電撃作戦なんだが?
昇龍は再び構えを取るが、先ほどのように足を大きくは引かなかった。それもそのはず、今の赤城に攻撃は通用しない。短剣以外の箇所に蹴りを入れれば何とかなるかもしれない。しかしそれは、あまりに危険な行為。短剣で攻撃を防がれた場合、昇龍も無事では済まない。その上、赤城の身体能力なら反射神経で避けられる可能性もある。そうなれば、昇龍の隙をついて攻撃を与えるかもしれない。
昇龍の目の前には赤城の姿があった。その刃を右から左に大きく振るう。
それを可憐に避ける昇龍。
「なかなかやりますね。あなたとは別の出会い方をしていれば良き友になれていたことでしょう」
「今からでもまだ間に合うよ、赤城ちゃん! 今度、あーしたアキバ行こうって! あーし、これでも約束は守る女として学校では有名なんだよ!」
「あなたは我々管理局のターゲットの一人です。そんなあなたとは仲良くはできません」
赤城の猛攻は続く。それに対し昇龍は笑っていた。昇龍は本気であいつと遊びたいと言っている。それに対し、少し動揺を見せたように見えたが、再び真剣な顔に戻り、何度も昇龍に剣を当てようとする。
しばらく何か策はないかと考えながら、戦う二人を見る。赤城の方は鍛えているような動きをしている。そのため、体力の管理もかなり上手い。
対して昇龍の方は攻撃が当てようとしていても当たるチャンスを失い苦戦している分、避けるので精一杯のように見えて体力をかなり消耗している。
くっ……! 僕はどうすればっ……!
そんな時、スマホが鳴り出す。
もちろん見ている場合ではない。だが僕の場合、副業という可能性もある。スマホを取り出し確認する。
(昇龍妃を助ける:1500円)
「わかってんだよ……!」
それは今僕がしようとしていること。それを指示しているようにしている投資業界の奴に腹を立てる。
戦いを見るのも辛くなり、天井を見つめた。もちろん、空なんてない。いくつものコードや錆びたパイプのようなもの。そんなものしかなかった。
どうすれば……
頭を抱え、必死に考える。こんな時、あいつならどうする。上条、僕に力を貸してくれ……!
上条が以前、斬賀と闘っていた時の映像を脳内で再生する。あいつがしていて僕がしていないこと。なんだ、特殊能力? いや、そんな難解なものではない。もっとこう、単純なものなんだ。なんだ、何が違う……
「はっ……!」
その時だった。一瞬、脳裏に宿ったこの感覚。だがこれをやるには、この場にいる全員を危険に晒すことになる。でも、今この状況を打開し、昇龍を救えるのはこれしかない……!
僕は隙を見て立ち上がり、上にある鉄骨でできた階段を登り始めた。なるべく赤城に気づかれないように静かに音を立てつつ、素早く登りきる。
そこで上にあった鉄パイプを見つめる。その下の道を通れば、鉄パイプには簡単に手が届く。しかし、僕の思考はそこまでだった。途中までは打開策が見えていた。だけど、それ止まりだ。
何かないかと周りを探る。そして見つけた。
事務室。ここはおそらく、この非常出口付近を管理するための中心部といってもいい場所。走り出し、中へ入った。そして、一心不乱に引き出しを開ける。
ペン、消しゴム、布巾、定規、電卓、よくわからない資料。違う! 何かもっとないのか!
