダンボールを銀行に向かって運んでいた。加賀だ。

 加賀はダンボールは大きめのサイズが二つ積まれており、その中に入っている食料を届けようとしていた。


「持ってきたよ〜。人質五十一人、あなたたち五人、合わせて五十六人の食料たしかにお届けしました!」


 加賀は銀行の入り口にいる犯人の前に台車を置いた。


「置いたらさっさと向こう行け! 妙な真似したらお前も撃つぞ!」


「おっかないおっかない。大の男が幼気(いたいけ)な少女に銃を向けるなんて。ひえ〜。下がります! 下がりますのでどうか撃たないで!」


 犯人は加賀にピストルを向けた。向けると同時に代車に近づく。加賀は両手を上げ、観念したかのように後ろに下がる。加賀は台車を渡したこと以外は本当に何もせず、その場を後にした。

 しかし加賀の後ずらす表情はピストルを向けられた恐怖の表情ではなく、こちらの思い通りと言わないばかりにニヤリと笑っていた。


 犯人は台車を銀行内に運ぶ。その周りにもう一人の犯人がつく。


「腹減ったな〜」


「まあ待てって。今出してやるからよお〜」


 台車を受け取った犯人は一番上の箱を開いた。そこには大量のおにぎりや菓子パンが入っていた。


「うひょ〜! うまそうだ! 金も手に入って食料も手に入りゃ、当分ここで過ごせそうだ!」


「最高じゃねえか!」


 犯人たちの会話を人質たちは不安になりながら聞いていた。人質たちはここに五時間も閉じ込められ、携帯などの通信機器は全て没収、会話することも禁止されていた。

 何より最悪なのが、一人ピストルを向けられている四十代の女性がいた。警察たちや人質たちが不審な動きをすればいつでも撃つようにするためである。


 一番上の食料を確認すると、それを下に下ろした。犯人たちはコンビニの食料がタダで食べられることもあり、気分は舞い上がったいた。


「さあさあ、二つ目の箱は何が入っているのか……と」


 二つ目の箱に手をかけたその時だった――


「ふんっ!!」


 バンっとものすごい音が銀行内に響き渡った。


「うはっ!!」


 犯人の一人は顎を強打し、骨に直撃。その場で倒れる。意識を失い、白目を剥いた。

 箱の中からは紫色のロングヘアーの少女が拳を上げて出現した。服装はメイド服。そこからスタっと可憐に床に着地した。


「くそっ!! 警察だ!! 撃ち殺せ!! うおおおお――ぐはっ!!」


 今度は銃の音。男はナイフを持って少女に向かって走り出したが、少女は腰からすぐさまハンドガンを取り出し、犯人の胸に撃ち込んだ。男は多少の血を流して倒れ、気絶して動かなくなる。

 その音を聞き、残りの犯人三人が少女に視線を向けた。


「警察? 失礼なことを言わないでください。警察よりも完璧に任務を遂行し、一切の犠牲を出さない正義の存在。正義執行管理局局長の紫可憐です。以後、お見知り置きを」


 可憐は優雅にスカートの裾を(つま)んでお辞儀をした。まるで、何処かのお姫様が舞踏会で初めて挨拶をするかのような優雅さ。

 そんなことをしている余裕は普通ならない。だが、可憐にはその先の余裕が見えていたから、側から見たら悠長(ゆうちょう)だと思える行動をしていた。


「あなた方犯人に宣告します。今すぐ武器を捨て、人質を解放して投降してください。さもなければあなた方も痛い目を見ます。どうします?」


 可憐は選択の余地を与えた。今から自分が何をするかを知っているからこそ、与えた選択。もちろん、大体の場合は拒否をして抵抗をする人間がほとんど。それでも可憐は聞いた。可能性があるなら痛めつけたくはないと願って。


