第1章 第5編 【葬送】
第1章 第5編 葬送
【2016年 9月17日 15時00分 幕府空軍所属 C-17 グローブマスターⅢ 機内】
C-17の機内の雰囲気は、2日前とは全く異なり、重苦しく、悲壮感に満ちている。
無理もない。幕府陸軍士官学校江戸支部の中でもトップクラスの成績だった精鋭達が、1人は死亡、1人は腕を切断される重傷を負い、1人は行方不明となったのだから。
今、機体に乗っている士官学校の生徒は、鈴、美里さん、そして俺の3人のみ。
(…そういえば、阿南は、どうして行方が分からないんだろうか)
阿南 海里。鈴には負けるものの、常に学年2位を取り続けていた優秀な奴だった。
だが、あいつが誰かと喋っている所を見た者は、1人もいない。
誰とも喋らず、付き合わず、幽霊のように機動装置を操っていた。
行方不明になったと聞いて、なんとも思わないわけではないのだが、なんとなく現実感に欠けるというか、なんというか。
(ここしばらくは拓真に聞ける状況でもないからなぁ…)
現地での簡易的なファーストオピニオンではあるが、拓真の状態は、予想以上に悪い状態だった。
右腕の断裂。失血を抑えるために炎刀で傷口を焼いたものと思われるが、その傷口から病原菌が入ったらしく、それにより高熱を出し、ろくに喋れるような状況ではない。
それに、右腕を突如失ったことによるPTSD…心的外傷後ストレス障害を引き起こしている可能性がある。当分は拓真とは話せないだろう。
「…ねぇ、謙也くん」
美里さんが話しかけてくる。
「…なんですか、美里さん」
「…あんまり思いつめないでね。
謙也くん、ずっと辛そうな顔してる。
幕府からもお休みが出るみたいだし、江戸に帰ったら、しばらく戦の事は忘れて、ゆっくり静養して?
武士にも、休息は必要よ?」
「…はい」
表向きは同意はしてみたものの、そんなわけにもいかない。
(リズ…)
リズ・オズワルド。カレン・オズワルドの唯一の肉親の妹。
そして、カレンが亡くなった今、彼女は天涯孤独の身となってしまった。
そして、彼女の姉の命を奪ったのは、経緯はどうあれ、この自分だ。
自分がこれからいかに努力したところで、カレンを殺してしまったという事実を変えられるわけではない。
だが、彼女の妹であるリズが、姉の死から立ち直れるように、最大限サポートをすることはできる。だから…
「…違う」
違う。こんなことは、カレンを殺した罪滅ぼしになんてならない。
「結局、自己満足と、自己保身にしか走れないのか、俺は…」
つい先日、自己満足では行動しないことを決意したばかりなのに。結局そんな考えに陥る自分に嫌気がさす。
…どの面下げて、リズに会えるというのだろう。
悶々としたまま、時間は過ぎていった。
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【2016年 9月17日 16時14分 江戸 幕府直轄飛空要塞「飛龍」弐番レーン】
日ノ本には、大小を問わず、非常に多くの滑走路が設けられている。
理由は単純。民間人の避難、速やかな航空支援、物資の確実な輸送…全てにおいて、空路を使用することが最も確実かつ安全だからである。
工場地帯の一角、士官学校のグラウンド、住宅街…
固定砲台に守られつつ、日々多くの飛行物体がそれらの滑走路で離着陸を繰り返している。
その中でも、「飛空要塞」は、飛行場の中でも別格の機能、設備を兼ね備えた、飛行場の中核地点である。
各藩にある「城」ほどの堅固さはないものの、何重もの城壁区画が防衛ブロックに区分され、CIWSなどの自動追尾砲撃装置に加え、担当の武士、および砲撃足軽隊により守られているため、中心部の滑走路への侵攻は「獣」とて容易ではない。
同心円状に何十にも広がる防衛ブロックの内部には、更に滑走路を取り囲むように、地下に巨大なミサイルサイロが建設されており、ミサイルサイロ内には優秀な艦対地ミサイル、「トマホーク」を地対地ミサイルへと日ノ本の技術により改良した「GGM-J3トマホーク」を筆頭とする、あらゆるレンジに対応した地対地ミサイルが格納されており、飛空要塞防衛時、および付近での火力補強へと重要な任を負っている。
