楽し◯◯◯んだが?
電車を降りて江南家へ着く。母さんには美沙が電話でシゲ爺に伝え、それを母さんに伝えていたみたい。だから家には寄らずにそのまま来た。もどきもシゲ爺のボディーガードのような形で僕が家を出てからもずっと江南家にいた。
それもろもろ母さんにも伝わっているのだろう。
――そして審判の時が訪れる。
「それで美沙……今日のター坊とのデートは楽しかったか?」
いつになく深刻な口調で言うシゲ爺。その言葉に僕は生唾を飲み込む。もどきも先程事情は伝えたため、僕と同じ行動を取っていた。
ここで美沙が「楽しかった」と言えばセーフ。「楽しくなかった」、あるいはそれに類似の言葉を言えばアウト。セーフは生きる、アウトは死ぬという意味。シゲ爺は美沙に僕とのデートが「楽しくなかった」と言った場合、「楽しかった」と言わない限りデートを何度でも繰り返すとかも言っている。僕と何度もデートしたいがために美沙があえて嘘をつく可能性すらある。美沙がそう思ってるなんて思わんが。
事情を話せばその時点でアウト。僕の腕に巻きついているバングルが作動して不正と見做して爆発するだろう。
つまり、事情を知らない美沙の選択で僕の数分後の生き死にが確定することになるわけだ。
「うーん。そうだなあ……今日のお兄ちゃんとのデートはね、」
美沙の言葉はそこで止まる。
僕は自分の手を重ねて祈った。頼む、「楽しかった」と言ってくれ! それを言ってくれれば僕は救われる! その一言を言ってくれれば僕は生きることができるんだ……!
頼む頼む頼む頼む! 死にたくない! 死にたくないんだ!!
「楽しくなかった」
「……え?」
その瞬間、バングルが赤く点滅し、ブーブーと音を鳴らす。さらにはあの締め付ける感覚。血管が押し潰され、血液が回らなくなり手が白くなる。
「ぎゃあああああああっ!! 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!! うおおおおおおおっ……!!」
「あああっ……!! どうしましょうどうしましょう……!!」
もどきは焦り出してその場で足踏みをしている。かと言う僕は手首の痛みを紛らわしたくて部屋中を駆け回った。しかし、時間が経つにつれてだんだん血管の圧縮も大きくなっていく。ここでもう覚悟しないといけないようだ。
父さん、母さん。最後まで馬鹿やっててごめんよ。こんな馬鹿が先立つ不幸を許してくれ。
もどき。お前はシャルロットたんの真似事ばかりするやつだったが、嫌いじゃなかった。
そしてシャルロットたん。待たせたね。今そっちに行くよ。ゴートゥーマイヘブン……
「って言いたいところだけど、すっごく楽しかったよっ!!」
「痛い痛い痛い痛い痛い痛――あ、あれ?」
「え?」
赤い点滅は収まり、血管の圧縮も緩んでいく。僕もその場で止まる。もどきも驚いている。何がどうなっているんだ? よくわからないが、僕は助かったということなのか?
