神のみぞ知るんだが?
静寂に包まれる中、今度は蘭壽の方から隆に攻撃を仕掛けた。思いっきり踏み込み、拳を握りしめて隆に殴りかかる。
「ふおあああああ……!!」
だが、なぜか隆には当たらない。当たっているはずなのに、それが残像のように消え、再び別のところに現れる。それを潰そうと蘭壽は新たに現れた隆を攻撃するも、またいなくなる。
無意識……無意識……無意識……無意識……無意識……無意識……
隆の頭の中には、無意識という字だけが浮かび上がっていた。隆は運動音痴で体力もない。だが、息が切れている様子はなかった。これもこの言葉で解決することができる。
無意識。
全ては無意識から為せる技だった。
その一方で体力を消耗しているのは蘭壽の方だった。蘭壽は少し息を荒くし、目が震えていた。
「なぜだ……!? なぜ当たらない……! たしかに狙っているはずなのに……!」
蘭壽の手はそこで止まっていた。
「遊びは終わりか? 今度は僕のターンだ」
隆は数歩歩き、蘭壽の腹部に下からアッパーを入れ、蘭壽を上空へと吹き飛ばす。さらに蹴りを入れ、蘭壽を飛ばすと、蘭壽の背後に立ち、蹴り上げる。そこからさらに背後に立つと、別のところへと蹴り上げる。これを何度も繰り返す。
隆は無意識のうちに空すら飛べるようになったのだ。
いや、小さく物凄い力で空を蹴り上げ飛んでいる。それが隆が跳べている理由だった。
そして隆は上空でかかとを挙げ、蘭壽の腹部目掛けてかかとを落とした。
蘭壽は物凄い速度で落下し、コンクリートの床にヒビが入ってクレーターのようなものができるほど地面にもダメージが入っていた。
隆は上空二十メートルからコンクリートの床に綺麗に着地し、蘭壽に近づく。
「お前は僕には勝てない。世の中には意識より先に無意識が動くことがある。だから僕は上条を助けたんだよ」
「ふっ! やるじゃないか! おじさん、驚いたよ!」
蘭壽はゆっくりと立ち上がり、隆の方を向く。だが、これだけのダメージを食らってもなお、まだ蘭壽は動くことができた。
「こうなれば、この一撃を全身全霊、精神集中掛けて食らわしてみせる!」
すると、蘭壽の拳からは紫色のオーラが現れ、炎のように揺らぎ出す。蘭壽は自分の中にある肉体と精神の二つを力を拳に注ぎ込んだ。これをくらえばひとたまりもないだろう。
しかし、逆にいえば隆はそこまで蘭壽を本気にさせたということだ。
「うおおおおおお!!」
「はああああああ!!」
お互いが走り込み、拳を相手に突き出す。この勝負、どちらが勝ってもおかしくない。戦況的には隆が優勢。とはいえ、力の差でいえば蘭壽の方が優勢であった。
二人の距離はわずか五十センチ。
――だが、その時だった。
「……っ!?」
隆は正気に戻り、無意識行動では無くなってしまった。さらに腹部の痛みが走り、口からは血を出す。つまり、意識上での行動に変わった。
「ふっ! 読めたぞ、君の意識!」
蘭壽は隆の意識を読み取り、次の行動パターンを頭に入れてしまった。だが、隆のしようとしていた行動は蘭壽のある部分を狙うというものだった。それに気がついたときには、隆の拳は目の前にあった。
「(まずい! ここを狙われれば――)」
「おらああああああ!!」
隆は最後の力を振り絞り、そこを突こうとする。蘭壽の読みか、隆の拳か、どちらが早いかは神のみぞ知る。
――そして決着がついた。
拳を突き、立ち上がっていたのは隆だった。
隆は正気に戻ったあの瞬間、蘭壽のみぞおちを狙った。みぞおち。人間の腹の上方中央にある窪んだ部位のことを指す。みぞおちを打たれた人間は立ち上がらなくなったり、ものすごい痛みが生じるのだ。
蘭壽はその場で倒れ込み、コンクリートの床に寝そべった。
「やった……か……」
隆は今にも倒れそうな勢いだったが、ふらふらの状態で上条の元へと歩いていった。
