第1章 第2編 【初陣(前編)】
第1章 第2編 初陣(前編)
【2016年 9月15日 08時30分 日ノ本 幕府陸軍管轄士官学校江戸支部】
…最悪の状況、というしかない。
誰しもそう思っているのか、教室内のざわめきが収まる気配はない。
そのざわめきの中、教師が再度口を開く。気づいた生徒達は一気に静まり、次の言葉を待つ。
「…以上が、昨日の時点で判明している事実だ。
対空攻撃能力を持つ「獣」が現れたということは、我々を遠隔攻撃できるようになったということと同義だ。
だが、それでも我々は我らが将軍の弔い合戦を敢行しなければならない。幕府元老からの直々のお達しも陸軍省に届いている。
そして、幅広い優秀な人材の融通ということで、この士官学校からも優秀な生徒を派遣することになった」
一気にざわめきが広がる。
士官学校の生徒の段階では徴兵されないのではなかったのか。
そこまで幕府軍は疲弊しているのか。
そのような疑問が一斉に教師に向けられる。
教師は苦虫を噛み潰したような顔で話を続ける。
「…確かに、幕府軍の規定では、生徒は教育完了までは戦場には派遣されない…
通常時なら、な。
だが、今は新種の「獣」の出現した非常状態だ。おまけに幕府軍主力の第3陸戦隊は、現在米軍、新中華連邦軍と共に旧モンゴル地区での「獣」の漸減作戦を敢行中で、彼らの帰還を待っていては時間がない。
…よって、申し訳ないが、今から呼ぶ生徒は速やかに準備をし、九州に向かってもらう。輸送機もすでに到着済みだ」
…仕事が早い。そこまで幕府は切迫しているのか。
「それでは、発表する。
東郷 鈴。
阿南 海里。
棗 謙也。
柳 美里。
逢坂 拓真。
カレン オズワルド。
以上6名は、速やかに準備し、校庭にある輸送機に搭乗。それ以降は現地の武士の命令に従え。 以上だ」
「ちょ、ちょっと待ってください‼︎」
思わず叫ぶ。周囲の視線を集めたが、構っていられない。
「現在り…東郷少尉は、風邪で体調が万全ではありません。彼女をこの状態で行かせるのは危険です‼︎」
「ちょ、ちょっと謙也…‼︎」
隣で慌てる鈴を無視して話し続ける。
「確かに東郷少尉はこの学校、あるいは全国の士官学校で最強の武士かも知れませんが、体調が崩れていては話になりません‼︎というかこんなチビを連れてったら逆に生活面で足で…ゴバァッ‼︎」
息ができない。回し蹴りされたようだ。
床でのたうちまわる俺を見下ろしながら鈴が教師に言う。
「…私は大丈夫です。
確かに昨日は熱出したりしてましたが、今はもう治ってます。
それに、私が行かなくて誰が行くんですか、むしろ棗少尉の方が私にとって足手まといかも知れません、棗少尉の指定を取り消してもらっても構いません」
ガスガスガス、と俺を蹴り続ける鈴。
本気で意識がなくなって来たところで、教師がため息をつく。
「棗を蹴り続けるほど元気があるなら大丈夫だろう、ほらいいから行け、輸送機をあまり待たせるんじゃない」
その言葉を機に俺以外の5人はさっさと輸送機に向かい、倒れた俺1人が残された。
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【2016年 9月15日 9時21分 幕府空軍所属 C-17 グローブマスターIII 機内】
「鈴てめぇ、よくも置いてこうとしやがったな…‼︎」
「…そのまま倒れててもよかったのに」
あの後しばらく動けなかった俺は自分の準備をするための時間がなく、ほぼ私服と軽兵装を積み込んだだけでC-17に乗り込まなくてはならなかった。
「てめぇのせいでロクに荷物持ち込めなかったんだぞ‼︎少なくとも蹴り過ぎたことは謝れ‼︎」
「いやじゃぁ」
「てんめっ…‼︎」
「こらこら、鈴ちゃん、謙也くん、ケンカはだめよ」
隣に座っている柳 美里が諌めてきた。
「「み、美里さん…」」
すこし怖気付く俺。俺の後ろにそっと隠れる鈴。
「別に美里でいいわよ。
鈴ちゃん、女の子なんだから男の子をあんまり攻撃しちゃだめよ」
「は、はひぃ…」
縮こまる鈴。ざまぁみろ。
「それに謙也くんも‼︎」
「お、俺もですか⁉︎」
「当たり前じゃない‼︎
女の子に対してチビとか足手まといとか、デリカシーがないにもほどがあるわ‼︎」
「す、すみません…」
落ち込む俺。周りを見るとカレンも頷いている。つらい。
「ほら、鈴ちゃん、謙也くん、仲直りしたらどう?」
美里さんに勝てるわけがない。
「……ごめん、謙也」
「こっちこそすまんかった、鈴」
互いに謝りあう俺たち2人を見て、美里さんは楽しそうに笑っている。
柳 美里。元々は1つ上の学年だったのだが、アメリカ連邦共和国軍士官学校に留学し、衛生兵の資格を取っていたため、帰国後は俺たちの学年に入った。
俺たちより1年年上なだけなのに、争いを一瞬で調停する圧倒的な包容力。あと1年たったところで鈴なら絶対に手に入れられないようなナイスバディ。そして普段の彼女からは想像できないような激しい剣筋と、怪我した生徒をやさしく看護する看護スキルもあって、彼女はクラス全員から さん 付けで呼ばれている。
もっとも彼女自身は「さん」付けで呼ばれることはあまり好ましく感じていないらしいが。
(…しかし、デカイなぁ)
