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竜殺しの姉妹 弐

 ニーズヘッグはフロース姉妹に視線を向ける。 血に染まり倒れ伏したエリスが、既にどのような手段を持ってしても、助からない事は明らかであった。


「姉さま… キス… してくださいますか?」


 息も絶え絶えといった様子のエリスが囁く。

「大丈夫よエリス… 癒しの口付け(リリオ・デル・バリェ)してあげる…」

   

 フロース姉妹は、お互いをいつくしむ様に、愛おしむように口付けを交わした。


 ニーズヘッグの眼にその行為は、神聖で決して干渉してはならぬものの様に映った。 余りの居たたまれなさに、ニーズヘッグが眼をそらそうとした時、あり得ない事が起こる。

   

 口づけを交わしたフロース姉妹の身体が淡い光に包まれ、死の間際にあったエリスの青ざめた唇に紅い色が戻る。 また、全身に生気がみなぎり、瞳には再び灯がともる。 流血は既に止まり、傷も塞がっていた。

 

 どのような治癒の魔法を使えば、このような奇跡を成せるのか、ニーズヘッグは考えあぐねた。


 フロース姉妹がこれまでに見せた魔法は三種類。 一つ目は身体能力強化。 二つ目は武器への魔力付与。 そして三つ目は死の縁から完全回復させる程の治癒魔法。 そのどれもが上級魔法使い(ウィザード)級の魔法の力と言えた。 否、上級魔法使いといえど、異なる魔法をこれ程までの練度で同時に発動する事など不可能に近い。 治癒魔法に関しては最早、奇跡と呼ばれる領域に達している。


 それらを踏まえた上で戦闘開始時の“見えざる濃霧”の件と合わせて考察するなら、何らかの異能力――恐らくは魂の絆(スピリットリンク)系の異能力で魔力を高めているのではないか、とニーズヘッグは考える。 戦闘中に何度か見られた手を繋ぐ動作や、完全に息の合った連携もその考えを裏打ちする。

 

 ニーズヘッグが熟慮じゅくりょを巡らしている間にフロース姉妹は体勢を立て直しつつあった。 瀕死の重症から回復したエリスにリリアがすがりつく。


「エリスッ! あぁエリス… 良かった…」

「泣いてる場合じゃないですわ、姉さま。早く立ってくださいまし」


 涙を拭い立ち上がったリリアはニーズヘッグに視線を向ける。 それは敵意や憎悪といったさまざまな感情が入り雑じる、狂気すら感じる視線だった。


「ニーズヘッグッ! おまえはただじゃ殺さない。 全身の皮を剥いで骨を全部折って、その骨に付いてる肉を全部削ぎ落としてもまだ足りないっ! エリスの味わった苦しみをお前にも味合わせてやる。 全身を穴だらけにして冥界の業火にくべてやるっ!」


 その凄まじい殺気と威圧感にニーズヘッグは思わず気圧された。 数百年に渡り闘い続けてきた彼であっても、これ程までの憎悪を向けられた事はなかった。 それはかつて彼が闘ってきた、どんな化け物よりも恐ろしい存在に思えた。


「落ち着いてくださいませ、姉さま」


 リリアとは対称的な余りにも冷静な声が響く。


「でもっ! あいつはエリスをっ!」

「いいから落ち着いてくださいませ、怒りに

 身を任せて勝てる相手ではないですわ」


 エリスはそこで一旦言葉を区切り、続けた。


「帰ったら姉さまの好きなこと、何でもしてあげますし、させてあげますわ」

「本当っ!? なんでもいいのっ?」


 一瞬にしてリリアの激しい怒りが、なりを潜める。


「ええ、もちろん。 まあその前に目の前のニーズヘッグ(邪魔者)を、排除しないといけませんわね?」

「そうね、邪魔者には今すぐ退場してもらうわ、この世からね」


 ニーズヘッグに向けられた殺意は、氷の様な冷静さで、より一層研ぎ澄まされた。


「面白いではないか。 もっと足掻いてみせよ!」


 全ての封印が解かれたニーズヘッグの全身から、数多の忌まわしき者共が這い出して来る。 人型の者、地虫のような者、翼を持つ者、四足獣のような者、あるいはそれらをごちゃ混ぜにした、よく分からない者。 そういった者共が大群勢となり、フロース姉妹に襲いかかる。


 洞窟内を埋め尽くす程の大群勢に四方を囲まれながらも、背中合わせのフロース姉妹は巧みな連携でその全てを退ける。


 切り裂き、凪ぎ払い、身を交わす。 完全に息の合ったその動きは、お互いを信じゆだね合う事で到る極致。 極限まで高められた強固なる絆の力。 だが、“忌まわしき大群勢”は無情にも二人をわかとうとしていた。

 

 “魂の絆”は異なる者同士の魂の共鳴により高度な連携や、高度な魔法を行使しむる異能力。 だが二者の距離をへだてる程に、その効力は薄れていく。 その弱点に気づいたニーズヘッグは、“忌まわしき大群勢”を操り、今や完全にフロース姉妹を分断していた。


