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血魔術師

 突如として現れたフロース姉妹に窮地を救われたミアは名乗り返す。 名乗られたら名乗り返すのが礼儀というものだ。


「あたしはミア・ミセリア。 こっちの寝てるのが妹のリズだ。 ほんとに助かったよ…ありがとう……妹とあたしを救ってくれて」

「礼には及ばないわ。 同じ姉妹として当然の事をしたまでよ…… あなたも妹さんもお互いを強く想い合っているのね…」


 古来より双子の姉妹には特別な力が宿るとされている。 それはお互いを想い合う絆の力に他ならない。


「姉さま、一旦出口まで引き返しましょう。 ミアさんとリズさんを無事に送り届けてから、探索を再開すれば良いでしょう?」

「……そうね。 出口までは案内するわ。 そこから先はあなた次第よ」

「助かるよ……あと、悪いがもう一つ頼みたい事があるんだ。 あたし達より先に男が一人単独で潜ってる。 見かけたら助けてあげてくれないか?」


 ミアは話したことすらない男であったが、男を利用して宝を手に入れようとした後ろめたさから出た言葉であろう。


「途中で見つけたら助けておいてあげる。 でも、もし最深部までその男が辿り着いていたなら──間違いなく死んでいるわ」




 ◇◇◇




 暗き洞窟の奥深く──弱き者には決して辿り着く事の出来ぬ闇の深淵にて、静かな眠りにつく者がいた。

   

 その者の名はニーズヘッグ。 かつて人であり、今や人でないもの。 暴食の罪をその身に宿し、あらゆるものを喰らい尽くす異質なる超越者。


 ニーズヘッグの周囲には夥しい数の武具が無造作に積み重ねられている。 それは彼を討伐する為に、この地を訪れた冒険者達の末路であり墓標でもある。


 ニーズヘッグは微睡みの中で夢を見ていた。 それは、かつて合間見えた数多の強者──伝説級の魔物や自らを勇者と称する者達との闘いの追想。


 ニーズヘッグが人であった頃の記憶は既に失われていたが、唯一強者との闘いの記憶だけは彼の魂に焼き付いていた。


 強者との闘いだけが彼の全てであり、存在理由レゾンデートルである。 故に渇望して止まない──より強き者との闘いを。


 強き者を求めるニーズヘッグの願いが呼び寄せたのか、暗き洞窟の奥深くに彼の眠りを覚まさせるほのかな光が差し込んだ。 導きの燐光(ウィルオウィスプ)──冒険者が使う灯火魔法の一種だ。 それは彼が心から望む者の到来を告げていた。

 

「待っていたぞ。 強き者よ」


 ニーズヘッグの前に立つはひとりの男。

 

「へぇ、 驚いた。 化け物の癖に喋るのか」

   

 男はそう言葉を返すと忌まわしい者を見るような視線をニーズヘッグに向ける。

 

 "導きの燐光" に照らし出されたニーズヘッグの姿は化け物と呼ばれるに相応しいものだった。

   

 地虫のような、或いは竜のような頭部に十三の眼。 ねじくれた蛇体じゃたいには虹色の蟲羽むしばねと六本の人型の腕が生えており、それらが絶えず不規則にうごめいて収縮しゅうしゅくを繰返している。 悪夢にすら出てこないような禍々《まがまが》しさを持ちながら、所々に人間的な部分を残したそのいびつさは、醜悪しゅうあくでありながら対峙する者に畏敬いけいの念を抱かせる威圧感に満ちていた。

   

 ニーズヘッグは一つの眼を開き眼前の男を見据みすえる。

   

 その男はまるで獣のような風貌をしていた。 人間にしてはかなりの長身。 無駄の無い引き締まった筋肉に、長くたくましい手足。 獅子のたてがみを思わせる髪型に凶暴な顔立ち。 浅黒く日に焼けた肌には無数の傷が刻まれている。 装いは質素で盗賊が着るようなぼろぼろの外套がいとうに身を包み、簡素な鎧をまとっていた。

   

「強き者よ、名乗るがいい。 我を十分に楽しませたなら、その名を永久とわに刻もう」

   

 何千何万と繰返してきたその口上は、ニーズヘッグにとって死闘の前の儀式的な意味合いを持っていた。 もっとも、彼の記憶に刻まれるほどの猛者もさは、これまでに両の手で数えるほどしかいなかった。

 

「まァ名乗っておいてやるよォ… 俺の名はレオニダス、てめェをあの世に送る男の名だぜェ」

   

 言い終わるが早いかレオニダスと名乗った男は獰猛どうもうわらい、猛然もうぜんとニーズヘッグに迫った。 瞬くほどの間に役七歩の距離を詰めるはやさ。 レオニダスの両手には刃がのこ状の円月刀が左右一本ずつ握られている。 その刀身には血が滴っており、此所ここに辿り着くまでに数多の敵をほふってきた事を告げていた。


