気のせいじゃないんだが?
机に置かれたのは、壊れたスマホに丸色の白い機械。それを見て、シゲ爺は目を丸くしていた。
「こっちのスマホを修理するのと、この機械が何か調べて欲しい」
「ほっほ〜。こりゃまた面白え。しっかしこんな機械、見たこともねえなあ」
シゲ爺は丸いの機械をあらゆる角度から見ながらニコニコして言った。この人が職業病にかかってないかまじで心配だ。ちゃんと休めているのだろうか。
「ところでこのスマホは誰のだ? お前のじゃねえんだろ?」
「これは……友達のやつだ」
上条が残してくれたもの。それを僕は無駄にするわけにはいかない。その意思で僕はここまで来たんだから。
「訳ありみてえだな。理由は聞かねえ。よし、引き受けた!」
シゲ爺は親指を立て、ウインクをした。
「本当か!? ありがとうシゲ爺!」
「いいってことよ!」
「それで、いくら用意すればいい?」
スマホの修理となると、何千円から何万とかかる世界。ひび割れとはいえ、負担はでかい。上条がどこの携帯会社と契約してるかわからないが、そこに修理を出せば数日は戻ってこないだろう。だからシゲ爺のところに来た。
だからこそ、それなりの金額は覚悟しておいた方がいい。
「それもいらん」
「え?」
シゲ爺からはその言葉一言のみ発せられた。
「ガキ相手に多額の金額を請求する大人がどこにいる。それに、たー坊の頼みだからな」
まあ、十七歳相手に何万と請求するのもおかしいが、一円も払わないのも変な話だ。だからここは否定させてもらう。
「いやいや、それは悪いって!」
「いいってことよ! あ、じゃあ一つだけ頼めるか?」
人差し指を立て、目を見開かせるシゲ爺。
「もちろんだ。僕にできることならなんでも――」
「美沙とデートに行ってやってくれ。こいつはなかなかそういうことが言えねえ奴だからな! がっはっはっはっ!」
シゲ爺は美沙の肩をバシバシと叩きながら言った。めっちゃ笑顔だし……しかも、修理までしてもらって、こんなの断りづらいし……
「お、おじいちゃん! なんで私の名前が出てくるの!? お、お兄ちゃんも別に断ってもいいからね!」
顔を真っ赤にして驚く美沙。いや、言われてる僕も驚きだわ。そしてそんなこと言われたら、これまた断りわりずらいはないか。
「じゃ、じゃあ……行くか? デート」
「しゃあああああ!!」
「えええーーっ!?」
めっちゃはしゃぐシゲ爺に、めっちゃ驚く美沙。いや、驚きたいのは僕の方だよ。なんであんたら家族揃って反応がバラバラなんだよ。
まあ別に嫌じゃないし……いつかくるシャルロットたんとのデートの予行練習だと思えば、拙者は全然嫌でないでござるさ!
だが、その場にいたもどきだけが浮かない顔をしていた。その横顔はとても寂しく、何を考えているのかも考えられないくらいだった。
その後、シゲ爺は一日で終わらせると言って、修理ができた時にまた電話をすると言ってその場はお開きになった。
次の日も上条が学校に来ることはなく、帰り道をもどきと歩く。このまま家に帰ってもいいが、もどきの様子が少し気になる。
「コンビニよるか?」
「……え?」
最初はもどきは驚いたが、そのあとは黙ってついてきてくれた。コンビニにつき、何か欲しいものを一つ選ばせ、それを買った。もどきはあのかの有名なエンジェルカップを買い、僕は吸うアイスことクーアイスを買って、コンビニの前のところで立ち止まる。
「た、食べようか……」
「は、はい……」
お互いなぜか少しぎこちないが、僕がアイスのキャップを取ると、もどきもアイスの蓋を取った。
といいつつ、僕はもどきの横顔を見る。黙ってパクパクとアイスを食べていた。
そんな様子を見て僕も自分の買ったアイスに口をつける。しゃりしゃり感がうめえ。
しばらく吸ってから口から離すと、もどきの方に再び顔を向けた。
「なんかさ、最近大丈夫か?」
「え? 何がですか?」
するともどきもアイスを食べるのをやめ、こちらを向き、目が合う。あれ? 僕の勘違い? めちゃ普通な感じで返されたんだけど。
「いや、なんていうか……その……最近落ち込んでたように見えたから……」
「え? き、気のせいですよ。あははははっ……」
少しわざとらしく返してくる。いや、絶対になんかあるだろ。そんなこと言われたら余計に気になるじゃないか。
「そうか……」
その一言だけ言うと、僕は再びアイスを吸い始める。すると、もどきもまたアイスを食べ始める。なんなんだよ、この空気。
こういう時、どうすればいい? リアル女の扱いに慣れてない僕には明らかに不利な戦況。慰める? それともからかってみるか? どうする? どうする、東條隆!