「舐めやがってっ!! 殺せ殺せ殺せ!!」


「うああああっ!!」


 人質に銃を向けている犯人は残りの二人に指示をした。そのうちの一人はナイフを向けて可憐に向かって走り出す。その時可憐は小さく何かを呟いた。やっぱり、と。


「はあ!!」


 ナイフを持った右手の手首を片手で思いっきり握りしめて、後ろへと投げ飛ばす。


「うおっ!?」


「くたばりなさい!!」


 さらにそこから百八十度回し蹴りをし、犯人の横腹にものすごい力を込めて蹴りを入れた。その蹴りは犯人の骨に直撃。可憐以外の誰もが聞いたことのない音が銀行内に響き渡り、その男はものすごいスピードで七メートル先の壁が(へこ)むほどに飛んでいき、壁に埋まる。


「し、死ぬ……」


 その男も動かなくなった。

 可憐は一息ため息をつくと、今度は女性にピストルを向けた男を睨みつけた。


「お、怯えることはねえ……へ、へへへっ……こ、こっちには人質がいるんだ……!」


「い、いやーーー!!」


「おらあああああ……!!」


 男は引き金を引こうとした。女性は大声をあげ、人質たちもざわつき始めた。男には躊躇いはもうなかった。


「あ、あれ……」


 男の胸にはナイフがすでに刺さっていた。厳密にはサバイバルナイフ。まるで初めから刺さっていたかのように静かに刺さり、出血する。そこで男は倒れた。


 男は引き金を引こうとして引き金に触れた。そこまでは男の思った通りの行動。だが、可憐からしてみれば「それまで」だった。触れた瞬間に引き金を引くよりも早く、男に気づかれないように静かに素早くナイフを投げつけたのだ。


「ママああああっ!!」


「ううっ……!! もう大丈夫よ……!! どなたか存じませんが、ありがとうございます……!!」


 四十代の女性に泣きながら飛び込む幼い子。それを見て可憐の表情は少し緩んだ。


「市民の笑顔を守るのが我々の勤めです。お礼なんて要りません。当然のことをしたまでですので」


 安堵(あんど)した。人の幸福をまた守れてこうして笑顔が見れた。その場にいた人たちは喜んで声を上げた。彼女はその場にいた全員からお礼を言われるが、お礼を言いたいのはむしろ自分の方だと可憐は思っていた。幸せな笑顔を見せてくれてありがとうと。


「死ねえええええええっ……!!」


 犯人はまだ残っていた。銃を上げ、可憐に狙いを定める。だが可憐はすでに気がついていた。ずっと自分を狙っているということを。もしそれが人質に向けられていたものなら今すぐにでも男を仕留めていたが、可憐は自分にずっと向けられていたことを知っていたため、あえて泳がせていた。彼女はその時を待ち、静かに目を(つむ)る。


「ひゃっはーーー!!」


 犯人の全身に大きな鉄球がぶつかり、鉄球と共に吹き飛んでいった。鉄球と共に壁にぶつかり、鉄球の下敷きになる。男もまた、その場から動かなくなった。


「正義執行管理局ナンバースリー加賀、さんじょー!!」


 加賀だった。彼女は可憐に銃口が向けられていたことを侵入と同時に見つけたため、モーニングスターを犯人に投げつけて可憐を助けたのだ。可憐はそのことすらも加賀の足跡でわかっていたため、あえて攻撃しなかった。

 加賀はその一瞬で風の向きや犯人の位置で当てる箇所を調整していた。もし下手に可憐が撃ったりして位置をずらしたりすれば、下手をすれば人質に投げつけたモーニングスターが当たっていた可能性があったため、可憐は動かなかったのだ。

 加賀もまた、すぐに撃たないのは人質を狙っていたないと可憐が判断したためであると感じたり、攻撃を開始したのだ。


「ほんと雑よね、あなた。武器を投げつけるなんて」


「いやあ〜、不器用なもので〜」


 加賀はわざとらしくニヤニヤと笑う。可憐もわざとらしく言っていた。


「ま、兎にも角にも」


「「任務完了!!」」


「「おおおおおおおっ!!」」


 人質たちは可憐と加賀に向けて全員拍手をして大喜びした。可憐と加賀は敬礼のポーズをし、任務を無事に終えた。

 外の警察たちもなんだかんだあったものの、全員拍手をして歓声を上げる。長官が悔しい顔をしながら拍手をしているのが実に滑稽だ。



 これが、正義執行管理局。平和を守り、市民の笑顔を守る。犠牲も出さずに、任務を完璧にこなす。それこそが彼女たちの仕事。


 ええ? 東條隆のあの件はなんなんだって?

