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千変万化  作者: 津浦あゆ
5/10

5・一階だけ、ぼくらだけ

 まわる。視界が歪む。

 爆音。暴音。耳に流れ込んで、鼓膜を攻める。頭が揺れる。

 立っていられない。床に叩き付けられた。悲鳴が聞こえる。叫び声が聞こえる。

 目の焦点が一瞬ずれた。吐き気がした。床がゆれる。ゆすられる。

 額を床に擦りつけていた。まだ止まらない。上で凄い音がした。天井からおぞましい音が聞こえる。ガランガランと。やけに響く音。

 遠くから聞こえる乾いた音。銃音。どうなっているんだ。まるで見えない。入り交じる悲鳴。それを止める声。アルトの声。響く声。北澤の声。


 不意に意識が鮮烈に戻ってきた。理解した。飲み下した。地面は揺れている。チャイムの余韻が蔓延している。辺りの様子は分からない。ぼくは叫んだ。


 「静かにしろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおッ!!!」


 普段は全くと言っていいほど叫ぶことなんて無いぼくが、こんなに声を荒げている事に驚いたのか、被服室の数人は悲鳴を止める。


 だがしかし普段から使い慣れていない声を響かせるのは難しく、数人のほかは、騒然とパニックに陥っているままだった。


 辺りに響く、銃声。BGMは、絶叫。悪趣味なB級映画みたい。揺れはまだ続いている。だがそれが段々と落ち着いて来ているのも分かる。


 ぼくは床に這いつくばったまま、首だけ動かして時計を見上げた。針はもう時を刻んではいなかった。


 どれだけが経ったのか分からない。揺れの感覚が麻痺してきた。ふと床からツンと顔をしかめる臭いがした。側に倒れていた友人が吐いたものだろうか。隣で苦しそうに喘いでいた。


 「おい、大丈夫か、佐竹!」


 隣に倒れている椅子に掛かっていた雑巾で、口まわりと床を拭ってやった。揺れはだいぶマシになってきていた。銃声だけが教室にこだましている。


 チャイムの余韻が消えた。地鳴りは、ズズン…といった不気味な音を残しながらも終着しようとしている。ぼくは上半身を起こした―起こそうとした―……体が動かない。


 ショックだ。感覚の麻痺と、精神的なダメージが大きすぎたとで、体に命令が行き渡らない。体力に問題がなくても、精神がついていかないのだ。ショックが起こっている。


 「落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け!!!!」


 佐竹が不審な目をぼくにやるのが感じられたが、知ったことか。


 「ぼくは大丈夫だ大丈夫大丈夫心配なしほらいけ、いける、立て、さぁ!!」


 ぼくはゆっくりと上半身をおこそうとした―起きた!―


 銃声はやまない。悲鳴もやまない。周りを見回したぼくは、水墨画の地獄絵図を思い出していた。


 僕のまわり、少なくとも被服室で、体を起こしていられているのはぼくと北澤だけだった。全部で八にんの被服室組は、七人になっていた。一人が揺れで、廊下に放り出されたのだ。


 床にうずくまり、呻いている奴、おでこから血をしみ出させて泣いている奴、なにも言わずに倒れたままの奴、呆然として天井を見上げている奴。廊下のドアは開いていたので、よく見えた。吐き気がしたけど吐かなかった。


 ただ、死んでいる奴はいないみたいだ。一階は、さっきの揺れでも微塵と崩れる事はなかったからだ。給食室の元栓は閉めてあるから、火災の心配もない。ぼくはあらためて北澤を見やった。


 柱に背を預け、弾を入れ替えている。床には数多の銃痕があった。壁の、ハンドルのある扉にも、二、三発の痕がある。北澤はたいした怪我はしていないみたいだった。ゴーグルをまたはめ直して、外に銃を撃ち込んでいる。オートマチック・ライフルの方だった。ぼくは立ってみた。足が震えているだけで、問題ない。ぼくはのそのそと北澤の近くに行った。


 「……北澤、なんかできること、ある?」


 もちろん窓からはきちんと距離を取っている。


 が。北澤がこちらに目をやるその刹那、見えたんだ。窓の外が。

 

 地獄が。

 


 そこにもう、日本はなかった。

 

 

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