「あった……!!」
そしてそれを見つけた。鋭く光ったハサミ。大きさは僕の手ほどの大きさ。僕はそれを手に取り、右手で握りしめ、走り出した。
鉄パイプの下の道を通り、昇龍と赤城が戦っているほぼ直線距離に向かう。
「あーしはあんたと本気で仲良くなりたいと思っているんだ! あーしたちならきっとズッ友になれるって!」
「任務は任務。私は管理局に従うまで。あなたを捕まえろとの命令が降れば、自分の思いは捨て、それを遂行するのみです」
「じゃあ赤城ちゃんはどう思ってんの、あーしのこと。管理局どうこうじゃなくて、あーしはあんたの本音が聞きたい」
「わ、私は……」
赤城は一瞬考える。短剣の動きも鈍くなっている。自分の感情は捨て、上の命令には忠実に従う。そんな赤城の心に大きな動揺が見えた。
「私は……妃さんと本当はもっと話したい! 遊びたい! アキバにも行きたい! 昇龍さんとコスプレだってしたいんです!!」
僕はそれを聞いてどこか安心した。すでに僕の体はあいつらの直線距離。いつでも準備はできていた。
「よく言った、赤城っ!」
僕は思いっきりハサミを持つ右手を振り上げ、鉄パイプに向かって思いっきり振り下ろした。
「しまった……!」
鉄パイプからはゴスッと聞いたことのないような音がフロア中に響き渡す。そう、鉄パイプにハサミで穴を開けたのだ。すると案の定、勢いよく水が噴射された。
赤城はいつのまにか姿を消していた僕に気づき、上を見る。しかし、すでに赤城の弱点である水の弾丸は降り続いていた。
「昇龍、出口に走れ!!」
「わかった!」
昇龍にそう呼びかけると、出口に向かって走り出した。さっきは赤城が道を出口を塞いでいたが、今は通れることができる。
赤城の横を通り、出口へと走り出す。
「くっ……逃がしま――あああああっ!!」
赤城の短剣に大量の水がかかる。そしてそれは、短剣を握る右手にまで雫が垂れ下がり、電気が腕にわたり、全身に電気を浴びせる。
電気は水を通す。ロジカルファンタジーで雷属性が水属性に対して強いことを学んでいる。
地形を生かす。これこそが、上条のしていた戦い方だったんだ。お前のおかげで僕はまた一歩進むことができたよ。
しかし、赤城はその仕組みが分かってもなお、短剣を離そうとはしなかった。よほど大切なものなのだろう。離さないと今度はあいつが危ない!
いくら敵とはいえど、少女を痛めつけるのは心が痛む。それに、あいつは僕らのことを捕まえようとはしているが、サブカル系が好きな僕と同じ仲間。そんなやつは放っておけない!
ロジカルファンタジーのトップに立つ男としてはな!!
僕は急いで階段を降り、赤城の目の前に行く。
しかし、向こうの道は大きな水溜りができており、静電気が僕が進むのを止めようとしているかのように蔓延っている。
「あば……! あばばばば……!」
気絶していたトレーダー鈴木の下にも水溜まりができており、寝ながら唸っている。
「おっさんも行くぞ!」
それを見た昇龍は出口に向かう道中にそいつを水溜りから襟を掴んで引っ張りあげ、出口に向かって投げつける。
幸い、昇龍のいた場所から出口までは近く、トレーダー鈴木は思いっきり投げつけられ、常時オープン型の扉を気絶したまま出ていった。
昇龍はトレーダー鈴木からの電流が手に移り、少し痛そうな顔をしていたが、それを堪えながら扉まで走っていき、僕を見つめる。
「東條、何してんだよ! 早くしないと水が!」
このフロアの半分はすでに水溜りで侵食されていた。そのほとんどが赤城の短剣からの電気を宿っていた。
行くしかない!
僕は三歩下がり、右足を引いて助走をつけた。どのみち僕だけ逃げてもこの雷の床を踏むことになる。だったら……!!
「あああああっ……!」
悲鳴をあげる赤城。僕は赤城のところに向かって飛びながら走り出した。その距離約二メートル。距離が近づき、両手を広げてみせた。
そして赤城を抱き抱え、鉄板の床を転がる。もちろんそれは鉄板の床だけではない。電気の床も流れている。
「うはっ……!! があああ……!!」
電撃の床はついに僕を襲う。僕の体にも猛烈な電撃が浴びせられる。
「あ、あなた、どうして私を……!!」
「お前にも推しているものがあるんだろ……! 僕にもある……! そんな奴を放っておいて逃げたら、推しに見せる顔がないんだよ……!! うおおおおお……!!」
走り出した。少しずつだが立ち上がり、片足で床を踏ん張り、どれだけカッコ悪くても一人の少女を抱えて立ち上がった。
少女から短剣を奪い、出口に向かって投げつける。
「赤城悪い、こいつを投げさせてもらうぞ……! 避けろ、昇龍……!」
「ああ!」
「おらあ!!」
その言葉に昇龍は距離を置いて下がった。勢いよく短剣を投げつける。すると、扉の奥でカンと短剣がコンクリートの床にぶつかる音が聞こえた。
「行くぞおおおおお!!」
そして僕は扉に向かって走り出した。どれだけ走ろうと、どれだけ電撃を浴びようと、その最中は悲鳴を堪えて走り続ける。それは赤城も同様だった。こいつもこいつなりに頑張っていたのだ。
僕は途中からは目を瞑った。痛みに堪え、下の床を見ないように。そしてようやく、瞼越しに伝わる光。出口が見えたのだ。
「うわっ……!!」
僕は倒れ込むようにして抜け出した。腕からは力が抜け、赤城をコンクリートの地面に落とす。そこには昇龍のすがたもあった。
だが、しばらくは立ち上がることはできなかった。すると、だんだんと目が閉じていく。
――そのまま僕は気絶してしまった。