更に海辺付近の「飛空要塞」の場合、海洋系統の「獣」の海底での足止めのため、アスロック対潜ミサイルなども備えており、まさに、「獣」を引きつけ耐久し撃破するのに用いられる「城」とは異なり、先制防衛の火力を重視した施設だといえる。
そして大量のミサイルサイロ地帯の内側には、30本以上の滑走路が敷き詰められた中核施設が存在する。
必要最小限の倉庫以外は全て省かれ、スペースをフル活用して航空機の発着が行われている。
要するに、「飛空要塞」は、非常時には避難民を航空機で避難させ、幕府軍の速やかな移動を可能にさせるための、防衛基地兼ハブ空港なのである。
『こちらコックピット。「飛龍」管制塔からの許可が下りた。お疲れさん、降りていいぞ』
ごうん、と音を立てながら、C-17の後部ハッチが開いていく。ハッチが開くにつれ、江戸の夕日が徐々に差し込んでくる。
「ほら鈴、降りるぞ」
「むにゅ? うーん…」
寝ぼけている鈴は放っておこう。さっさと荷物を持ち、C-17から降りる。
(…帰って、きたんだな)
「飛龍」の1〜7番レーンには、阿蘇本陣から帰還したと思われる輸送機がところ狭しと並んでいる。
疲弊した武士たち、迎えにきた家族。
再会できた喜びと、訃報を聞いた絶望がおり混ざる空間。
黄昏ていると、ばふ、といきなり左腹部に衝撃を感じる。
「けんやお兄ちゃん‼︎おかえりなさい‼︎」
白いボレロに身を包んだ小柄な体。蒼く澄んだ瞳。そしてなにより、夕日に光る、美しい金髪。
「か、カレン…?」
金髪の少女は、拗ねたように顔を膨らませる。
「もう‼︎私はリズだよリズ‼︎
カレンお姉ちゃんよりもっとかわいいでしょ⁉︎
…あ、てか私のことカレンって呼んだってことは、お姉ちゃん成功したってこと⁉︎ It couldn't be better‼︎(最高じゃん‼︎)」
きゃあきゃあと騒ぐ少女。
…そうか。
彼女はまだ、知らないのか。
「いやー、私の渡したチケットが役にたったかー‼︎うんうん、これでけんやお兄ちゃんはけんやお義兄ちゃんになるわけか、感慨深いねー‼︎」
「リズ」
「やっぱり、お姉ちゃんとけんやお兄ちゃんは順当に結ばれたかー。ま、当然だよね‼︎お姉ちゃんあんなに頑張ってたんだもん、そりゃあ成功するよね、はは、あはは…」
「リズ、聞いてくれ」
ただならぬ雰囲気を感じたのか、リズが急におし黙る。
「…嘘でしょ」
彼女の小柄な体を引き寄せて、告げる。
「…棗謙也少尉、幕府軍法38条2項に基づき、豊臣将軍家の名の下、情報を軍属の家族に伝達します。
…カレン・オズワルド少尉は、「獣」との勇敢なる戦闘の後、我々を守護する武士たる命を果たし、…討ち死にいたしました。
…ごめんな、リズ。俺は、カレンを守ってやることができなかった」
束の間の静寂。リズは、俺の胸に顔を強く押し付け、呟く。
「…そっか。
お姉ちゃん、もう、いないんだ…」
俺には何もできない。ただ、リズを抱きしめ続ける。
「…ほんと、お姉ちゃんって、運が悪いね。
好きな人に告白する直前に、新種の「獣」が来て。そのまま死んじゃうなんて。
…ねぇ、お兄ちゃん。私、お姉ちゃんとお兄ちゃんが結婚してくれればいいと思ってた。
…ほら、私とお姉ちゃんって、家族がお互いしかいなかったからさ、だから、お姉ちゃんがけんやお兄ちゃんと結婚して、奥さんになって、たくさんこどもとかができたら、家族が増えてなんかいいな〜、なんて、そんなこと、思ってたんだ…。
あ、はは…バカみたいだよね、私…
お姉ちゃんが武士になる道を決めた時から、こうなることだってあるってわかってた、はずだったのに…」
俺の服が彼女の涙で濡れていく。
「お姉ちゃん、ひどいよ…‼︎
私だけ置いていって、1人で死んじゃうなんて…‼︎
私、もうひとりぼっちになっちゃったじゃん…