 悠然ゆうぜんと六本腕を構えるニーズヘッグに対して、レオニダスは右手の円月刀を振りかぶる。 その刃はニーズヘッグには届かぬものと思えた。 何故なら余りに両者の距離が離れていたからだ。


 次の瞬間、鮮血が戦場を赤く染める。 刃の届かぬ遠間とおまからの斬撃は、思わぬ形でニーズヘッグの胴体を裂いていた。 レオニダスの円月刀に滴っていた血が結晶化して、長大なあかき刃と化していたのだ。

 

血魔術ヴラド・マギアの使い手であったか」


 ニーズヘッグは膨大な戦闘経験から即座に相手の使う魔法とその実力を見抜いた。 レオニダスが武器に施していた魔力付与エンチャントメント呪血結晶ブラッドルビー。 対象となる武器に魔力を込めた血液の結晶で強化を施す血魔術の初歩魔術だが、驚くべきはその凄まじい練度れんどにあった。 刃を振り抜く刹那せつなに魔力を付与ふよする発動速度。 呪血じゅけつに込められた魔力量。 そしてニーズヘッグの堅牢けんろうなる外殻がいかくを引き裂く程の威力と、刃四本分の攻撃範囲拡張。 それらの全てがレオニダスの血魔術師としての実力を雄弁ゆうべんに語っていた。


 血魔術師との闘いにおいては、たった一度の切り傷であっても致命傷となる事がある。 傷口から呪血が入り込めば血魔術の呪いにより、肉体を内部からむしばまれることになるからだ。

 

「素晴らしいわざだ、強き者よ。 こちらも礼をせねばならんな」


 ニーズヘッグはそう言い放ち、第二の眼を開く。 そして切り裂かれた胴体の傷口に、自らの腕を突っ込んで無造作に引き抜くと、その腕にはおぞましい物体が握られていた。


 血にまみれ肉と骨が奇妙に絡み合ったそれは、ニーズヘッグが自らの骨肉こつにくより削り出した異形の大剣だった。


 ニーズヘッグが手にした異形の大剣を軽々と一振りすると、余りの剣速と重量により空気がぜて洞窟全体が震えた。 剣撃に衝撃波を付与する魔法のたぐいも存在するが、これはその限りではない。 人智を越えた存在の、純粋に肉体的な破壊の力によりもたらされたものだ。

   

 洞窟の鳴動めいどうが収まった時、既にニーズヘッグの切り裂かれた胴体は跡形もなく再生していた。 異形の大剣を引き抜いた際に体内の呪血も排出していた為、肉体的損害は無いに等しい。

 

「さぁ存分に闘おうぞ。 強き者よ」

   ニーズヘッグが吠え、異形の大剣による横凪ぎを一閃。 直撃すれば即死。 避けたところで衝撃波をくらえば全身がばらばらに砕ける程の一撃に、レオニダスは果敢かかんに飛び込んだ。 ニーズヘッグの攻撃は大振りであるがゆえに初動が詠みやすい。 レオニダスは十分に剣が加速するより先に死の一閃を潜り抜け、ニーズヘッグに肉薄にくはくした。


「死ねよ、このクソバケモンがぁあァぁ!」

   

 レオニダスは自らを鼓舞こぶする雄叫びを上げながら左右の円月刀で連撃を繰り出す。 “呪血結晶"を収束させて攻撃範囲より威力を重視した斬撃は、ニーズヘッグの胴体を深々とえぐる。 吹き出す返り血を力に変え、レオニダスの連撃は加速した。 攻撃を阻もうと繰り出されるニーズヘッグの多腕たわんをも凪ぎ払いながら、計六発の斬撃を胴体に叩き込む。

   

 既に十分な量の呪血をニーズヘッグの体内に送り込んだレオニダスは、素早く敵との距離をとった。

 

「てめぇの負けだぜェバケモン。 呪血を心臓に逆流させてぶっ潰して殺るよォ」


 如何なる存在であっても内部からの破壊に有効な防御など存在しないと、レオニダスは心得ていた。

 

「無駄だ、強き者よ。 既に我が肉体に毒やのろいの類いは通じぬ」

 

 そう答えたニーズヘッグの頭部には八つの瞳が開かれている。 彼の言葉の通りに、レオニダスの呪血感染(ミアズマ)は不発に終わった。

   

 レオニダスは最初の一撃でニーズヘッグの体内に呪血を送り込んだ際に、標的が毒や呪いに対して、どれだけの耐性を持っているか把握していた。 十分な呪血を送り込めば呪殺じゅさつできるはずだった。 ならば何故──

 

「我は常に自らの力を封じておる。 そしてこの身に傷を受ける度に封印が一つづつ解けていく。 七番目までは武装解放、八番目は毒や呪いの類いを寄せ付けぬ様になる」

   

