結婚なんだが?
僕は元着ていた学生服に着替えた。
そして、同じくしてもう次期着替え終わる昇龍に話しかける。
「今からどこに行くんだ?」
「ああ? 結婚しに行くしかないだろうがよお」
「え!? まじい!?」
「もともとお前、そのつもりで来たんじゃねえかよ」
まあそうなんだけど。子作りしろとか言い出すから、そのインパクトに圧倒されて結婚することを忘れていた。
でも、結婚するフリなんてどうフリをするんだよ。付き合うフリとかならまだわからなくもないが、結婚するフリなんて、この状況から逃げた瞬間、僕の命までぽっくり逝っちまうよ。
「行くぞ」
僕が頭を抱えていると、昇龍が襖の扉を開けた。そこには、十兵衛の姿があった。
十兵衛は昇龍を見るや否や、目を瞑り、律儀に一礼をした。
「お営み、ご苦労様でございます。ご案内申し上げます」
僕らは再び、十兵衛についていくことにした。昇龍家の門を再び潜り、外へ出る。
すると、外にはいつの間にか黒色のリムジンが一、ニ、三、五台も用意されていた。
これだけでそこらの家一軒は買えるほどの代物だ。
僕らはその一番前のリムジンの中に乗るよう指示され、昇龍と乗る。そこには護衛のためか黒ずくめの部下が六人と日本刀のようなものを腰に吊るした十兵衛、そして、あの昇龍の父もいた。
緊迫した空気の中で、僕や昇龍はおろか、その場の誰一人として口を開かなかった。
車で揺れること数十分。
黒ずくめの運転手の「着きました」という言葉の合図とともに、リムジンの扉が開かれる。
最初に降りたのは昇龍の父。そして、次に降りたのは昇龍。十兵衛は目を瞑ったまま、席に居座り続け、他の黒ずくめも微動だにしない。
僕が降りろということか。その言葉通り、僕が降りると十兵衛もすぐに降り始め、黒ずくめも続々と降りてきた。
ここに乗っていたのは黒ずくめの運転手を含め、11人。しばらく駐車場付近を歩く先頭の昇龍の父に続き、歩を進めていると他にもぞろぞろと黒ずくめの連中が違うリムジンから出てきてついてくる。
ていうか、結婚式って普通、こんな部下たくさん連れてくるかよ。
会社の社長の結婚とかでも、こんな人数の部下を連れてくる社長がどこにいるって話だ。
いや、部下や親族とかならありえなくはないか。問題は、部下と親族の割合が9:1ということだ。
お友達の一人くらいおらんのか、このおっさん。
その後僕は、まるでファンタジーにありそうな真っ白なお城の目の前の扉の前をくぐった。
僕は唇を強く噛み締め、再び覚悟を決めたのだった。
その後、僕と昇龍は互いに違う部屋に入り、着替えることになった。部屋のタンスにはここからサイズを選んで着替えろと言わんばかりに、たくさんのサイズのタキシードが並んでいた。
これもあの昇龍の父の仕組んだことか。全く、採寸くらいしろって話だ。それにこういうのって、ここのスタッフがやってくれるとかじゃないのか。
メジャーすら置いていない。
まあいい。僕は自分に合いそうなサイズを一人で選びながら何着も着ては脱いでを繰り返した。
そしてようやく、自分に合うものを見つけ、外へ出た。ワンチャンこれ、今出たら逃げられたりするのではないか?
