心が読めるんだが?
「うっ……」
玄橆は数十分の間、気絶していたが目を覚ます。それに気づいた蘭壽は椅子から再び立ち上がり、玄橆の目の前に立つ。
「しぶといやつめ。まだ息があったか……こちらとしては情報を吐いてもらうにしろ、死んでもらうにしろどちらでもいいんだが……なっ!」
蘭壽はさらに玄橆の腹部の傷口目掛けて殴りかかる。この腹部の傷口は、前回の戦闘において蘭壽がナイフで刺したものだった。
「うはっ……!!」
玄橆は吐血をし、床に大量の血が降りかかった。本来なら死んでいてもおかしくはない。だが、インベストの人間は皆、隆たちのいる人間たちに比べ、耐久力や力があるものばかりだった。
「貴様が隆くんを呼んでいることは想定済みだ。もっとも、ここへ来たところで私には勝てないがな」
「あまり隆を舐めない方がいいぞ……隆はな……僕がこの世で一番ラブしてる男だからな!」
玄橆は顔を上げ、蘭壽の目を見てニヤリと笑った。
「ああ、その通りだ!」
――その時だった。
その男は現れた。
大きく床を鳴らし、目を瞑って二人の元に姿を表す。
そう、東條隆だった。その姿からは数ヶ月前のキモオタっぷりは微塵も感じず、覚悟を決めた目をしていた。そして、その目は開かれる。
「隆!」
「来たか」
蘭壽と玄橆は一斉に隆に注目をする。隆は鉄パイプのようなものを武器にし、右手でそれを持つ。
「2日前、僕に来た副業は玄橆……上条に触れること。だがそれは、上条にとってはかなり致命的なもの。自分の場所がセンサーによってわかるからな」
センサーとは、投資業界が隆に付着させたもの。これは玄橆の場合はセンサーとなり、玄橆に触れなかったり、それ以外に触れてしまった場合はセンサーが起動するというものだった。
「それに気づいた上条は、自ら僕に触れさせようとした。おそらく、上条は僕に与えられた副業を見ることができる。つまり、上条は僕を助けるのと引き換えに自分を犠牲にしたんだ」
そしてそれは、隆の厨二病を元に戻すためでもあった。玄橆の渾身の一撃が、彼の運命すらも変えたのだろう。
「あとは簡単だ。僕らを巻き込まないよう僕に殺すと言って気絶させ、もどきを時限式で開く物体に閉じ込めた。何か間違っているか?」
「正解だよ。だけど、結果的に君や君の仲間を巻き込むことになってしまった。本当にすまなかった」
玄橆は目を閉じて隆に詫びた。だが、隆はそんなことは気にしていなかった。むしろ、今一番気がかりなのは目の前の男、蘭壽の方だ。
「謝るのは後にしろ。僕にはやらねばならないことがある」
「息がいいねえ、隆くんは。だけど、先に言っておくよ。君は私には勝てない」
蘭壽には殺気はないが、本気の目をしていた。上着を脱ぎ捨てると、鍛え上げられた筋肉が目にうつる。
バキバキに鍛え上げられた筋肉からは熱のようなものを出し、コンクリートの地面すら溶かしそうな勢いだった。
隆が持っているものは鉄パイプ一つ。勝てる見込みなんてなかった。
「そんなもん、やってみなくちゃわからないだろ……!」
隆は蘭壽に向かって走り出した。八メートルほどある距離を走ると、途中から両手に鉄パイプを持ち替え、振りかざす。
「なにっ!?」
だが、それをひらりと避けられ、コンクリートに鉄パイプの傷が付く。
隆は反動で動かなかった。
その数秒ある隙をつき、蘭壽は隆に思いっきり蹴りを入れる。
隆はその反動で横に思いっきり吹き飛んだ。吹き飛んだ先の硬いコンテナにぶつかり、体が一気に圧迫される。その反動で鉄パイプは床に落ちた。
蘭壽はだんだんと近づき、隆に迫りくる。動きこそ一般人並みとはいえ、力は一般男性の何十倍もあった。それに対し、隆は一般男性以下。差は歴然だった。
「気を付けろ! 蘭壽は相手の行動が全て読める! 僕でも倒せれるか分からないような相手だ!」
「ああ、わかってるさ!」
隆は筋肉や骨が痛む中、立ち上がり、再び走り強襲を仕掛ける。手に拳を作り、蘭壽の胸を突くが、かわされる。次に隆は蘭壽の頭部目掛けて殴りかかった。だがそれも両腕でガードされる。それどころか、こちらが皮膚の硬さの痛みを受けるくらいだった。
「まだだ……!」
その隙に右で右脚目掛けて回し蹴り。
当たった。隆の蹴りは蘭壽の右脚にヒットしたのだ。
隆は蘭壽の表情を見る。しかし、蘭壽は表情一つ変えなかった。まるで、痛みを感じていないかの如く。
するとその約三秒後、隆は痛みを感じた。
「あああああっ……!!」
コンクリートに足をぶつけたかのような激しい痛み。これが本当に人間の筋肉なのだろうか。そんなことを考えている間に、隆は隙を作ってしまった。
「今度はこちらの番だ」
すると、蘭壽は構えをとり、拳を隆に突き出した。
「邪気蛇!!」
その瞬間、隆の腹部に力強い拳がぶつけられた。その瞬間、空気の流れが一気に変わり、隆の五メートル後ろにあるコンテナが凹んだ。
「がはっ……!!」
「隆!!」
隆は吐血し、その場で倒れた。腹部はもう感覚が麻痺しており、麻酔をかけられた、あるいは腹部が丸々空洞になったかのように感覚が感じられなかった。
「君には残念なことに、特殊能力もなければ格闘技の経験すらない。それどころか、一般男性以下の筋肉。勝ち目なんて最初からないのだよ」
隆の襟を掴み、持ち上げる。そして、片手で思いっきり十五メートル先のコンテナの中に投げ込まれた。
戦闘から五分も経たないうちに、意識が朦朧とする隆。視界がぼやけて、体にはものすごい痛みが走る。過呼吸の中、それでも隆は立ち上がろうとする。
「あああああっ……!!」
だが、腹部の痛みがそれを許そうとはしなかった。
腹部には麻酔で打たれたような感覚と、雷で打たれたような衝撃が伝わってきて今でも吐きそうだった。
「さてと」
蘭壽は再び玄橆のいるコンテナの元まで歩き、再び殴りかかる。
「うはっ……!!がはっ……!!」
何度も何度も何度も何度も。
「全く……あまり私をイラつかせるなよ……」
蘭壽のその声は微かだが、隆の耳に入っていた。その声だけではない。玄橆が殴られている音もだ。だが、体が動かない。助けた方も助けられない。それどころか、動けない自分が許せなかった……そして、隆は目を瞑ったのであった。