戦いはまだ終わらないんだが?
なんでこいつらはここにいるんだ?
逃げたいならそこの扉を使って逃げればいいのに。
「あんたら何してんだ」
すると、トレーダー鈴木はぴたりと涙を溜め、パチクリとこちらを見つめた。といっても、前髪で目が隠れていてどこが目なのかわからないが。
「あなたたちは、新郎新婦ではありませんか!? ここまで逃げてきたはいいのですが、扉がなぜか開かないのです!会場に戻ればあいつらに殺され、ここにいれば行き止まり……僕は終わりなんだあああ!!」
トレーダー鈴木は頭を抱え、叫び続ける。扉が開かない? 僕はドアノブを捻り、手前に押したり引いたりするが、確かに開かなかった。
会場で十兵衛が足止めしてくれているのに、これじゃあ、僕らまで出れないじゃないか!?
「ちょっといい?」
すると昇龍は、ずっと握っていた手を離し、右の拳を引いた。すると、右の拳を勢いよく前へ突き出し、鉄板のように固い扉にひと突きいれた。
そして扉は勢いよく数メートル先へ吹き飛んでいった。
「や、やった……! これでやっとここを抜け出される……!」
「す、すげえ……」
「オオオオオオオオ!!!!」
その場にいた全員が喜びを叫んだ。
「行こう! 必ず僕ら四人でここを抜け出すんだ!」
「おおおおお!!」
そしてこの掛け声により、謎の絆が生まれた。だが昇龍の右手を見ると、少し腫れていた。それを僕が左手で軽く手を重ねる。
「ありがとな。こうすると、痛みは少しはおさまるだろ」
昇龍は目を逸らし、顔を赤らめる。僕らより先にはすでにトレーダー鈴木と雪男が先陣を切っている。その後ろを僕らが走っていく。
だが、外に出ても敵が待ち伏せているかも知れない。そうなった場合、トレーダー鈴木は先程の逃げ腰からして正直役に立たなさそうだし、雪男は論外。昇龍は戦えなくもないだろうが、あまり戦わせたくはない。そう、こいつらを守れるのは僕だけだ。
「見えたぞ! 出口だ!」
しばらく先へ進むと、小さな光を出す扉を見つけた。おそらくあそこが出口につながっているのだろう。何もいないことを祈るが……
すると、雪男が全速力で扉の前に行き、扉の方向を向いて立ち止まった。
雪男の体格は大きく、道を完全に塞いでいて、横から倒れる隙間はない。なんだ? 何かがおかしい。
「雪男さん、どうしましたか? 何かいたんですか?」
それを不審に思い、トレーダー鈴木が近くに行こうとする。それに耳を傾けず、雪男はただ呆然と立ち尽くしていた。僕と昇龍はそれを少し遠い位置で見守る。
「雪男さん、ちょっと僕にも扉の奥を見せてください。大丈夫です。ここで一番の年長はなんせ僕なんですから、この命をトレードしちゃってでも、皆さんをお守りしま――」
「危ないっ!!」
その瞬間、雪男は勢いよくこちらを振り返った。僕は急いで忠告したが、すでに遅かった。振り返ると同時に、雪男の右腕がトレーダー鈴木の体に巻き付き、身動きを封じ込めた。
トレーダー鈴木は、苦しそうにしながら訴えかける。
「があ……!! な、何の真似ですか……!! 雪男さ……ん……!!」
最初からおかしいと思っていた。そもそも、雪男が実在しているなんてことあるはずもない。しかも、理性がかなりある。今までの言動も、人間にほとんど近いといってもいいくらいに。
「何者だ、あんた……!」
雪男を睨みつけるように言った。
「私の正体が気になりますか。でも、もう察しが付いているんじゃないですか?」
「まさか、お前……!?」
すると、空いている左腕で頭のあたりをごそごそとし、白色の毛皮の顔が取れ、地面に落とされる。そこには、赤色の髪をしたセミロングの少女の姿があった。
「正義執行管理局幹部ナンバーツー、赤城です。以後、よろしくお願いいたします」