そう思い、外の入り口を見たが、黒ずくめの男が見張りをしていた。
「そんな甘くはない……か……」
そんなことを小さく呟く。外からの侵入者を防ぐためか、僕が脱走するのを疑っての見張りかはわからないが、おとなしく時の流れと運命に従ってやるとしますかね。
僕は大広間に入ることにした。大広間の大きさは、人一人がとても小さなものに見えるほど大きかった。
まるで、箱の中に入っている小さな玩具のような存在だったのではと錯覚を起こしてしまうくらいに。
かなり豪華な飾り付けで、たくさんの色とりどりの食べ物や飲み物。フォークやナイフ、スプーンに箸まで何もかもが揃っていた。
そして、かなり奥の一番前に席が二席。その一席、白いドレスを着た昇龍の姿があった。となりは空席、僕が座るためのものだろう。
しばらく会場を歩き、昇龍の隣に座り、話しかける。
「ここのスタッフってどうなってるんだ。さっきから一人も見ていないぞ」
「そりゃ、ここの会場自体を父さんが買い取ったからな。果たして本当に買い取っただけと言えるのかは私にもわからん」
「買い取ったって……」
昇龍が言っているのは、ただ会場を買い取っただけではなく、権力を使い脅したとか。あるいは……いや、それを考えるのは野暮だな。
「それがうちのやり方さ。欲しいものは金で手に入れ、それでも手に入らなければ力でわからせる。汚いやり方だろ」
確かにな。それなら、ある意味なんでも手に入る。だが、世間からの目は痛いだろう。そんなことを考えてはいるが、僕の口からは何も出なかった。
なので昇龍の着ている服を見て話題を変える。
「その……似合ってるな、その服。なんていうか、綺麗だ……」
自然とまた言葉がそれだった。まあ、百パーセント自分の気持ちが綺麗と言っているとは思わん。だがまあ、少しだけ思わないこともない。だから言っただけだ。
「へえ!? は、はあっ!? ば、バカ言ってんじゃねえし!? 思ってもねえこと言ってんじゃねえよ!」
昇龍は顔を赤らめた。そこで何故か自分の言葉で恥ずかしがるとは思わなくて、僕自身も焦っていた。
だが、何故か僕は怒りの感情も少し出てしっていた。
「なんだよ! ああ、思ってねえよ! 全然思ってねえし! 馬鹿は貴様だ! 何勘違いしてんだよ、ばーか!!」
「最っ低!! 乙女心をなんだと思ってんだよ! もう、知らん!」
昇龍はそれ以降、そっぽを向いて水を一気飲みしては黒ずくめの男におかわりを何回ももらうという謎の行動をしていた。
「ったく、なんだよ。すみませーん! 糖分をください! お菓子でもとびきり甘いジュースでもいいので!」
僕は近くにいた黒ずくめの人に頼んだ。謎の対抗心を燃やし、イライラを糖分でかき消そうと山のように糖分を摂取する。ストレスは糖分に抜群に効く。だから僕は糖分をこの世で二番目に信頼しているのだ。
ま、まあ、一番はもう言わなくてもわかるでござるよな、皆の衆よ!ムヒヒッ!
その後、たくさんの人だかりが会場の席を埋め尽くした……と言っても、ほぼ全員が黒ずくめの男だが。そこには昇龍の父も座っている。
その前には十兵衛。
ほとんどの全員の席にグラスの水かジュースの飲み物が置かれるが、昇龍の父は湯呑みにお茶が入っていた。
その湯呑み一つで格の違いがわかる。
十兵衛は……リンゴジュース!?
あの人、意外と可愛いとこあるな……
「只今より、結婚式を執り行います。新婦、昇龍妃様。新郎、東條隆様」
僕らの名前が司会者の黒ずくめによって呼ばれる。結婚式とか行ったことはないからどんなものかはわからないが、オリジナリティ満載な司会なことはわかった。
だが、とうとうやばくなってきたな。どうする?
「ええ、まず初めに、世界からあの有名な方々が今回のために足を御運びになられました」
有名な方? まさか、芸能人? よくテレビのドッキリ番組とかでやるような、「あの有名芸能人が宿泊に来ました〜!」とかいうあれか?
いやでも、極道に限って芸能人はないだろう。じゃあだれだ。
「扉中央をご注目ください」
司会のその言葉に一同が扉の方を向いた。