「す、好きな人でも……できたか?」
からかったー! とっさに出た言葉がこれだった。さあ、もう出るもどき。
「え……いや……あの……その……」
照れたー! 流石に相手もリアル女。やっぱり、今の質問は少し不味かったか。
「前に言っ……ゃない……か……い、言わせ……でく……いよ……」
ボソボソと顔を赤らめ、俯いて何かを呟いた。全く聞こえない。
「ん?」
「な、何にもです! 隆さんのバカ!」
「な、なんだよそりゃ!」
もどきは涙目でこちらを見て、顔をさらに赤らめた。ついにはバカ呼ばわりか。こんな子に拙者は育てた覚えはないでござるよ……
そして再び気まずくなったのか、お互いアイスを食べる。僕は一口だけアイスを口に入れ、飲み込んだ後にもどきの方を向いた。
「ま、まあ……その……困ったことがあれば言えよ……話くらいは聞いてやる……」
過程はどうあれ、もどきには世話になってるからな。少しでも僕にできることがあれば助けてやりたい。すると、もどきもアイスのスプーンの手を止め、こちらを向く。
「あ、ありがとう……ございます……では……その……」
では? その? ということは何かあるのか。ま、まあ……話くらいはって言ったし? その……ねえ――
「私と今度の夏祭り、デートしてください!」
「ええっ!?」
デート。まさか、こいつの口からそんな言葉が出るとは思わなかった。美沙の次はお前かよ……夏祭りというと、毎年地元でやってる大きな祭りのことか。
「ダメ……ですか……そうですか……美沙さんはよくて私はダメなんですね……」
「いや、あれは断りずらかったからって理由で……」
「はあ〜……」
声に出るくらい大きなため息をされる。いかにも誘ってください感出してるけど……もうここは男らしく……!
「あーもう! わかったよ! 行きゃいいんだろ! 行きゃ!」
顔が少し暑い。なんでいつもこうなるのか。とはいえ、これは自分の意思。副業とかそんなの関係ないんだ。
ま、まあ? こ、これもいつかくるシャルロットたんとのデートの予行練習でござるがな! そ、そう……予行練習……
「わあ……ありがとうございます!」
もどきは目を輝かせて言った。しかし、なぜ僕と行きたいのか。別に僕でなくてもクラスのやつと行けばいいのに。
「ちなみに、どうして僕なんだ?」
「え!? そ、それは……その……」
思い切って聞いてみたが、少し困った顔をしていた。でも、そこは少し気にならな。この歳になれば好きな人くらいいてもおかしくないのに。
「隆さんのことが……す……す……」
「す?」
す? 顔をタコのように赤らめ、俯いて目を瞑るもどき。こんなもどき、見たことないぞ。
「す……す……す……す――」
すると、次の瞬間スマホの着信音が鳴る。ふ、副業!? クソっ! しばらく副業が来てないからやっと平和に過ごせると思ったのに!
そう思い、心臓が破裂しそうな勢いのなか、恐る恐るスマホを確認する。
【お兄ちゃーん♡ 修理が終わったから美沙の家に来てね♡ いとしの美沙より♡】
「……」
焦って損した。それは美沙からの修理が完了したという報告だった。もう、着信音がトラウマになってる自分がいる。
この着信音も気に入ってたんだがな。
「修理が終わったそうだ。行くぞ、もどき」
「お、おわ……あ、はい!」
僕たちは急いで走って美沙の家まで直行した。今は夜の6時半過ぎ。迷惑でなければいいが。