腹を括るんだが?
次の日、僕はソワソワしながら六時間もの授業を受けていた。相手は極道。何を要求してくるかわからない。そしてそれを断れば小指がぶっ飛びそうだ。とりあえず、今のうちに遺言状とか書いておいた方がいいかな。
そんなことを考えていると、授業終了のチャイムが鳴る。
やばい、震えが止まらない……僕の震えで机も連動してガタガタと揺れ動く。
大丈夫だ、隆よ。こういう時は深呼吸だ、深呼吸。
「ひーひーふー。ひーひーふー。ひーひー――」
「おい、東條!」
「うわあ!? こ、殺さないで!」
隣で声を出したのは昇龍だった。驚きすぎるあまり、椅子が後ろに大きく動き、から転倒しそうになる。
「何情けない声出してんだい! さっさと準備して行くよ!」
「お、おう……」
その後、僕は教科書などを鞄に入れ、学校を出た。昇龍の家は学校から徒歩十五分のところにあるため、徒歩で向かった。その間、しばらく沈黙が続く。
だが、どうしても気になる点があった。あまり話す気にはならないが、聞かないと夜もまあまあしか眠れない。
「なあ、どうして僕なんだ? 男なんて他にいるだろ」
そう、なぜ僕を選んだかだ。僕なんてただのキモオタと呼ばれる種。他にいい男なんて山のようにいる。
「だってあーし、女のダチは多いけど、男どもからは嫌われてるから、まだ話したことのあるあんたしか頼れるのがいなくて……」
昇龍は俯きながら言った。いや、どちらかといえば僕もこいつのことは嫌いなんだが。あと、そんなに話してないだろ。
「それに……あーしはあんたのことが……」
「ん? 何か言ったか?」
昇龍はまた何かを呟いた。全く聞き取れなかったが、どうせ大したことじゃないだろう。
「なんもだよ! 死ね!」
「ひどっ!?」
それからまた沈黙が続き、僕は大きな屋敷の前に立っていた。さらに自分の身長の三倍近くある大きな扉。この屋敷、総額いくらかかっているんだろうか。
「ここからはあんたはあーしの結婚相手だ。ちゃんと合わせろよ」
そういうと昇龍は大きな扉を押し、目の前に道が作られる。
「おかえりなさいませ、お嬢様!」
道の左右には黒ずくめの服を着てサングラスをした男たちが二十人ほど並んでいた。一斉に掛け声を合わせた。
それを僕はビビりながら黙々と歩く。昇龍は慣れているのか堂々と歩いていた。
玄関に入ると、旅館の入り口のように広く、和式そのものだった。そこに一人の黒ずくめの服を着たサングラスの男がこちらに向かってくる。
「お嬢様。 組長が組長室で待ってます。婿殿も」
「ぼ、僕も?」
組長っていうと、昇龍の親にあたるやつか。ていうか、婿殿って……
「東條、腹括れよ」
「……」
何も返事をせず、ただ前を歩く昇龍について行く。返事をしないのではない。返事ができないのだ。それはまるで、ボンドで唇を封じさせられているかのようだった。
しばらくすると、ある部屋の前で止まり、昇龍がその扉を開けた。
扉の中に入ると、一人の五十代くらいの少し老いぼれた男が威圧的に座っていた。
この人が組長?
その男はこちらを睨み付けるかのように見つめ、警戒しているように見えた。
「まあ、そこに座りたまえよ」
表情一つ動かさず、目の前に二つある座布団に座るよう指示を出した。昇龍はそこに座った。僕も恐る恐る正座して座る。
「私がここの組長でもあり、妃の父だ。早速だが、お前は妃を愛しているか?」
「はい。娘さんを愛しております」
ここは律儀に言う。嘘でも言っておかないと、ことは丸く治らない。頼む。頼むから早く終わってくれ……
「そうか。では、今からそれを証明してみせろ」
「と言いますと?」
そしてその男は衝撃的な言葉を発した。
「今から子作りをしろ」
おいおい……ふざけるなよ……今からこいつとしろってか! 冗談じゃない! こんなところで拙者は屈しぬぞ! なぜなら拙者は三十歳まで童貞を貫き、魔法使いにジョブチェンジするでござるからな! ……と言いたいところだが、少し怒りを覚えていた。
「ふざけるなよ! あんた、自分で何言ってるかわかってんのか! 実の娘に――」
「ほお……小僧、拒否するか……ならば死ねいっ!」
その場にいる黒ずくめの男たちは一斉に胸ポケットから拳銃を出し、銃口を僕の頭部に向けた。
ガチャっと音が鳴り、標準が定まる。
やばい……殺される……?
