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守り抜くんだが?

 右手の出血は相変わらず酷い。さっきよりも血がだいぶ(にじ)んでいる。意識は朦朧(もうろう)とし、視界がぼやけ始める。


 だめだ……少し目を(つむ)らないと……


 (まぶた)が閉じていく。もう力が入らない。大丈夫、少し休むだけ……少し……少しなんだ……


「ガルルルル……!!」


「え……?」


 その声を聞いた瞬間、目が一気に覚めた。獣の(うな)り声。聞き覚えもある。少しだけ怖くなり、レジャーシートを持ち上げて美沙と僕の顔を隠す。しかし、その唸り声は間違いなく近づいてきていた。


「オオオオオオオオッ……!!」


 動きが一瞬止まったかと思ったら雄叫びをあげ始める。奴の口には大量の血痕が付いている。あれは僕の血。さっきの山犬か。雄叫びをあげた数秒後、さらにガサゴソと音が聞こえ始めた。それも一つや二つではない。いくつか聞こえる。


「ガルルルル……」


「ガルルルル……」


「ガルルルル……」


「ガルルルル……」


 レジャーシートから少し顔を覗かせる。奴が呼んだのは他の山犬四体。奴を合わせれば五体。さっき僕にやられた恨みでも晴らしにきたとでもいうかのように。五体の山犬はさらに距離を縮める。まずいな、こりゃ。

 このまま隠れていれば僕らはこいつらの餌食。幸い、後ろには山犬はいない。だったらせめて、僕が犠牲になってでもこいつを逃す……!


「美沙、起きろ……! おい……!」


「……え……? どうしたの……?」


 目を(こす)りながら眠そうにしている。その間にも音はさらに近づく。


「さっきの山犬だ。いいか、こっから先に隠れてろ。絶対に見つからないようにな。お前、隠れん坊は得意だろ」


「……っ!? や、山犬っ……!? お、お兄ちゃんはどうするの……!? ねえ、お兄ちゃんは……!?」


「僕が奴らの気を()きつける。この先、お前を守ってやれるのは僕だけだ!」


「でも、それじゃあお兄ちゃんが死んじゃうよ……! あんなのに勝てるわけないって……! 嫌だ嫌だ嫌だ!」


「いいから行けよ! このままだと僕もお前もやられるんだ! お前だけでも助かってほしい! 大丈夫だ、美沙のことはこの先何があっても守ってやるって誓う……! だから行け! あああああっ……!!」


 僕らのやりとりなどお構いなしに一匹の血塗られた山犬が右腕に飛びつく。倒れそうにはなったが、なんとかバランスを保つ。倒れれば完全に奴らの餌食になるだけだから。


「お、お兄ちゃんっ……!? ごめん……! ごめん、お兄ちゃんっ……!!」


 美沙は泣きながら走っていき、少し離れた木陰に隠れた。これで美沙は安全。なら、今度は僕が足掻く番だ。左ポケットに入れていたハサミを取り出し、雑に握りしめる。そして、奴の腹部めがけて振り下ろした。


「オオオオオオオオ……」


 グサリと腹部に刺さる。心を痛めている場合ではない。雄叫びを再び上げ、痛みを声に出しているようだった。しかし、それでもまだ僕の腕からは離れない。

 その痛みは声だけではなく、口にまで力を入れてくる。


「あああああああっ……!! クソがあああああああっ……!!」


 ブチャリと腕を強く噛み締める。腕からの血が飛び散り、奴の顔に血痕が付着する。奴がやったのと同じようにして、僕も痛みを声だけではなく、左手に力を入れて再びやつの腹部に刺した。

 痛みの苦痛を叫んだかと思ったら、突然高く飛んで僕から離れた。諦めた? いや、違う。

 奴の呼んだ仲間の瞳は赤く輝いているように見えた。間違いない、五匹で本気で僕を殺しにかかっている……!!