 十三の瞳の封印(カルネージアイズ)──それはニーズヘッグが闘いを楽しむ為に自らに課し続けた制約が、異能力として固定化したもの。 最初から全力ではそもそも闘いにすらならないのだ。

 

 全ての骨肉の魔剣(ダインスレイフ)の封印が解かれ、ニーズヘッグは胴体の傷口に腕を突っ込んで五本の異形の大剣を引き抜く。 六本の腕に大剣を構えたその姿は、絶望そのものの形をしていた。


「ふっざけんなテメぇ! 自分で自分の力を封じて何になるってんだ? 認めねェ! テメェみてぇな舐めたヤロウだけは絶対に認めねぇッ! 」


 他者を力で踏み躙り、力で何もかもを手に入れてきたレオニダスにとって、認める事は出来なかった。 自分よりも遥かに強大な、抗うことの出来ぬ絶対強者の存在を。


「言葉は不要。 我を認められぬなら力で否定するがいい」


 レオニダスは動かない。


「心折れ、抵抗する気力も無いと見える。 ならば最早これまで。 わが血肉となってもらおうぞ」

 

 ニーズヘッグは六本の異形の大剣を地面に突き刺すと、蛇体を千切れんばかりにひねった。 その異様な構えはニーズヘッグの必勝形、蛇骨殺風陣じゃこつさっぷうじんの姿であった。

 

 限界まで蛇体を捻ったニーズヘッグが地面から大剣を引き抜く。 瞬間、破滅的な回転の力が解き放たれる。 六本の大剣を羽の様に広げた、蛇の姿をした生ける暴風は、勢いを増しながらゆっくりとレオニダスに迫っていく。 下がろうと進もうと逃げ場はない。 空気を引き裂く剣撃が、圧倒的な範囲を破壊し尽くす衝撃波となりレオニダスに襲いかかる。 ニーズヘッグの 蛇骨殺風陣に死角はないと言えた。 ただ一点を除いて。


「それで勝ったつもりかァ? 隙だらけなんだよオ今のテメェはァ」


 正面から攻撃したところで、ニーズヘッグの異形の大剣に込められた特殊な魔力は、ほぼ全ての魔法攻撃を散らしてしまう。 レオニダスは魔力視まりょくしによりその特性に気付いていた。 ならば狙うは一点。


「呪血解放」


 レオニダスは血呑ちのみの円月刀が喰らってきた全ての呪血を解き放つ。 続いて体内の呪血で身体能力を限界まで増強すると、力強く地面を蹴る。 レオニダスはニーズヘッグの巨大な体躯たいくを上回る高さまで跳躍し、ニーズヘッグの頭上をとった。 蛇骨殺風陣のほぼ唯一といえる死角を。 それは跳躍というより飛翔と呼ぶにふさわしかった。


 レオニダスは自らの下方に対して意識を集中し、極限まで収束させた力線をニーズヘッグに伸ばす。 魔法使いが指向性を持った魔力を放つ場合、空間上をはしる力線――魔力を誘導する経路を辿り伝達される。 力線は術者を中心としたあらゆる方向に数千、数万と伸びており、それらをいかに収束させるかが、魔法の出力を高める要となる。


「ぜんぶくれてやるよォ! 必滅の魔槍(ゲイボルグ)!」

   

 “必滅の魔槍”──それは膨大な量の呪血を結晶化させて放つ血魔術の奥義。 貫いた標的の体内で数万の針と化し内部から破壊する、正に必滅の一撃。

 

 レオニダスが“必滅の魔槍”を放たんとする刹那、ニーズヘッグは回転の勢いをそのままに異形の大剣の軌道を変化させ、自らの頭上へと切り上げを放った。 ニーズヘッグは蛇骨殺風陣により、レオニダスの取り得る選択肢の幅を狭めた上で、その先の展開を全て想定し、罠を張っていた。 生死の狭間にて限界を越えようとするレオニダスに対して凶刃が迫る。


「オレは負けてねぇェえェぇぇえェ!」


 迫り来る死を前にしてレオニダスが絶叫する。 その断末魔の叫びは無慈悲な刃によって絶ち切られた。 生きていたなら恐らく覇道はどうを歩んだであろうレオニダスの未来も命も、全て吹き飛ばす異形の大剣の一撃。 ばらばらに砕け散った肉片が洞窟中にばら撒かれる。


 ニーズヘッグは散らばった肉片(レオニダスだったもの)を丁重にかきあつめると、余さず喰らった。 それは強き者に対する彼なりの礼儀だった。


  「良き闘いであった。 レオニダスよ、汝の血肉は我が一部となり、永久に生き続けるのだ……」


 強き者との束の間の邂逅かいこうを終えたニーズヘッグは、再びゆっくりと微睡みの中に沈んでいった。

 






 

 


 



 

 















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