 それはまた、別のお話……




「……」


 遊園地のヒーローショーの舞台袖に一人、黙想をしている少女がいた。時を待ち、自分の出る幕を待つ。


「……」


 正義執行管理局ナンバーツー、赤城。仏像のように待つこと二時間。彼女がこうしているのには理由があった。



 二時間前。ヒーローショーが始まる直前の出来事。


「加賀……やっぱりこの服で人前に出るのは……」


「大丈夫大丈夫! 可愛い可愛い!」


 赤城は赤色の戦士のような服を着ていた。おへそを出し、赤色のステッキを持ってそわそわしている。魔法少女マジカヨのマジカヨレッドのコスチュームを着ていた。今回、遊園地側の運営からヒーローショーの運営を任せられた正義執行管理局。可憐は敵役の怪獣、加賀は司会、そして赤城はマジカヨレッドのコスチュームを着ることになっていた。

 というか、加賀と可憐が押し付けたというべきか。赤城はコスプレ好きだから問題ないと。

 しかし赤城のコスプレは身内同士に見せるだけのもの。人前で見せるのはかなり恥ずかしいものがあった。

 なお、前回の雪男は例外である。


 そこで加賀は提案した。


「でも、緊張して私……動けない……」


「じゃあ、マジカヨレッドっていう声が外から聞こえたら舞台に出よう! 私の声は司会だからノーカンね!」


「わ、わかった……頑張る……」


 出るタイミングがわかっていれば、赤城は動くことができると思い、加賀は提案した。加賀には悪気はない。しかし、それは本来なら数十分後に起きるはずの出来事。にもかかわらず、観客席からは誰一人としてマジカヨレッドの名前を呼ばない。

 その頃にはすでに、隆と可憐との激闘が繰り広げられていた。そんなことが起きているにもかかわらず、「マジカヨレッド」という単語以外のノイズとなる言葉は全て脳内で弾いていた。


「……」


 そして二時間が経過した。ここまで来ると赤城の集中力もなかなかなものと感心する。しかし、その場にいた彼女の同僚たちは銀行強盗の任務で誰もいない。

 それすらも気づかずにただ時を待つ。

 赤城も任務に来るように言われていたが、動かざること山の如し。彼女の耳は今、「マジカヨレッド」しか受け付けていないのだ。仲間たちは不審に思いつつも、いつもクールな赤城のことだと思い、この場は任せろ言っているのだなと思い、赤城だけをその場に置いてきた。


「あれま。マジカヨレッド終わってしまったかのお」



「……んっ!!」


 そしてその時がやってきた……!

 掃除のおばちゃんがさりげなく口にした言葉という道を歩み、彼女は舞台上に走り出して登る。袖幕を通り、大きくジャンプして舞台に降りた!


「きらりきらりっ!! あなたの矛盾を打ち抜くよっ!! あなたにマジカヨと言わせたい、マジカヨレッドだよっ!! 悪い子はマジカヨって言わせちゃうよっ!!」


 ステッキを振り、可愛く一回転をして全力で可愛く挨拶をした。自分は今は管理局の人間ではなく、子供達を守る一人のヒーロー! プリティな戦士! それを胸に、彼女は頑張った!

 どれだけ恥ずかしくても、お仕事をこなす!

 だってそれが私なのだから……!!


「……」


 しかし、誰も彼女の言葉に答えなかった。それもそうだ。この場には同僚たちもいなければ、客もおらず、六時になって閉店する遊園地だったのだから。


「おおっ! お嬢ちゃん可愛いね〜。もしかして、マジカヨレッドのコスプレかい?」


 いや、たしかに目の前には客は一人いる! 掃除のおばちゃん! おばちゃんはにこやかな笑顔で赤城を見つめる。しかし、赤城は顔を赤くして涙目で目が潤んでいた。

 さらに涙と共に(うな)り始める。

 何で泣いているのかはわからない。でも泣きたかった。そして、怒りの感情が湧き上がった。


「加賀あああああっ……!! 出てこい、あの馬鹿あああああっ……!!」

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