朝食は絶品なんだが?
今日は土曜日。数日前の乱闘から日を跨ぎ、土曜日の朝。本来なら絶好の引きこもり日和だが、僕には行かなければならない場所が二箇所あった。
地下室への蓋を開け、階段を降りていく。そこには一人の男が青色の縄で相変わらず縛られていた。
投資業界トップ3、蘭壽。あれからもずっと縛られており、うちの家族四人で交代交代で食事を運びにきている。
「今日は隆くんが当番か。……っん。んんっ。相変わらずお母様の料理は絶品だね」
「はあ……いつまでこんな生活が続くんだ……」
食事を運ぶだけならまだいい。しかし、縄で縛られて食べられない以上は、その日運んだ人がわざわざ食べさせないとならない。
もうほっときゃいいのに……
そんなことを思いつつ、黙々と朝ご飯のウインナーを口に運ばせる。憂鬱だ。朝からこいつの面倒を見るなんて。
「いつも食べさせてばかりで申し訳ないな。その詫びと言ってはなんだが、君に少しばかり投資業界トップの六名の投資家たちについて話させてもらおう」
蘭壽はよほど母さんの手料理が美味しいのか、ニコニコしながら食べ始めた。上機嫌だからか、情報すらも話そうとしている。とはいえ、こちらに有利になるようなものは聞いておきたい。
「なーにまんざらでもないような顔してんだ。気持ち悪い。まあいい。聞かせろ」
「投資業界には君達の世界とあちらの世界、インベストの経済状態を支えるために、六名の投資家がいる。君は何人の顔を知っている?」
「四人だ」
最初に出会ったのが鉦蓄。学校に火災を起こさせ、天空城に致命傷を与えさせた男。今でもあいつが憎たらしい。
次に現れたのがその上司と名乗る、龕您。鉦蓄を連れて撤退した。少しはまともだと思っていたが、上条の一件がある。こいつも許すことはできない。
あとは軌賀。こいつに関しては味方なのか敵なのかもよくわからない。見た目通り、道化師みたいなやつ。ただ、確実に言えることは上条と敵対していること。
そして最後に、僕の目の前にいる蘭壽。こいつもまた、上条と敵対していて僕にまで襲いかかってきた危なっかしいやつ。ついでに人の心も読めるから下手なことは考えられない。
あとは、蘭壽との戦闘時に家に来た極兒という男か。話に聞いたところ、うちの父さんにやられるくらいだからそこまでの戦闘力はないだろう。
あと、極兒って名前、他にもどこかで……
「ああ、その通りだ。極兒を含めれば、知っているのは五名ということになるな」
口に出していないのに、話を繋げる。また人の心読みやがったな。
「勝手に人の心を読むな。寒気がする」
「ついつい癖で読みたくなるのだよ。となると、あと一人は篆か。投資業界で一番偉く、全ての経済は奴が管理していると言ってもいい存在」
蘭壽はクスリと笑って応える。篆? 聞いたことないな。そいつがこの六名のボスであるということか。経済を管理しているということは、よほど頭がいい奴なのだろう。
「じゃあ、そいつと話せば上条のことからは手を引いてくれるんだな?」
こいつら全員の目的はおそらく、上条を捉えること。それはその篆の指示で動いているのだろう。なら、そいつとうまく交渉すれば、上条助けることができる。もちろん、上条に異の発端を聞かなければいけない。だからこそ、こいつらは上条を追っているのかもしれないな。
「無駄だろう。そもそも篆は仮面を被っていて言葉を交わしたことがない。篆に一番近い龕您ですらないそうだ」
「なんだよそいつ、ふざけてんのか! 仮面被って誰とも話さないだと? 厨二病も大概にしろ!」
腹を立て、味噌汁のお椀を蘭壽の口元に押し込む。
「隆くん、そんな一気にはおじさん飲めん……! あぁ……それを私に言っても私も知らんのだ。奴が仮面を被っている理由や会話をしない理由を」
蘭壽の声に気がつき、味噌汁のお椀を下げる。蘭壽はやっと息ができると大きく息を吐いた。こいつでも知らないって……とにかく、そいつをどうにかしないことにはこの先、上条だけでなく、僕の安全も保障はできない。いつか絶対にそいつと話をつけてやる。
そう決意し、蘭壽が食べ終わった食事を配膳台に置き、その場を立ち去ろうと階段を登る。こいつに話すことなど何もない。
「ああそうそう、お母様に今日のご飯も美味しかったと伝えておいてくれ。それと」
そこで彼は衝撃的な言葉を発した。
「今日で私はこの部屋からお別れさ」
お別れ? 何を言っている? 上条が起きるまではここで縛り付けておくと家族で決めていた。それまでは解放するわけにはいかない。それに、こいつは上条が巻きつけた力を封じることができる縄が巻かれている。だから自力で抜け出すことは不可能。それが可能ならばとっくに抜け出しているはず。
「どういう意味だ?」
「本当にただの勘だよ。そして、今までありがとう。またどこかで会った時はよろしく頼むよ」
それだけ聞くと、僕は地下室の扉を閉める。なんなんだあいつ。いや、ただのはったりなのかもしれない。それに、家には父さんや母さん、もどきだっている。抜け出せられるわけがない。気にしないでおこう。
それだけ思うと、もう一つの用事へと向かう。奴が食べた皿やお椀を母さんのいる台所へ運び、服や持ち物を整え、支度をする。
「どこに行くんですか?」
以前故障したスマホをカバンに入れ、準備をしていると、母さんの皿洗いを手伝っていたもどきが声をかけてくる。
「美沙の家だ。お前も来るか?」
「それではご一緒させてもらいますね」
こいつくらいの歳ならば、美沙と話したいこととかあるだろう。そう思い、もどきも連れて行くことにした。
もどきは僕が先に玄関で待っていると、僕がいない隙に着替え始める。母さんもそろそろ部屋を分けてはくれないものか。とはいえ、この家にスペースなんてない。一階はリビングやらなんやらで、二階は僕の部屋に物置部屋。蘭壽のいる地下室もあるが、あんな寒いところに部屋なんて作れないしな。
そんなことを考えていたらもどきが階段を早足で降りてくる。母さんに行ってくると伝え、僕と外へ出た。