 お前らがそうなら僕だってやってやるよ。


 ポケットからさらに小型の懐中電灯も取り出す。右手に懐中電灯。左手にハサミ。これが僕の武器。

 山犬全員の瞳を睨みつける。僕は覚悟を決めた。


「お前らさっきの復讐か。お前らも大変だと思うぜ、こんな山の中で獲物を探して狩りをして生きるのに必死。同情の心すら捨てて他の生物を食い殺したり、時には命をかけることは地獄だ」


 山犬に語りかける。もちろん、言葉が通じるわけもない。それでも本気で僕らはこいつらのことを頑張っていると褒めているつもりだ。それが野菜に生きる生物とはいえ、苦労する面もあるだろう。だけどな――


「だから僕を美味しく頂こうって寸法か。お前らの生きる道の一つだ。別に僕は食われたとて恨みはしない。だがな、それなら僕も抵抗させてもらうぞ……!!」


 ハサミの歯を山犬に向けた。対象は僕を何度も殺そうとした血塗られた山犬。人にハサミを向けてはいけない。小学一年生のころ先生が言っていたっけ。それは相手に対して失礼だの、危ないだの。

 でも相手は人じゃない。そして今は命すら狙われている。それなら向けても問題ない。


「ガルルルル……!!」


 山犬は一斉に体を震わせ、(うな)り始める。やるしかない……!!


「元きた地獄が生ぬるかったことを、後悔させてやるよおおおおおおおおっ……!!」


「お兄ちゃあああああああんっ!!」


 走り出した。牙を剥いた五体の山犬に向かって。全員の標的は僕しか見えていない。それなら問題ない。食い殺されるのは僕だけなんだから。

 山犬たちは無我夢中で僕にむしゃぶりついた。腕や脚、胴体までお構いなしに。

 痛い。けど、それ以上にスカッとしたかな。人は死に方なんてほとんどが選べない。だけど、今の僕は最高にかっこいい死に方をしたって自分で誇っていいんじゃないのか。

 そう思うと、痛みなんてかすり傷としか思えなくなってきた。

 最高にクールだぜ。



 ――その時だった。

 上空から(まば)く激しい光が。激しい機械音がして僕と五匹の山犬を照らす。五匹は驚き、上空を見上げた。僕も薄れゆく意識の中、(まぶた)から覗く。


 ヘリコプター……?


 だんだん近づく。森が激しく揺れる。光はさらに強く僕らを浴びさせる。


「オオオオオオオオ……」


 その光で山犬五匹は森の奥へと逃げていった。


「遭難者発見! 十歳くらいと思われる男性! 付近にも同じく十歳くらいと思われる女性! 男性の方はかなりひどい傷だ。至急手当を!」


 オレンジ色の服を着たガタイのいい男たちが何人も降りてくる。救助隊か。全く、おせえよ……


 その後、僕らはヘリコプターに運ばれた。ヘリコプターには美沙ももちろん一緒。どうやら、学校側が僕らが来ないことに気がつき、連絡したらしい。救助隊は来るのは早いと聞く。人の命がかかってるし。

 じゃあなんでこんなに遅かったかは学校側が連絡が遅れたのだろう。全く、いい歳した大人が間抜けなものだ。


「ねえ、お兄ちゃん?」


「ん?」


「さっきのお兄ちゃん、誰よりもカッコよかったよ。私のことを命懸けで守ってくれてありがとう、ナイト様」


 涙を浮かべていた。それでいて笑っていた。泣くのか笑うのかはっきりしろってものだ。こっちが反応に困るんだよ。でも――


「これから先、何があろうとも僕が美沙を守ってやる。姫君が助けを呼んだら駆けつける。それが、ナイトってやつだろ」


「うんっ!!」



 そこから僕は誓ったんだ。何があろうともこいつを守る。どんな敵が来ようとも命をかけてでも守り抜く。ナイト……か。今思えば懐かしい思い出。この一件がなければ、もしかしたら美沙とはずっと不仲だったかもしれない。

 それが仲良くなれたきっかけ。


「お兄ちゃん……!! お兄ちゃん……!! しっかりして!! お兄ちゃん……!!」


 誰かが僕を呼んでいる。お兄ちゃんって呼ぶのは美沙しかいない。美沙が僕を呼んでいる? 何かあったのだろうか。

 僕らは遊園地に行っていろんなアトラクション乗って、ヒーローショーを見ていた。そしたら紫可憐にやられて……それからどうしたっけ? 僕やられたんだったよね。じゃあ、ヒーローはいつ現れるんだよ。

 マジカヨレッドだっけ? いつになったら助けが来るんだよ。


「お兄ちゃんは私のナイト様でしょ……!! みんなを助けて……!!」


 そうだ、ヒーローなんて現れなくていいんだ。


 だって、そのヒーロー……いや、ナイトは僕なのだから……!!

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