「わかりました。子作りさせていただきます」
「おま――」
いや、ここは命の危険がある。僕は昇龍の方を見てからそれ以上は口を開かず、再び正面の男の方を向いた。男は左手をあげ、黒ずくめの男たちに銃口を下ろす合図をすると、ニヤリと不気味な笑みを浮かべた。
危なかった。昇龍が言わなければ今ごろ死んでいた……
「さすがは我が娘だ。十兵衛、こやつらを部屋へ案内しろ。お前は部屋から出ないように監視しておけ。声が聞こえない位置でな」
そう言うと部屋の襖が開き、一人の男が現れた。眼鏡をかけ、頭はワックスでがっちりと固められた20代後半くらいの高身長の男。
「はっ! 行きましょう、お二人とも」
十兵衛と呼ばれる男は、昇龍の父に一礼をすると、僕らをある部屋まで案内した。声が聞こえない部屋って、どこまで悪趣味なんだ。
部屋に入ると、真っ暗の中、一つの布団が置かれていた。
「では、私は廊下に出ています。一時間にまた来ますので」
それだけ言うと男は出て行った。
しばらくの沈黙が続く。おいおい、なんか喋ってくれよ。気まずいだろ……
次の瞬間、その沈黙を破るかの如く、ポケットに入っていたスマホが鳴り出した。
このタイミングでの副業は嫌な予感しかしない。
僕は破裂しそうな心臓の音を聞きながら、静かにロック画面を解除した。
(東條隆と昇龍妃は全裸になる:4000円)
おい、なんだよこれ……
流石にこれはまずいだろ……
だが、拒否は死を意味する。やることは一つだ。
「昇龍、服を脱いでくれ」
「え!? あんた急にどうして――」
「いいからとにかく脱いでくれ! さあ、早く! 早く!」
僕は必死に大きな声を出し、昇龍に指示を出した。
「わ、わかった! わかったから落ち着けって!」
昇龍は自分の着ている服のボタンに手をかける。僕はその隙に後ろを向く。服がどんどん床に落ちていく音が聞こえる。目を力強く瞑り、無心になる。
「ぬ、脱いだぞ……東條……って、なんでお前後ろ向いてるんだ? 今から子作り……するんだろ……」
いつにもなく、恥ずかしそうな声で言う昇龍。やめろやめろやめろ! いつものあの強気なお前はどうした!? 気が狂いそうだ!
「いや、子作りはしない。だが、僕は脱ぐ!」
僕はボタンをどんどん外し、ベルトに手をかける。
「はあ!? あんた何言ってんの!? 言ってること矛盾してるし!」
「いーや、矛盾はしていない。それと、お前はその布団の中にでも入っていろ。その格好だと風邪ひくぞ」
「お、おう……」
昇龍は何故か小声になり、布団の中に潜り込んだ。僕は全裸になると、正面の壁を真剣に見つめる。その後、股を開いて立ち、腕を組んで目を瞑る。無心だ無心。
「あんた、何やってんの?」
「気にするな。あいつらが遠回しにこの部屋の声は聞こえないと言っていたな。なら、あとはここで1時間待てばいいだけの話だ」
昇龍の父はさっきの男、十兵衛に『声が聞こえない位置でな』と言っていた。その十兵衛は今、廊下にいて僕らの声は聞こえない。なら、シンプルにここで待てばいいだけのこと。
「あ、あんた……」
ともあれ、1時間もこの体制は少しきついな。それに、妙に冷房が効いてきている。これもあいつらの策略か。
だが、僕も男だ。リアル女ファーストという言葉くらいは知っている。ここで耐えればいいだけのこと。