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これが全力なんだが?

 舞台に紫可憐と美沙が登ると、腕で美沙を逃さないようにしていた。


「がっはっは。さあ、食べちゃうぞ〜」


「なんと、怪獣に小さな少女が捕まってしまったぞ〜! これは大変だ〜!」


 紫可憐の怪獣演技はそれなりにしっかりして見える。こいつらがなんでこんなところにいるかはわからないが、ただの市民活動の一環なら無駄に突っかかることもないだろう。そんなことを思いつつ、美沙を見る。


「助けて……助けて……」


 助けてと言って泣いている。泣いている? なぜ泣くんだ? さっきまでのこいつの行動は演技だと思っていた。だがここまできて、しかも泣くなんてことあるのだろうか? 場を盛り上げるため? いや、そんなはずはない。


「助けは来ないのだ〜。お前はこの私に最初に食べられる人間になるのだ〜」


 違う。僕は馬鹿だ。あいつは本当に助けを呼んでいる。だから助けを求め、泣いた。そして助けを呼んでいるのはマジカヨレッドではない。


「助けて……! 助けて、お兄ちゃあああああんっ……!!」


「おい、美沙から離れろ」


 僕なんだ!


 僕はカバンを放り投げてから静かに舞台の方に歩いて行き、舞台に繋がる階段を登る。その間、紫可憐を瞬き一つせずに睨みつける。

 そしてわかった。こいつは美沙をあえて捕まえ、僕を呼び出した。ショーなんかじゃない。美沙を人質にしている。おそらく、僕が隣にいることも気がついていてわざと美沙を。どこからともなく汚いやつだ。上等じゃねえか。


「お?」


「お前の目的は僕だろ。美沙を離せ」


「お兄ちゃん……!」


 舞台に上がってもひたすら睨みつける。紫可憐は怪獣の服を全身に(まと)っているから表情は読めないが、今頃狙い通りの獲物が釣れたと思って心の中で(あざ)笑っているだろう。笑いたければ笑っておけ。今からお前のその笑顔ごと潰してやるよ……!


「あ、あなたなんでこんなところにいるのよ!? 今日は民間活動でここに来ていて……まあいいわ。探す手間が(はぶ)けたわ」


 よくわかないことをぶつぶつと言っている。何を言っているかはわからないが、やはりまだ僕を追っていたようだ。()りないやつだ。


「あなたの狙いはこの子よね? この子を返して欲しければ、私を倒して見なさい。返り討ちにして、ボコボコになったあなたを管理局へ連行してあげるわ」


「汚い! 実に汚いぞ、この怪獣! 弱みを握り、一人の元引きこもり男を訓練を重ねたであろうやつがあろうことかボコボコにすると言い出した! くー! 許せませんねえ!」


 司会の加賀はなぜか司会を続ける。なんで引きこもりってことをこいつは知っているんだよ。でも、加勢するわけではないのか。ならちょうどいい。


「ボコボコにされるのはお前だ! 覚悟しろっ!!」


 助走をつけて走り出した。普段のあいつなら勝てないが、怪獣の皮を被っていれば動きが鈍くなるはず。まずは回し蹴りからだ。

 紫可憐は美沙を離し、美沙は後ろへ数歩離れる。距離がわずか五十センチほどにまで詰めたところで僕は攻撃を始めた。


「おら!!」


 やつは怪獣の着ぐるみのせいで腕も脚も短い。圧倒的に僕の方が有利。


 ――僕の足はそこで止まった。違う、止められたんだ。


「あなた馬鹿? 言ったでしょ、あなたは私には勝てないって」


「……なっ!?」


 短い左手で僕の足を掴んで止める。引き下がろうとしても動けれない。完全にやられた。攻撃は当たる可能性はあっても、掴まれれば終わり。

 並大抵の人間ならそうではないが、こいつは陣地を超えていることをわすれていた。


 左手で僕を勢いよく持ち上げ、浮遊させる。左手から離れようとしても離れられない。

 次の瞬間、僕を思いっきり前に投げつけた。


「お兄ちゃん……!?」


「ぐっ……! ううっ……! ぐはっ……!?」


 床の摩擦が熱くなるほど木の板の床を滑り、何メートルも飛ばされた。しばらく身動きも取れずに倒れ込む。なんて馬鹿力だよ、こいつ。


「大丈夫〜? 可憐も容赦ないねえ。部下である私ですら恐怖を覚えるよ」


 目の前で立ち膝で僕を覗き込む加賀。


「あんたのとこの局長なんなんだよ……命がいくつあっても足りねえよ……」


 体を震わせながら立ち上がる。負けらんねえよ、こんなところで……! 刺し違えてでもあいつを倒したいレベルだよ……! とにかく、幼馴染の前でカッコ悪いところなんて見せられない……!


「まだやる気ですか。あなたじゃ私には勝てないですって。あなたが大人しく捕まればこの子は解放してあげます」


「ふざけんじゃねえよ……! 毎回毎回邪魔ばかりしやがって……! お前を倒すまでは……死んでも死に切れねえんだよ……!!」


「ひゅう〜」


 再び走り出した。背中が摩擦で痛い。わかってる。普通にやっても勝てないことくらい。でも戦わずにただ捕まるなんて、そんな情けない姿を見せるくらいなら最後まで足掻いてやる……!

 しかし今度は、紫可憐も走り出してきた。何をする気だ……!?

 足の速さは着ぐるみを着ていても僕より速い。読めない……読めない読めない読めない読めない読めないっ……!!


「しまっ――」


 体を床に任せ、狙いを僕の足に定めた。足と地面を平行に滑らせ、横になった状態で僕の足を仕留めにかかる。

 気がついた時にはもう遅かった。


「ぐはっ……!!」


 体制を崩し転げ落ち、そのまま顔面から床に叩きつけられる。鼻と額を大きく打ち、目眩までしてきた。前には人型の影ができている。

 あいつは今、僕の背中の上にいる。もう終わりだ。


「じゃあまたね、さようなら」


 小さく風の音が鳴る。僕の上から。その音はだんだん強なり、背中に風を感じる。


「はあっ!!」


「あああああっ……!!」


 ドンと大きな音が鳴り、背骨付近に拳がダイレクトに当たった。その痛さは突然巨大な岩が降ってきたような痛み。その痛みに意識が朦朧(もうろう)としていく。だんだん視界も鈍り始め、耳も遠くなる。


「にいちゃ……にいちゃん……お兄ちゃん……!!」


 美沙が近くにきて僕の体を揺すりながら何か言っている。僕は全力を出した。この全力の十倍以上に匹敵するのがこの紫可憐。勝てるわけがないんだよ、最初から。

 ごめんな、美沙。カッコつけた挙句、負けるなんて最高にダサい男だよ僕は。

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