ヒーローショーなんだが?
夕暮れ。日が沈み、月が登ろうという時間。あの後も僕らはたくさんアトラクションに乗り、楽しんだ。美沙も楽しそうにしていた。
幼馴染との遊園地。今日はいい思い出ができた気がする。
出口が見え、帰ろうとするが、出口の正面にある舞台のようなところに人だかりができていた。それも子供ばかり。
「なんだ?」
「あ! 魔法少女マジカヨのショーだって! 見たい見たい!」
「魔法少女マジカヨ? どこかで聞いたことがあるようなないような……」
美沙は子供のようにぴょんぴょんと跳ねながら言ってみせる。魔法少女マジカヨ。どこかで聞き覚えがある。それもつい最近のこと。どこだ? どこで聞いた? そんなことを考えていたが、考えても仕方がないという考えに至り、話を繋げる。
「見たいのか?」
「うん! 一番前空いてるからあそこにしよう!」
先は大体が子供で埋め尽くされているが、ポツポツと空いている席がある。その中で一番前がちょうど二人分空いていた。美沙に手を繋がれたまま、舞台のその一番前の席に座る。
席に向かっている間は美沙と魔法少女マジカヨとはどういうものかという話を聞いていた。
魔法少女マジカヨ。マジカヨレッドとマジカヨイエローの二人で構成されている戦士。日曜の朝にやっている子供向け番組で、敵を相手を言葉という武器で薙ぎ払い、「マジカヨ〜」と言わせるという、子供向けだか社会人向けだかなんだかわからない番組だそうだ。
すでに司会はいる。美沙からの情報に集中して見ていなかったが、どんなやつが司会をしているのだろうか。こういうのは大方若い男性かリアル女と相場が決まってい――
「なっ……!? あいつ……!?」
水色の髪でボブ。服装は白色のTシャツではあるが、見覚えがある。間違いない、あいつだ。
正義執行管理局ナンバースリー、加賀っ……!?
前回あいつは、トゲの鉄球、モーニングスターを武器に、暴れ回っていた。あんなの振り回されや殺されるのは間違いない。
今は司会という立場上、当然だが手には持ってはいない。しかし前回、最初は持っていないかのように見えたが、どこからともなく取り出した。それは紫可憐にも同じことが言える。
何より、僕らは一番前の席。あいつは舞台の上。その距離は大体四メートル。
あいつらにとって僕は犯罪者にしか見えていない。もしあいつらが警察だったら?
こんな舞台なんて関係なく、僕を殺してでも捕まえるはずだ。
ここにいては危ない! 僕どころか美沙まで!
「み、美沙、やっぱり後ろで見ないか? ぼ、僕、あのお姉さんの近くにいるとドキドキしちゃって〜……あは、あははははっ……」
「何言ってんの? らしくもない。それとも、なんかやましいことでもあるの? どっちでもいいけど、私はここがいい」
「頼む、ここじゃまずいんだ! あの司会のやついるだろ。あいつ知り合いなんだよ!」
「お兄ちゃんとあの女の人が? いやいや、どこに接点があるの。なんかほかにやましいことでもあるんでしょ」
気づかれないように小声で話している。美沙も僕が周りに迷惑にならないため小声で喋っていると思っているのかはわからないが、小声で返す。
しかし、何を言っても動こうとしてくれない。まずい、本当にまずい。手は握られているため、動けない。仮に動いた場合、美沙に騒がれて気付かれたら一貫の終わり。
こうなったらもう、祈るしかない。
すると、楽しげな音楽とともに司会である加賀がマイクを顔の前に持つ。
「良い子悪い子紳士淑女のお友達ー、こんにちはー! 司会のお姉さんでーす!」
「こんにちはー」
「今日はこの遊園地になんとあの、マジカヨのレッドが来ているよ! ちなみに、イエローは大人の事情で休みです!」
めちゃくちゃな言葉から始まる司会。なぜかわからないが、テンションが高い。このまま気がつかなければいいが……
こっち見るなよ、こっち見るなよ……!
