71 3・2・1、ハイ!
酒を飲みながらテレビを見ていると、楓が言った。
「ねぇ、催眠術かけていーい?」
突然のことで面食らったが、話を聞くと、今日の活動で習ったものを試したいのだそうだ。
楓は最近、手品倶楽部なるものに通い出した。近所の奥様が井戸端会議の際に立ち上げたらしい。
一度見せてもらったが、かなり上手かった。隣の吉田さんが人体切断までこなした時は、度肝を抜かれた。
「じゃあ、今から催眠をかけまーす」
何とも明るい調子で、楓は私の顔の前で五円玉を揺らす。
紐に吊るされた五円玉がぶらぶらと揺れる。
ぶらぶら、ぶらぶら。
「はーい、あなたはだんだん眠くなーる」
視界がゆっくりと暗くなっていく…。
「3・2・1、ハイ! あなたは言うことを何でも聞いてしまう、私の奴隷でーす」
ぱちりと目を開く。
「そうだな、俺はお前の、『愛の奴隷』だ」
目の前のご主人様の顔がみるみる赤くなる。
「ひゃぁー」
そのままバタバタと駆けていく楓。
俺は自分の頬に手を当てる。酔ったせいか、とても熱かった。
「酒、飲みすぎたな…」
ハイになった思考のまま、俺はまた、酒の入ったグラスを手に取った。