「我を倒さぬ限り、その者達は無限に湧き続けるぞ。 さあ早く我の下までたどり着いて見せよ!」


 フロース姉妹はニーズヘッグを挟んで左右に分断されていた。 連携を断たれた姉妹は徐々に劣勢に追い込まれていく。 忌まわしき者共の爪と牙が、姉妹の柔肌を傷付ける。


「二人揃わねば力が出せぬとみえる。 ならば最早これまで。 肉の一欠片も残さず喰らい尽くしてくれる!」


 “忌まわしき大群勢”を前にフロース姉妹は為す術もなく呑み込まれていく様に思われた。


「分かってないわね。 距離が離れれば離れる程に引かれ合う想いが、強まる力があるのよ。 エリス、準備は良いかしら? 」

「勿論ですわっ! 姉さまっ! 」


 この絶望的状況下に於いてもフロース姉妹の心は未だ折れず、その瞳には希望の光が灯っている。 リリアとエリスは反撃の始まりを告げる魔法を高らかに叫んだ。


「「光輝なる雷撃(サンダーソニア)!」」


 フロース姉妹の剣から同時に放たれた“光輝なる雷撃”は空気を引き裂きながらニーズヘッグを挟んだ、姉妹を結ぶ直線上にほとばしった。 その通り道に立っていた忌まわしき者共は一瞬で消し炭と化し、混沌のるつぼに姉妹を結ぶ一本のみちが浮かび上がる。


 その雷撃は魔法攻撃を減衰させる被膜を纏っていたニーズヘッグさえも焼き焦がす程の威力であった。 姉妹の距離を隔てた状態で、このような強力な魔法が使えるなど、理にそぐわない。


 今になって“見えざる濃霧”の魔力不可視化の効力が途切れ、ニーズヘッグに全ての真実を告げる。

   

 空間中に魔力を伝達する経路――力線は通常の場合に於いて、術者を中心としたあらゆる方向に、数千から数万とはしっている。 しかし、フロース姉妹は空間上を奔る、《《 たった一本の真っ直ぐな力線 》》により繋がっていた。


「“重なり合う魂”ではない… だと…? まさか… この様な事が… 実在していたというのか…百合魔法使い(リリウム・マギウス)


 “百合魔法使い”それは神話に語られる伝説の存在。 強い絆で結ばれた女と女の、様々な感情により生まれる特殊な魔力――百合力リリウム・フォルティアにより、百合魔法(リリウム・マギア)を操る二人一組の女魔法使いである。 二人を繋ぐ、たった一本の力線は強固なる絆の象徴であり、 言い伝えによれば、その力は天地を引き裂き、生命を創造する程に強大であるとされる。


 力線がたった一本の直線に収束し繋がっているという事は、それだけ高い魔法出力と魔力効率を持つということだ。 しかし同時に大きな弱点も存在する。 力線の範囲内、つまりフロース姉妹を結ぶ直線上にしか、魔法を放つ事が出来ないという点だ。


「“忌まわしき大群勢”により分断させたと見せておいてその実、挟撃きょうげきの構えをとっていた、という訳であったか…」


 決着の時が迫っている事を悟ったニーズヘッグは、異形の大剣を構え、フロース姉妹を待ち受ける。


「世界で一番愛してるわ、私のエリス」

「わたしも姉さまを愛してますわ、言葉なんかじゃ言い表せないくらいに」


 二人の想いの強さは“百合力”の強さ。 高まる想いが力に変わる。


「「百合力リリウム・フォルティア全解放、百合魔法リリウム・マギア奥義、百合乱舞(カサブランカ)!」」


 フロース姉妹は二人を結ぶ直線上を駆け抜けた。 その想いは一つ、ただただ愛しい人の下へ光よりも速く。 そしてその間に挟まる如何なる障害も排除する。


 ニーズヘッグは左右から繰り出される、尋常ならざる剣撃を受け止め戦慄した。 魔力を退けるはずの異形の大剣が、一撃にて粉々に砕けている。


 フロース姉妹から放たれる剣撃は、一撃一撃が必殺の威力を持っている。 単なる物理的な破壊力だけでなく、姉妹を結ぶ直線上を奔る純粋な魔力放射は、ニーズヘッグの根源情報(イデア)すら破壊し尽くした。 即ち再生することすら不可能。 そんな人智を超越した力を宿した刃が、凄まじい速度で縦横無尽じゅうおうむじんにニーズヘッグを切り刻む。


 ニーズヘッグは既に自らの敗北を悟っていた。 今や彼はフロース姉妹にとって敵ではない。 何故ならばフロース姉妹は彼の事を一顧いっこだにしていないからだ。 闘いの最中、ただただ愛しい者と見つめ合っている。


 敗北を悟ったニーズヘッグの胸中を満たすのは、死への恐怖ではなかった。


「美しい… なんと美しいことか… お互いを想い合う者達の絆は、くも美しいものなのか… 我はこの者達と出会う為に、永きに渡り闘い続けてきたのかもしれぬ…」


 戦意をなくしたニーズヘッグをフロース姉妹の刃が断罪する。 ニーズヘッグはこの世で最も美しい輝きに魅入られながら消滅した。



   

 ◇◇◇




「エリスッ!」

「姉さまっ!」

   

 熾烈しれつを極める闘いを終えたフロース姉妹は、お互いの無事を確かめるように抱き締め合う。


「エリス、痛むところはない?」

「もう大丈夫。 竜の呪い痣もちゃんと消えたみたいですわ」

「本当に? 何処どこのやつが消えたの?」

「多分、太股の内側のやつですわ」

「それは後でじっくり確かめないといけないわねぇ」


 リリアがなまめかしく言った。


「なんで姉さまはそうやってすぐに、いやらしい方に話を持っていくのですかっ!」

「だってぇ、エリス、なんでもシテいいって約束したでしょ?」

「それはっ! 言葉のあやというか… 仕方なくというか…」

「楽しみにしてるねー! エリスぅ」

「もうっ! 本当に姉さまは仕方ないですわね! 早く帰りますわよ」

「待ってよエリスぅー」


  楽しげに話すフロース姉妹が去った後、洞窟は再び静粛しゅくせいと暗闇で満たされた。


 姉妹の竜を殺す旅路の果てに何が待っているのか? その答えはまだ誰も知り得ない。 それは暗闇の中にある微かな光のように朧げで、不確定な未来でしか無く、これから紡がれていくのだろう。












 




 


 

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