お姉ちゃん、まだ18じゃない、どうして、なんで、こんな…」
腕の中で、小さく震える少女に対して、俺は、ただ頭を撫で続けることしかできなかった。
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【2016年 9月17日 19時30分 江戸 幕府公営住宅】
(…あれ、わたし…)
薄暗い部屋。花柄模様の天井と、その中央についた電灯。電灯から垂れ下がる紐に、握りやすくするためにクマのマスコット人形がついている。
(私の、部屋だ…)
記憶を辿る。
阿蘇での新種の「獣」との戦いで大勝利を収めた幕府軍がかえってくると聞き、慌てて「飛龍」へ向かった。そこで謙也お兄ちゃんを見かけて
(あ…)
一気に現実が襲いかかってくる。
大好きだった姉は、もう、この世にはいない。
もう、この家に帰るのは、私しかいなくなってしまった。
なにより、姉と、棗 謙也が結ばれる未来は、永遠に絶たれてしまった。
幸せなお姉ちゃんの姿を見られれば、私はそれで十分だったのに。
残酷な運命は、私から全てを奪っていく。
急に猛烈な寒気を感じた。
毛布を頭からかぶり、ちぢこまる。
「いや、いや、もう、何も見たくない、聞きたくない…‼︎」
現実が、こんなに残酷なら。
こんな現実からは、逃げてしまったほうがいいのではないか。
布団にくるまる。がちがちと歯を鳴らしながら、ただ、その名を呼びつづける。
「お姉ちゃん…カレンお姉ちゃん…会いたい…会いたいよ…‼︎」
そのとき、不意に、ノックの音がした。
「…リズ、入っていいか?」
そうだった。今、この家には、棗 謙也… 「けんやお兄ちゃん」が来ていたのだった。
涙を拭い、わざと明るい声を出す。
「う、うん‼︎いいよ、どうぞ〜」
がちゃり、と音を立て、背の高い青年が私の部屋に入ってくる。
棗 謙也。幕府軍士官学校の6年生で、今回の戦では非常に大きな役割を果たしたと聞く。
武術の成績は優秀で…もっとも文系科目は弱かったらしいが…誰にでも優しく、正義感のある青年。
そして、私の姉が、初恋を、そして最期の恋をした相手。
背が高く、私のような1年生が見ると、どうしても上を見上げるような格好になってしまう。
いつもはいたずらっぽい顔で姉をからかっていた彼は、今は、どこか悲しそうな笑みを浮かべ、私を見ている。
「リズ、お腹、空いてないか?
…カレー、作ったからさ、食べられるか?」
言われた瞬間、空腹を覚える。
そうだった、今日はお昼は、帰ってきた姉たちと食べようと思って、食べずに「飛龍」に向かったのだった。
「…うん」
「…わかった、すぐに準備するから、リビングで座って待っててくれ」
青年はほっとした表情になり、私の部屋からでていこうとする。
「…待って‼︎」
思わず叫んでいた。青年が驚いた顔になって立ち止まる。
少し後悔。でも、叫ばずにはいられなかった。
ここで、彼を見送ってしまったら、彼ともう会えないような錯覚を覚えたから。
私の姉が、そうであったように。
「…行かないで…」
私のわがままに、青年は困った表情をする。
軽く溜息をつき、青年は言った。
「…なら、一緒に、カレーをつぐのを手伝ってくれるか」
「…うん、でも、手、繋いだままで…」
「…ああ」
私は布団から這い出て、青年の手を掴んだ。
大きな、暖かい手だった。
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カレーの支度をしている最中も、私は彼の手を掴んだまま作業をしていた。
青年は、やりづらいだろうに、文句一つ言わず、私の手を握りしめたまま作業を続けてくれた。
「…けんやお兄ちゃんの手、おっきいね…」
「…まぁ、お前より5つも年上だからなぁ」
たわいのない話をしつつ、食事の準備をする。
「…よし、食べようか」
テーブルに並んだ、2つのカレー皿と、2つのミニサラダ。
ミニサラダには、茹でた卵とカニカマが載せられている。