距離は約十メートル。コンテナの中に入り、意識が朦朧としている上条の前に立つ。
「たか――」
すると、隆は拳を作り、玄橆の顔面目掛けて一発殴った。
「いってえ!? なにすんだよお!?」
その一発で一気に勝機に戻る玄橆。
「馬鹿野郎!! どうしてこんなことになってんだよ!?」
隆は怒っていた。物凄い目つきで玄橆を睨みつける。鋭く尖った目。その目を見た玄橆は衝撃を受けていた。
「ごめん。隆達を巻き込んだのは悪かったよ」
「そうじゃない! なんで僕たちに相談しなかったんだよ! あの時もそうだ! 僕たちを庇って連中から遠ざけるためにわざと僕らを足止めしたんだろ!」
「仕方ないだろ! これは僕の問題だ! だから隆達を巻き込むわけにはいかない!」
「その結果がこれだろ! お前は拷問させられ、傷だらけで、血だって吐いてるじゃないか! そういうのまじで迷惑なんだよ! 周りに迷惑をかけてどうするんだよ!!」
隆は涙を大量に涙を流したが、顔や言葉が濁ることはなかった。そして、その言葉に胸を打たれる玄橆。
『周りに迷惑をかけてどうするんだよ!!』この言葉は玄橆がかつて隆に向けた言葉だった。
今はあの時とは逆の立場。彼はその瞬間、こう思っただろう。その言葉がそのまま口に出る。
「まさか、僕のことを心配してくれてるのか?」
「あ、当たり前だろ! だから……これからはちゃんと……頼るんだぞ……」
「じゃあ、この縄そろそろ切ってくれる? あ〜、もしかして隆、そういうプレイが好きな系男子〜?」
玄橆は縄で吊るされているのを利用して体を大きく動かして宙をくるくると回る。そして、一気にムードをぶち壊すのも、玄橆……いや、上条の特権だ。
「はぁ……だーまーれ。ほら、切るから動くな」
「はーい」
上条は動きを止め、隆は上条が吊るされている縄を近くにあったカマで切った。
「っと。この縄、インベスト製だから見た目は普通でも、触れられたら魔力の使用を封じさせるからどうにもならなかったんだ」
インベスト製の縄は、魔力を封じさせるため、腕を縛られていた玄橆は魔力を使うことができなかった。だからこそ、縄を切ることもできず、蘭壽に対して反撃をすることもできなかった。
「なんだよ、インベスト製って……」
「それで、蘭壽はどこ?」
すると、上条の瞳は一瞬にして変わる。それはまるで、獲物を捕らえる狼のような瞳をしていた。
「あのおっさんならそこで伸びてる」
隆は蘭壽の倒れている方向を指差した。すると、上条はゆっくりと蘭壽のいる方向へと歩いていった。
そして、手から青色の光を出した。
「おい、お前なにを……!」
それを蘭壽に放つと、いくつかの円盤のような形になり、蘭壽の体に縛り付けた。
「こいつには聞きたいことが山ほどある。それに、今回みたいに危害を加えられては困る」
「仕返しだけはするなよ」
「しないさ。僕はこいつらと同じ土俵に立つつもりはない」
上条はただ、蘭壽から情報を聞きたいだけで、今回の復讐をしようとは考えてはいなかった。もし、仮に尋問などをしたらやってること自体は蘭壽たちと同じやり方になってしまうからだ。
「ならいいけど……って、あれ……? なんか……目がぼやけて……」
隆の視界は曇り始め、その場で倒れた。かなりのダメージを負い、体力を消耗した隆には立ち上がる力は残っていなかった。その瞳もだんだん閉じていく。
「隆……! って、やばい……僕もだ……」
上条も同様、数日間の戦闘や尋問により、倒れ始めた。
一連の事件により、投資業界のトップたちは混乱状態に陥っていり、いろいろな方面からかつてないほどの危機に直面していた。
斬賀は戦闘不能で重体。蘭壽は投資業界の中では行方不明となっていた。鉦蓄は前回の事件により、牢獄行き。現在動けるのは、極兒、龕您、篆のみとなった。
そして、加速していく投資業界の動き。
――その時、隆はなにを思い、どう立ち向かっていくのか!?