正義執行管理局。先程会場を襲った連中は全員この一味。だが、正義執行管理局はあの場にいた全員だけではなかった。そう、この赤城と名乗る少女は初めからいた。雪男という存在になりすまし、会場に居座り続けた。
「昇龍彦摩呂を捕まえるために我々は動いていました。そんな時、求人サイトで怪しげな求人を見つけました。結婚式の出席代行」
代行っていうことは、あの結婚式にはやはり知り合いではないやつも混じっていたのか。だが、全員が全員代行ではないだろう。戦闘の時から見て、ドン・ジョコビッチは彦摩呂とは知り合いのように見えた。
「もちろん、昇龍組とは書かれていませんでしたが、詳細を少し見ただけで昇龍組が求人サイトの応募をしているということはすぐにわかりました。なんせ、正義執行管理局ですから」
「求人サイトって……」
「そして参加してみたところ、案の定ビンゴ。あとは本部に館内図や参加者の詳細、そして居場所を教えるだけです。私の役目は非常口を塞いで、そこにきた連中を捕まえることですので」
つまり、こいつがあいつらの意図を引いていたということか。感覚としてはスパイに近い。敵ながらなかなか賢いことをするものだ。
「あ、あんた……」
昇龍は赤城に向かって何かを呟こうとしていた。
「といっても、扉が開かなかったのは想定外でしたが。その点、あなたたちがきてくれて助かりました。全く、可憐も塞ぐなら塞ぐと言ってくれれば……」
「あんた……さ……」
「な、なんです……さっきから……?」
赤城は昇龍の顔を伺うと、にやにやとしながら顔を赤らめていた。
それを赤城は気持ちが悪いと思っているのか、少し引いていて眉を顰めていた。
それは僕も思う。あの昇龍がなんでこんな顔をしているんだ? なんか、気持ちが悪いぞ。
「あんた、ちょーかわいいじゃあああんっ!! え!? 何そのコス!! 赤髪ロリに白モフ着ぐるみとかサイコーなんですけどおおおっ!! あとでうちと写メ撮ってええ!! 大丈夫っ!! 三ヶ月は待ち受け変えないことを約束するから……!!」
そうだ。忘れていた。こいつは現役女子高校生。可愛いものはとにかく可愛いと崇めることで有名の女子高校生。それをこんな状況だからか、どこかで忘れていた。
確かに、雪男の服を着て顔だけ出しているのはちょっとくるものがある。
「わ、私のことロリって言わないでくださいっ! というか、この服はただ潜入のために着ているだけですっ! 別に趣味で日曜の朝にやっている魔法少女のコスプレをしているとか、体格のことを気にして少し背伸びしてちょっぴり大人な先生のコスプレとかしてませんしっ!」
えっ!? えええっ!? この子、少しキツそうな顔つきしていながら、コスプレが趣味だったのか。しかも、先生のコスプレ……
僕は頭の中で想像を膨らませた。
「も、もう……! 東條くんったらっ! こんなものもわからないんですかっ! しょうがないですね。じゃあ今日は先生と、い、の、こ、り、よ♡」
「ぶーーーーーーっ!! あっははははははははっ!!」
だ、だめだ……! 笑いが止まらん……! 体格の割に背伸びしすぎもいいとこだろ、こりゃ……!!
「え!? 赤城ちゃん、コスプレすんの!? あーし、ここだけの話、二次元も結構いける口なんよ! 今度一緒にアキバいかね!? あーしもコスプレしてあげっからさあ!!」
「こ、コスプレはしませんってばっ……! って、えっ!? 妃さんも二次元好きなんですか!? なら今度二人で魔法少女マジカヨの二人の戦士のイエローの方のコスプレを頼みたいです! レッドの方は私がやりま――はっ!? 私としたことが……!」
さっきまで楽しそうに語っていた赤城は一瞬目を丸くし、元のキツい顔に戻っていった。
なんだよ、こいつも普通の夢見る少女じゃないか。だが、もう元のにこやかな少女の顔つきはどこにもなく、右腕できつくトレーダー鈴木を巻き付け、こちらを睨みつけた。