「…お兄ちゃん、カレーのときにゆで卵といっしょに食べる派?」
「ああ、そうだな、一緒に食べたほうが美味しい気がするな」
「えー、そうかな、私は分けて食べるかなぁ」
そんな話をしながら、右手にスプーンを持つ。左手では青年の手を握りしめたまま。
青年も軽く苦笑しながら、私の手を握ったままでいてくれている。
スプーンでカレーをすくい、口に運ぶ。
「…え…」
全く、同じだった。 姉が作ってくれたカレーと。
「お兄ちゃん、この味、どうやって…⁉︎」
「ああ、いや、だってカレンに料理教えたの俺だしな」
「いや、そうだけど、でも、お姉ちゃんも味を改良したって言ってたから…‼︎」
「…ああ、それは、コレ見たんだ」
青年の左手に、メモのような何かが握られている。
「お前の味好みのリストのメモだ。
冷蔵庫のマグネットに挟んであった。
甘味を加えるために、カレーの隠し味にリンゴを加えてたみたいだな。
だから俺も、このメモに従って…
リズ?おい、リズ?」
あれ、おかしいな。
涙が、溢れてきて、止まらない。
お姉ちゃんの初恋の人の前で、これ以上恥ずかしい姿は見せられないのに。
なのに。
ただ、お姉ちゃんが自分を心から愛してくれていたことがわかっただけで。
そして、そんな、本当に大事な家族を喪ってしまったことの意味を今さら理解して。
私の心は、決壊した。
隣の青年に思わず抱きついて、泣き叫ぶ。
お姉ちゃん、会いたい、会いたい、会いたい…‼︎
子供のように泣き叫ぶ私を抱きしめながら、青年は何度も頭を撫でてくれている。
…お姉ちゃんが、この人が好きだった理由を、少しだけわかった気がした。
そのまま、私は疲れて眠ってしまうまで、青年の腕の中で泣き続けた。
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【2016年 9月19日 12時30分 江戸 増上寺】
翌日は、別れの日にふさわしく晴れていた。
「…リズ、これでよかったのか?」
黒い喪服に身を包んだ少女に、俺は話しかける。
「…いいんだよ、お姉ちゃんも、本当に親しい人にしか来てほしくなかったと思うし」
「…そうだな」
カレンの葬式は、家族葬…つまりリズに、俺と鈴を加えただけ、つまり3人で執り行うことになった。
リズは拓真も呼びたかったらしいのだが、未だ意識が戻っていないということで、見送りとなった。
「お姉ちゃん、お骨の少しもないなんて…
少し寂しいけど、仕方ないよね…」
「…ごめん、リズ。
私たち、カレンを連れて帰ってくる余裕もなかったんだ」
「…いえいえ、いいですよ鈴さん‼︎
こうやって、立派なお寺でお葬式を行ってもらえるだけで、お姉ちゃんも喜ぶと思います‼︎」
本当に申し訳なさそうにする鈴と、手をぱたぱたさせて気を使うリズ。
「…さて、お姉ちゃんの形見を、棺桶の中にいれるんだよね、お兄ちゃん」
「…ああ、リズは何を入れるつもりなんだ?」
「えっと、これかな」
リズが取り出したのは、小さなナイフだった。 木の柄に、独特の形をした刃先がついている。
「…これは?」
「ああ、モーラナイフっていうんです。
私のパパとママが住んでた国で使われてた、伝統的な護身用ナイフらしいんです。
「獣」には全く効果はないけど、でも、パパとママが、お姉ちゃんにあげて、お姉ちゃんも大事にしてた物だから…」
そういって、リズは小さなナイフを、誰も入っていない棺桶の中に静かに置いた。
棺桶の蓋は閉じられ、そのまま霊柩車へと入れられる。
「リズ、お別れの時間だ」
「…うん…」
霊柩車がクラクションを鳴らす。
物悲しい音を立てながら、霊柩車が発車していく。
金髪の少女は、霊柩車を追いかけながら、思いっきり姉に対して叫んだ。
「お姉ちゃん‼︎わたし、頑張るから‼︎
お姉ちゃんの分まで、長生きして、そして…‼︎」
彼女は、霊柩車が見えなくなるまで、ずっと手を振り続けていた。
秋晴れの爽やかな空。
大切な何かが、ここで終わった。




