9・援護
北澤はあれからも必死に応戦していた。腕から流れ続ける鮮血をものともせずに、相変わらず窓の外に向かって銃を連射している。
しかしその顔は心なしか青い。当たり前だ、その出血でそんなことをし続けていたら。
でも僕は何もいえなかった。きっと、他のみんなも同じだった。
どうやって関わればいいのか分からない。
銃をふるう北澤は、僕たちの今までのイメージとはとてもかけ離れていた。短めの三つ編みのおさげが、嘲るように揺れる。
君は本当に北澤悠亜か。3年C組、僕らの仲間か。
いきなり世界が終わって、戦いが始まって、それでも僕には、まだ客観的にしか理解出来ない。だって、どうしろっていうんだ。
そのとき
ぐらり──倒れるッ──
「北澤っ!おい、大丈夫か、」
思わず体が勝手に動いていた。北澤に駆け寄る。もう揺れはおさまってはいるが、相変わらず今この状況で動いているのは僕と北澤だけだった。
「…危ないから、隅行ってて」
なんとか持ちこたえたようで、僕を言葉で制する。
とたん、僕を掠めるように弾丸が飛び込んできたので、言われるままに隅っこに戻った。
大丈夫かよ、本当に。
僕は意気地なしのビビりのチキンの臆病者だけど、しかし人並みに心はある。
北澤の周りにはすでに血だまりができ始め、顔色は悪くなるばかり。セーラー服はもう白ではなかった。
それからしばらくの間そうしていて、外からの弾撃も収まりかけてきた頃、やっと、と言うべきか、北澤は手当てを始めたようだ。
ぎこちなさはあっても、その手におぼつかなさや迷いは無い。見ているだけでこっちが痛くなるような傷の筈なのに。僕は無意識に唇を噛んだ。
手当らしき行為が終わってから、北澤はまた銃を撃ちだした。さっきまいたばからりだというのに、包帯はもう赤黒い血で染まってしまっている。それでも、倒れかけたときとくらべれば顔色は大分マシになったようだ。さっき飲んでいた何かのお陰だろうか。
外からの攻撃も、大分落ち着いてきていた。なんだっけ、ほら、放送で言ってた宇宙人……TCだ。あいつらのグロテスクな姿は、すこししか窓の外に確認できないくらいに減っていて、ぼくとしてはありがたい。
ここまでずっと、北澤を観察していたおかげか、少しだけど理解が追いついてきた。
まず分かったこと。ぼくらは生きてる。
北澤が何者なのかはよく分からなかったけれど、ぼくらは北澤がいたから生きていられるんだ。この教室に逃げてきた人たちは、北澤の必死をじかに見ている。彼女の負傷も、全部みている。ぼくらは、北澤に生かされているんだ。
次にわかったこと。北澤は強い。
今までぼくたちと同じクラスで、地味に、時に可愛く、一般の女子中学生としてぼくらの級友だった彼女は、ぼくたちの盾になってくれている。
銃で守り、怪我をして、それでもまだ戦う事をやめない。ぼくたちは、君になにかしただろうか。身を呈してまで守ってもらえるようなことを、君にしていただろうか。
北澤は強かった。代償を求めずに自らを犠牲にできるのは、まごうことなき歴とした強さだ。
北澤は、強い。
ふと、彼女の表情が曇った。なんだろう。ぼくは相変わらず教室の隅っこに縮こまりながら、北澤をみる。
後ろから、左村の あっ という声が聞こえた。それに続く駆ける足音。ざわめく廊下。
ぼくはまだ小刻みに振動を繰り返す教室を、四つん這いで移動し、左村の隣に行って問う。
「なんだ、どうかしたのか」
「南崎、援護だ、助けがきた」
左村はさも嬉しそうな表情で呟いた。目線は廊下に釘刺さったままだ。
ぼくも合わせて目線を上げてみると、廊下が物凄いことになっている。消火器は倒れ、掲示板は剥がれ落ち、所々に小さな血痕まであった。その廊下に、人だかりができている。
――深緑色の制服をきた人達が来たら、その人たちの指示に絶対に従って下さい。まとわりついてでも、助けを請うて下さい――
北澤の声が、言葉が、頭のなかでリフレインする。あの人達のことだ。ぼくは瞬時に悟った。生徒のたかる中心、深緑の戦闘服をきた、あの人達だ。
3人いた。そのうち1人が人だかりをぬけて、ぼくのいる、北澤のいる教室に駆け込んできた。その勢いに気圧され、思わず横によける。彼はハスキーながらも、この学校で響くには充分な声で、叫んだ。
「悠亜ッ!!!!」
助けが、きた。
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