「……ん?」
「……っ!?」
しまった、目があった……!? 顔を俯かせて逸らしたが、既に遅い。もう一度顔を見ると、進行を止めてこちらを真顔で凝視する。どうする? 意地でも逃げるか……!?
「にひっ」
加賀は歯を見せて笑みを浮かべる。なんなんだよ、あの笑みは!? 今から仕留めに行くから待っとけの笑みなのか!? これから殺しに行くの笑みなのか!? だめだ、全く読めない……!
「今日はみんなは何しにここに来たのかな〜? ジェットコースター? あの命懸けのスリルを感じる恐怖がいいねよね! メリーゴーランド? あのファンタジーの世界に――」
僕への凝視をやめ、一人一人の客である子供達を見ながら語りかけ始めた。なんなんだよ、ほんと……! まさか気づいてない? いや、そんなわけない。あの目は僕を見ていた。じゃあなんだ? 何を仕掛けてくる……!
すると、舞台の音楽が代わる。おぞましい音楽というべきか? まるで、今にも悪役が登場しそうな雰囲気。舞台裏から何かがこちらに向かってくる。ドスドスとした音とともに。
「ガオーー! 今日は美味しそうな子供の匂いがするぞー!」
赤色のゴタゴタした皮を被った怪獣のようなやつが舞台裏から出てきて前に立つ。ああ、これが敵役か。それにしてもよくできた怪獣だ。すごい素材がしっかりしてるんだな。
でもこの声どこかで聞き覚えが。中のやつは声的にリアル女。声は低い声で作っているように聞こえるが、若い方だが、少し大人びた声。
「うわあ! 妖怪彼氏なし――じゃなくて、怪獣だ! みんな気をつけて! ああいう人間――じゃなくて、怪獣になっちゃだめだよ!」
「ちょっと、あんた! 誰が彼氏なしよ! 仕事が忙しいだけよ!」
怪獣の中の人間の声が聞こえる。その声は素の声。
「あ、あいつ、まさか……!?」
もうわかった。加賀がいるということもそうだし、あの声で確信がついた。正義執行管理局局長、紫可憐。まさしく今の僕の一番の因縁の相手。加賀もそうだが、加賀よりもこいつにバレるのが一番やばい。
「ごほん! さあ、最初に誰を食べてやろうか〜。 美味しそうなやつを選んで食べてやる〜」
怪獣こと紫可憐は会場の席全体をぐるぐると見始める。よくある、客の一人を選んで人質にして最後にはヒーローが助けに来るというやつだろう。
僕は顔を伏せ、下を向く。どうせ僕は選ばれはしないだろが、見渡す間にバレるかもしれない。
「決めたぞ、この子にしてやる〜」
どうやら生贄が決まったようだ。これに選ばれる子供も少しかわいそうだとも思う。怖いはな。自分よりでかいやつに捕まるなんて。
足音がデカくなる。生贄はここら辺にいるのか。近くでその生贄を握る音が聞こえる。ギシギシと皮の音。
「え?」
「さあ、お前だ〜。こっちへ来るのだ〜」
僕の右側から聞こえる。それも近く。美沙が驚いた声を出し、立ち上がる。まさか、生贄は美沙!?
だが僕は見るわけにはいかない。見れば紫可憐に顔がバレ、下手をすれば捕まるか殺される。
「い、いや……! お兄ちゃん助けて……!」
「だめだ、来い」
美沙も演技が上手いな。場を盛り上げようと美沙は助けを呼ぶように聞こえる。
だから僕は美沙と繋がっている手を離した。
「お、お兄ちゃん……? なんで……」
横目で美沙を見ると、紫可憐に連れて行かれた。美沙の表情は悲しげ。舞台の方に歩いて行く紫可憐とは反対に、美沙はこちらをずっと見ている。僕は顔を上げ、「大丈夫だ」と心の中で言って笑って見せた。