羽ばたくんだが?
「なんだよ……それ……」
怯む中、口を小さく開く。紫可憐と名乗るやつはこちらを睨みながら拳銃を向けた。
「正義執行管理局は裏社会で活動している女性だけで構成された組織。正義を貫き、悪を滅ぼす。我管理局のモットーは……疑わしきものは罰せよです」
疑わしきも罰せよ。疑わしきも罰せずなら聞いたことはあるが、僕みたいな罪なき人すらも怪我させる気か。そんなやつら、犯罪者と変わりないじゃないか。
「要するに、反社会勢力ってとこか」
「失礼なことを言わないでください。何かあってからでは物事は手遅れになります。その前に加害者と疑わしきものは排除する。我々は警察と違って生温いことはせず、しっかりと動く組織です」
要するに警察は動かないこともあるが、こいつらは良くも悪くも動くってことか。悪くっていうのが入っている時点でそもそもが問題だ。
「なにが排除だ! ヒーローぶってんじゃねえよ! そんなんが正義なわけないだろ! お前みたいなやつより、警察の方がまだましだ!」
「……」
相手は表情一つ変わることはなく、沈黙をした。よほど痛いところを突かれたというわけでもないが。どうする、この状況? 今動けば撃たれることは間違い無い。
だが、こんなことを言うような奴らだ。このままじっとしていても僕のことを撃つ可能性大だ。
やらないで後悔するより、やって後悔する方がマシ。だったら――
「うおおおおおお!!」
「なっ!?」
ガバッと相手の腰に思いっきり飛びつき、そのまま紫と共に倒れ込んだ。
そのままカラカラと銃の落ちる音が聞こえ、相手を無力化させる。
僕の右手は自然とやつの、細い腕を押さえつけていた。
「そのままじっとしていろ。僕は僕の正しいと思ったことをする。ただそれだけだ」
「あ、あなた……! これのどこが正しい判断ですって……!」
紫の口調は何故か百八十度変わっていた。顔も赤らめ、どこか恥ずかしそうに見える。一体どうしたんだ、こいつ。なぜ顔を赤らめる必要がある。
それに、さっきまでの挑発的な態度はどこにいったんだ?
しかし、僕もこのまま引き下がるわけにはいかない。
そう思い、口を開いた。
「ああ、正しいさ。あのままだとお前は僕を撃っていたかもしれない」
「じゃあ、なに……!? そ、その左手も……!?」
論点を少しずらし、やつは「その左手」と言った。
「左手?」
あれ? よく考えれば柔らかく大きな手触りが手にある。大きなマシュマロ? 何を言っている、マシュマロがこんな大きいわけないだろうが。
じゃあ、ビーチボール? その可能性は確かにある。でもここは病院だぞ。なぜ病院にビーチボールがあるのかが理解できない。それに、ビーチボールの中は空気。この柔らかさは空気なんかではな……
胸だった。
手のひらの半分はひらひらの服に触れ、半分は露出した黒色の大人びた黒色の下着に触れていた。
ん?
一瞬にして状況を整理してみる。
あ、死んだかも。
「あ、いや……違うんだ……これは、その……ごめんなさい!!」
必死で謝った。
やばいやばいやばいやばい!!
殺される殺される殺される殺される!!
死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない!
「正義執行正義執行正義執行正義執行……!!」
紫は取り乱し、よくわからないが「正義執行」という言葉を何度も口に出した。その表情の目。そこには殺意のようなものが見えた。
本気でこれ……殺される……!!
「今です! 逃げますよ!」
その瞬間、もどきは僕の腹部に手を回し、病室の外の廊下まで逃げ出した。
「なんなんだよ、さっきのリアル女!」
「私もわかりません。投資業界の手の物ではないと思われますが。それより、さっき……あの人の胸を……胸を……」
なにかをぶつぶつ言っているもどき。
あいつ、投資業界のやつらではないとしたら本当になんなんだよ。
ここにきて新たな伏線張り要素ってか?
「逃さない……!!」
すると、飛び出した病室からゆっくりと紫が出てくる。やつの手にはゴツゴツした機械があった。
あれは……ガトリングガン!? 穴がいくつもあり、そこには弾丸のようなものが無数に連なっている。
てか、あんなのどこにしまってあったんだよ!
てか、あんなの撃たれたらマジで死ぬぞ!
てか、銃刀法違反どうなってんだって!
「その……隆さんが……胸を……胸を……」
「もどき! 後ろ! 後ろ! 狙われてるから!」
後方を確認。すると、銃口はこちらに向いており、うるさい機械音まで出し始めた。さらに、機械の中は何かが回っている。あいつ、本気だ!
「うわあ! ここからは全速力で走りますよ!」
もどきも後方を確認してようやく気がついた。
どうか、どうか拙者をお助けてください! シャルロット様! ぷらねっと神様! もどき様!
バババババッ
銃弾が物凄い速度で撃たれた。
「私だって、やるときはやるんです! パーフェクトアボイドゥンス」
降り注ぐガトリングガンの雨を一つ一つ回避しながら進んでいる。後ろを見ながらというわけでもないため、あとは音を頼りに動いているのか。
こいつもこいつで人間業とは思えないが、今はそんなことはどうでもいい。
あれ? というか、パーフェクトアボイドゥンスって僕がロジカルファンタジーでシャルロットたんに習得させた技の一つ――
「おい、もどき? 目の前行き止まりだぞ? まさかとは思わないが、目の前の窓から飛び降りるとか言わないよな?」
行き止まりなのにも関わらず、行き止まりの先にある窓に突っ走っていくもどき。
「え? ちょっと? 聞いてる? もどきさん? もどきさん!? もどきさん!?」
「しっかり捕まっててくださいね! はああああああ!」
「死ぬううううううう!?」
もどきに掴まれながら窓へ飛び出した。下を見ると、上空十二メートルくらいあった。
今、鳥の気持ちがわかったよ。お前らは自由な空を羽ばたいているんだな。でも、僕らはそんなものは一瞬にしか過ぎないんだ。
だんだんと地面のコンクリートに体が近くなる。
「スタっ!」
「死ぬう……」
もどきはスタっと足をつき、着地した。一瞬、走馬灯が見えたよ。
「まだ追ってくるかもしれません。このまま家まで走りますね」
僕はまだ腹部傷のせいでうまく走らないため、もどきは僕を抱えてそのまま家に直行した。あの紫可憐と名乗るやつはなんだったのか。今後、僕らの敵になるのだろうか。だとしたら、かなり厄介な相手になりそうだな。
「逃げられた……か。まあ、この中に入っているものは全て訓練用のゴム弾だし。――私があなたを強くしてあげるわ、東條隆」