「お兄ちゃんさ、ご飯も奢ってくれたし、ヒーローショーの時に私を助けてくれたんだよ! 怪獣をパンチ一つで十メートルも飛ばしちゃったりしてさっ!!」
「おお! ター坊すげえじゃねえか!! お前はもう立派な一人前の男だ! さすがは武さんの息子! これなら安心して美沙を任せられるってもんよ!!」
「あははははっ……」
美沙は腕をシュッシュ!と前に突き出すポーズをする。シゲ爺は美沙の言っていることに関心を持っているみたいだが、最後の十メートルの話は信じてないだろう。これも孫のためを思った優しい嘘ってやつか。
そんな時、もどきの顔をふと見る。またこのなんとも言えない不満そうな顔。最近はいつもこの調子だ。
「それでター坊はどうだった? 楽しかったか?」
今度は逆に僕に質問をされる。僕は迷わず答えた。
「勿論だ。美沙との最高の思い出を作ることができた。シゲ爺、そして美沙、今日はありがとう」
二人に礼を言う。それは本心。シゲ爺が遊園地のチケットをくれたからこそ行けた遊園地だし、美沙と一緒だから楽しかった。副業だからとかではない。純粋に楽しかったのだ。
「うん!」
「いいってことよ! ……っと、それと約束の品だ」
シゲ爺はポケットに手を突っ込むと、ポリ袋を取り出し僕に投げつけた。それを落としそうになりつつもうまくキャッチする。
「人の物を投げるな」
「悪い悪い。完全修理だぜっ!」
ウインクをして親指を立てる。軽くため息をつきつつ、中にはスマホが入っており、取り出して電源をつけるとちゃんと作動した。なんなら充電も満タンになっている。シゲ爺が満タンにしてくれたのだろう。ほんと何者だよ、この爺さん。
「すげえ、完全に治ってる……ありがとう、シゲ爺」
「おうよ! また壊れたらいつでも来な! 別の意味で対価はいただくがな」
それが今回で言うところの美沙とのデートってわけですか。まあ今回のことがなければ美沙と遊びにいかなかっただろうし、ある意味壊れてよかったかもな。
「それと美沙。今度みんなでどこかに行こうと思っている。まだどこかは決まっていないがどうだ? もどき、お前もな」
「もちろん行くー! 私たちを連れて行くならちゃんと楽しませてよね!」
「是非ご同行させてもらいます! ふふっ」
美沙ともどきは元気よく返答した。昇龍を合わせてこれで三人か。僕を入れれば四人。別に人数は決まってはいないが、仲のいい奴は入れておきたい。そうだな、できればあいつとあいつは入れたい。
しかしどちらもアポイントを取るのは少し難しそうだ。何かいい機会でもあればいいのだが。
それから僕ともどきは江南家を出て自分の家に戻ることにした。しかし、そこではすでに悪い出来事が起きていた。
「おい……どういうことだよ……! 父さんそれは本当なんだろうな……!?」
「ああ、わしらは今日はずっと家にいた。だから物音がすればすぐに気がつくんだが……」
「まさかこんなことになっているなんて……」
「そ、そんな……」
家に入ると目の前には地下室を覗く父さんと母さんの姿があった。父さんと母さんもたった今気がついたようだった。
地下室で監禁していた蘭壽がいなくなっていた。この家は全て施錠されている。全ての扉や窓は僕らが帰ってくるまで鍵がかかっていた。うちの鍵の紛失はない。何より今日は父さんも母さんも家の外へは出ていない。つまりどういうことか。蘭壽はこの家という密室から姿を消したのだ。
地下室を除いても初めからいなかったかのように消えている。しかし、上条が巻きつけたインベスト製の縄が切れて落ちていた。
外から出て行くにしても施錠する方法は二つ。外へ出てからうちの鍵で外から鍵を閉める。もしくは外へ出てから室内にいる母さんか父さんのどちらかが施錠する。これで密室の完成。
もちろん、母さんと父さんはやっていないと言っている。そもそもそんなことをしてもメリットはない。だからその線は薄い。
そして家の鍵は父さんと母さん、そして僕の三本とも下駄箱の上の鍵置き場にちゃんと置かれている。もどきはまだ母さんが持たせていないらしい。
何より蘭壽のあの巨体だ。すぐに物音でわかるはず。
あいつがいくら怪力の巨体とはいえ、インベスト製の縄がある限り、能力を封じられているため、自力で抜け出すことなどできない。
それができたのならとっくにやっている。
何より根本的に考えてあいつが逃げればまた僕らの誰かに危害が加わる可能性がある。前の僕や上条みたいに。だから父さんと母さんは蘭壽を監禁していた。
そういえば朝、蘭壽はこんなことを言っていた。
「今日で私はこの部屋からお別れさ」
「本当にただの勘だよ。そして、今までありがとう。またどこかで会った時はよろしく頼むよ」
あの言葉はまんまそのまんまになってるじゃないか。
「クソうっ……!!」
床に思いっきり拳を打ち付ける。やられた。完全にやられた。この密室からどう逃げ出したかなんて考えていても仕方がない。今日はもう遅い。寝よう。