男の勝負なんだが?
あれから廊下を入っているが、さっきからどうして誰も廊下にいない?
まさか! 魔王軍がすでに攻めてきて民たちはやられたとでも!?
すると、一人の人間が目の前に立ち塞がった。あいつは……上条か!?
距離は近くなり、上条との距離は人間界でいうところの約五メートルになったその時だった。
「止まれ!」
上条が大きな声を出し、我の足を止めた。顔は険しく、睨んでいるかのように見える。なんだこいつ、我に何か用なのか?
「なんだ、貴様」
「隆。悪いけど、今から君を殴らせてもらう」
何を言っているんだ、こいつは。
上条樹。明るく楽観的な男。なにかと我の助けをしたり、たまに変な行動をとる。そんなやつが殴るだと?
ついにはバニシングドラゴンに脳みそを焼かれたのか?
いや待て。今ここで殴られれば我の命は尽きる。そうなるわけにはいかない。
「今はよしておけ。さもなければ、我の中に眠るガウェインと黒竜が黙っていない――」
「別にいいよ。ただ、僕を越えなければこの先のA組にはたどり着かない。さあどうする、隆」
くっ……! なんて卑怯なやつなんだ! もうすぐで思考強化訓練が行われるというのに、それに参加させない気か! だが、こいつもここにいるということは、意地でも殴りたいのだろう。
「お前ら! さっさと教室戻れ! あと少しでチャイムなるぞ!」
すると、後ろから男の教師の声が聞こえた。そうか! さっき民たちがいなかったのは、思考強化訓練の時間までの迫っていたからか!
「申し訳ありませんが先生、先に授業を行なっていてください。五分以内には終わらせますから」
上条が教師と目を合わせず、我と目を合わして男の教師に話した。
「ふざけるのもいい加減にしなさい! さあ、教室で待ってるから早く戻りなさいよ」
男の教師は諦めたのか、A組の教室へと入っていった。
「こうしよう。チャイムが鳴ってから一分以内に僕が君を殴ったら勝ち。範囲はここのB組の前にある廊下。もちろん素手だ」
上条は左にある時計を指さしてから、素手で構えをとった。どうやら、やつは本気みたいだ。どの道逃げ場はない。だったら、これがどんな結末を迎えようとも、勝負を仕掛けた相手に敬意を払う。それが闇の勇者の役目だ!
「いいだろう! さあ、かかってこい!!」
一瞬で闇の力を宿いし衣と眼帯も脱ぎ捨てる。邪気眼が解放された我は、普段の一千倍は強化された。この我に叶うわけがなかろうに、小僧。
静寂に包まれる中、針の音がチクタクと音を刻む。五感を全て研ぎ澄まし、奴の呼吸やまばたきすら逃さない。負けられない、この戦いだけは……!
大きく金の鳴る音が鳴った。
その瞬間、上条は走ってこちらに向かってくる。だが、すべての行動パターンは予測済み! 伊達に生きていないわ!
「ふっ! はっ! おらっ!」
僕は一歩も動かず、体や顔だけを使ってやつの拳を避け続ける。こんなやつの攻撃、動くまでもない。
「諦めろ! 貴様は我には勝てん!」
「黙れ! 隆こそ、そういう油断が仇となるんだよ!」
その瞬間、回し蹴りをされ、とっさに後ろに下がった。殴られれば終わりだが、我の場合、触れられでもしたら終わる。だから、この攻撃も受けるわけにはいかないのだ。
「ふっ! 少しはやるようだな!」
「そっちこそ!」
「どうしましょう! 授業に遅れてしまいま――って、隆さん!? そんなところでまた何してるんですか!!」
もどきが後ろから走ってきて我を呼ぶ。
「我に構うな! 我はここでこいつをやらねばならないんだ!!――うっ……!」
「よそ見しちゃダメだよ」
「そりゃ、悪かったな」
今度は足元を狙って、足崩しで攻撃を仕掛ける上条。なんとか避けれたが、次はない。その理由はやはり体力だ。いくら闇の勇者とはいえ、ヒットポイントにはパラメータは振っていないのだ。
「もうやめてください! このままだと隆さんが……!」
大丈夫だ。あと十秒。あと十秒避け続ければ我の勝ち。体力も残り少ない。このまま避け続けるか。それとも、少しでも走ってやつと距離を置くか。
決めた! 走る……!
「おらあああ……!!」
我は直進してフィールドの端まで走り出した。体力は少なかろうが、スピードぐらいは出せる! いける……!!
「なっ……! くそっ……! 追いつかない……!」
上条も走り出すが、奴も体をこの数十秒の間で動かしたせいで、走る体力も少なく、追いつくことができない。よし、残り五秒……! 四秒……! 三……! 二……!
「アクセル……!!」
何が起きたのか一瞬わからなかった。いつのまにか上条が消え……気がついたら目の前にいて……
「はあああああ……!!」
「うはっ……!!」
思いっきり顔を殴られていた。
「隆さあああん……!!」
「僕の勝ちだ。あまり使いたくはなかったけど」
その瞬間、自分の中で何かが抜けていくような気がした。僕はこの数時間の間、何をしていたのか。朝起きてここまでどうやって歩いてきたのか。なんでこんなださい格好をしているのかわからなかった。
だが、一つだけわかっていることは、上条にたった今殴られ、触れられたこと。
もどきの声がだんだん近くなり、水のようなものが顔に滴る。このまま僕は死ぬのか。まあいいや。最後に人の温もりを感じられたから、僕は幸せだよ。
ポケットからスマホの着信がなる。副業失敗の知らせか。いいさ、最後ぐらい見てやろうじゃないか。
僕は倒れつつもスマホを取り、電源ボタンを押した。
「なんでだよ……なんでお前が……」
僕の頭には一気に二つの情報が頭に入ってきた。
一つは副業達成と書かれた画面に浮かび上がる文字。そしてもう一つは――
「玄橆なんだよ……」
僕に玄橆という奴以外が触れれば、僕のバングルは爆発する。だが、爆発はせず、副業を達成した。
つまり、このことから考えられることは一つ。こいつが玄橆だったということだ。