ズッ友なんだが?
目を覚ますと目の前には一つの電球があった。周りを視線だけ歩かせると、ポリエステルと綿を混ぜて織られた一面緑色の布がある。テント?
僕は体を起こし、下を見る。少し硬めのベッドに僕はいたようだ。体にはいつのまにか服が脱がされ、軽く包帯が巻かれていた。
なぜ? というかそもそもここはどこ?
そんな疑問が頭をよぎる。ベッドを降りると、少し体がふらつく。頭も痛い。そんな状態でテントの外に繋がる緑色の暖簾を潜る。
すると目の前にはたくさんの黒ずくめの男たちがたくさん歩き回っていた。こいつら、昇龍組のやつらだよな。
周りはどこを見てもテントの山。
さらに横を見ると、たくさんのテントの奥にあったのはあの結婚式場。正義執行管理局の乱入によって入口が派手に破壊されていた。
「東條! よかった、本当に無事で……!」
すると、横から声をかけられる。そして全身を使って抱きつかれた。間違いない。昇龍だ。
「お、おう……怪我はないか? 悪いな、あの時はあれしか方法が思いつかなくて」
申し訳なさそうに謝り、目を逸らす。他に方法があるかと思って思考を戻すが、やはり思いつかなかった。僕が無能なのかもしれない。
「何謝ってんのさ! てか、それはこっちのセリフだって! あーしは大丈夫だけど、あんたの体、しばらくは痛むってさ」
だけど、昇龍は謝らなくていいと僕の目の前に行って目を合わせ、訴えてくれた。
「ほ、ほんとに……心配したんだからな……!」
なぜか昇龍は泣き出す。そんな泣かなくてもいいのに。でも嬉しかった。僕を心配してくれる人が一人でもいたこと。それが少しでも心の支えとなったのだ。
僕は一言、昇龍の耳に入らないよう、「心配してくれてありがとう」と小さくつぶやく。
「これはなんだ。何でこんな黒ずくめの奴らがウロウロしていたり、テントがこんなにもあるんだ?」
「どうやら十兵衛が昇龍組の応急部隊を呼んだらしい。それで倒れた奴ら全員、今はテントで休んでる。一人を除いてな」
十兵衛がやってくれたのか。あのおっさんも無事に生きててくれたんだな。
あの時十兵衛が僕らを逃がしてくれたおかげで僕らは今ここにいられる。あとで礼を言わなくてはな。
「一人を除いて?」
「トレーダー鈴木だよ! あいつ、応急処置をしてもらったら礼も言わず、颯爽と出ていきやがった! まじイラつくんだけど!!」
昇龍は地団駄を踏み、怒り出した。顔も沸騰したやかんのように赤くなり、眉が吊り上がって怒り出す。
「そ、そうだな……でも、僕らが無事でいることを今は喜ぼう」
「だよな、犠牲者も誰も出ていないみたいだし、怪我をしているっていうよりかはほとんどのやつらが寝ているみたいだし。みんな疲れているのかもな。父さんもちゃんと生きてて今は寝てるよ。本当によかった……」
昇龍の瞳に微かに涙が現れる。こいつの父親、昇龍彦摩呂は紫可憐によって足を狙撃され、倒れていた。そんな中彼は生還したのだろう。でも、なぜ犠牲者がでなかったんだ? じゃあ結局、正義執行管理局の連中は何がしたかったんだ?
「父さん友達なんてほとんどいないのに、今日のために求人サイトまで出して代行を頼んでた。やってることは何もかも人間のど底辺のクズのくせに、父さんもこういうところだけは素直じゃないよな……」
紫可憐の情報をそのまま受け取れば、彦摩呂は確かに犯罪ばかり犯している極道の頭。その上、僕が今日来なければ他の男と結婚させると言っていたし。そんなやつを娘のこいつがクズ呼ばわりしても僕からは何も言えない。でも、素直じゃないのは賛同できる。
言い返せば、娘の晴れ舞台を少しでもいいから賑やかにしたいという親心なのかもしれない。こういう親の愛もまた、一つの愛の形なのかもしれない。
そんなことを考えながら昇龍を見ると、微かだけど笑っているように見えた。
「そういえば赤城は? あいつももうここを出て行ったのか?」
赤城。僕らの前に立ちはだかり、捉えようとしていた少女。結局最後は僕が抱き抱え、あいつを電撃の床から逃したんだよな。
「それならそこのテントで休んでる。服はあいつらと同じ服着てたし、父さんたちにバレると何しでかされるかわからないから、結婚式場のあーしの控室にあったドレス着させたけど」
僕ら二人は赤城が休んでいるところへと向かった。どうやら昇龍の話によると、あのあと僕らは昇龍組の応急部隊によって運ばれた。しかし、正義執行管理局の一味でもある赤城まで運んだことを父に知られれば、おそらく酷い目に遭わされるに違いないと悟った昇龍は、運んだ応急部隊にこのことは父親には言わないよう言った。
もしバレたら、「お母さんと離れ、迷子になった女の子」と言うつもりらしい。
さらに、万が一他の関係者が見てもいいようにとわざわざ昇龍は結婚式場の控室まで戻り、ドレスを取ってきて着させたのだ。幸い、僕の時と同じで昇龍のところにもいろんなサイズのドレスが並んでいたみたいで、サイズもぴったり合ったそうだ。
元々着ていたメイド服の制服は、応急部隊が持参していたカバンの中に入れ、持ち帰らせようという。
僕らは赤城が休んでいるテントの中に入ると、赤城はすでに目を覚ましており、ベッドの上にちょこんと腰をかけていた。
僕たちが入ってきたことに気がつくと、昇龍に目を合わせる。
「あなたですか。どうしてそんなに私のためにいろいろやってくれるのです? 黙って私を昇龍彦摩呂のところに突き出せばいいものを……」
すると昇龍は赤城の目の前に座り、赤城の小さな手に優しく微笑み、そして優しく手を重ねた。
「あーしと赤城ちゃんはもうズッ友! ズッ友は何があっても助ける! 楽しむ時は楽しむ! 悲しい時はそばによって励まし合う! ずーっと友達! それがズッ友なんだよ!!」
「ズッ友……」
赤城の顔にはもう敵意はなかった。昇龍は赤城をずっと見つめていて最初は赤城も目を逸らしたが、段々と目を合わせる。
表情はみるみるうちに緩くなっていき、優しい女の子の顔つきに戻っていった。
「はい! 私と妃さんはズッ友です!」
ズッ友か。少しいいな、ズッ友……
僕にとってのズッ友はいるのか? パッと考えたところでは誰もいなかった。でもこれは僕の思考が硬いだけで本当は誰か一人いるのかもしれない。いや、一人ではない。何人かいる。そんな気がしてしまう。
「今回のことは管理局には報告しますが、あなた方が不利になるようなことは報告しませんのでご安心を。だって、その、私と妃さんは……ズッ友……ですから……」
「ふあああ!! ありがとう、赤城ちゃーーーん!! 可愛い奴め〜!!」
「や、やめてください……! は、恥ずかしいです……!」
赤城は照れ臭く、俯きながら言った。それを追い討ちをかけるかのように昇龍は抱きつき、頭をうりうりと撫で回す。それを恥ずかしがる赤城だったが、その満更でもない表情はすぐに昇龍に伝わり、さらに強く抱きしめる。
いやはやいやはや、無限ループとは怖いでござるなあ〜!
「坊主、俺だ。十兵衛だ。お前に話がある」
「ん?」
その時だった。テント越しに誰かが僕を呼ぶ。それは十兵衛だった。疑問に思い、僕はテントの外へ出た。