もちろん誰それの部位ではない。C-17の機体内部である。
コックピットの前のスペースには整備済みのF-4が入ったボックスが置かれており、その後ろには自分達の待機スペース、そしてその後ろには調整中の九八式刀を入れた整備マシンが置かれている。
「刀」には化学的、物理的エネルギーを加えるためのギミックが詰め込まれている。故にそのギミックの整備、点検は必須であり、万一戦闘中に事故でも起きれば最悪戦局を揺るがしかねない。よって特に「刀」に関しては慎重な整備が行われるのだが…
(…デカイ)
3種類×6人分。18本の刀を自動整備する、小隊用の整備装置ですら、M1戦車並みの大きさがある。
その大きさの大部分を食っているのが、雷刀の充電にも使われる整備装置内部の原子力発電システムである。
核開発をすすめたアメリカ連邦共和国軍は、核エネルギーを用いた発電システムを軽量化し、陸上でも携行可能なレベルまで押し上げた。それでもやはり人から見ればかなりの大きさなのだが。
この小型原子力発電装置により、野外で陣を敷いても安定した電力供給が可能となり、ElectroMagnetic Launcher、EML、所謂レールガンの実戦配備も可能となった。
だが、原子力を用いて発電するということは、その発電システムを破壊されれば、軍全体に大損害を与える可能性があるということでもある。
よって、発電システムは軍の陣地中央、かつ撃墜される恐れのなく、非常時には速やかに戦闘から離脱できる航空機に積み込まれた状態で使用されるのが一般的だった。対空掃討能力を持つ「獣」が発見される昨日までは。
(戦略の見直しが必要になるんだろうなぁ…)
未知の「獣」が跋扈する九州が、自らの初陣。そう思うと気分が暗くなる。
周りを見渡す。
いつも通り完全に無表情な阿南。ガーガー寝ている拓真。ファッション誌を読んでいるカレン。救急セットの整備をしている美里さん。そして鈴は、何かを紙にしたためている。地図…だろうか。
「おい、鈴、何してるんだ?」
「え⁉︎あ、ああ、うん、阿蘇の地図を調べてた、どのルートが砲撃き…新種の「獣」に最短でいけるかなって」
「何、俺たちの陣は阿蘇なのか?」
「うん。謙也がダウンしてる時に、そう指示があった。
まず私達は先遣隊の露払いとして、比較的脅威度の低い「獣」隊を殲滅することになるだろうね」
淡々と鈴が答える。
「…いよいよ初陣か」
「なに、謙也クン、怖気付いちゃった?」
くすくすと鈴が笑い出す。
「別に怖気付いちゃいねぇよ、けどさ、武者震いってやつは感じてるよ。
そういう鈴はどうなんだ、初の戦で不安とかはないのか?」
俺が尋ねると、鈴は急に顔を引き締めて言う。
「私も、すこし不安はある。
でも、誰かを守るには、何も失わないためには、感情を体から切り離さなきゃいけない時があると思う。
だから、その、謙也、約束してくれる?」
「約束?何を?」
息を吸い、鈴は言う。
「例え戦場で何があっても、己を見失わないで。何が起きても、私についてきて。私を、守って…
私も、謙也を守るから」
平静を装ってはいるが、鈴の声は震えている。目は何かを訴えかけるように潤んでいる。
…ああ、そうか。
こいつも、不安だったのか。
天才という肩書きに縛られて。あの東郷喜一の孫というだけで期待と畏敬の目で見られて、その視線に応えようと必死に強がっていた。
でも、そんな彼女も、甘い物が大好きで、猫が大好きで、生活力があまりなくて、よく物を壊し、そしてとても優しい、ただの少女なのだ。
そのことに気づき、俺の頬は緩む。
鈴の頭をわしゃわしゃとかき回す。
「ちょ、ちょっと謙也…‼︎」
「心配すんな、鈴。離れたりなんてしないさ。俺たち、小さい頃からずっと一緒だろ?
大丈夫、約束するよ」
鈴の顔が一気に明るくなる。
「ほんとに、ほんとに約束だよ?」
「ああ、わかったわかった」
ああ。こいつにはやはり笑顔が一番似合っている。
「ねぇ、謙也」
そういって鈴は彼女の小指を出してくる。
「ゆびきり、しようよ」
「ゆびきりか、懐かしいな…」
「小さい時以来だね」
本当に嬉しそうに笑いながら、鈴は小指を近付けてくる。その小指と自分の小指を結ぶ。
「お前の手、こんな小さかったっけ…」
「謙也がいきなり大きくなっちゃったんだよ… もう、昔は私と同じくらいだったのに、今は全然可愛くない」
「成長期だからな、仕方ないな」
「かもね」
互いに笑い合う。そして、
「「ゆびきりげんまんうそついたらはりせんぼんのーますっ‼︎」」
鈴と、何年ぶりかの約束をした。
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【2016年 9月15日 12時21分 阿蘇 幕府軍本陣】
豊臣家の家紋である五七桐の旗を掲げた陣地。
大量に並んだ輸送機や、急遽米軍から調達したMQ-1プレデター無人哨戒機などが大量に停泊しているため、陣地というより軍事的な飛行場のような場所。
その中に作られた簡易CICルームに俺たちは集められていた。
俺たちの現地担当の武士は、名門真田家の分家当主の1人、真田新であった。
「君たちは初陣と聞く。よって新種の「獣」との戦いなどもっての他だ。
だが、目標の新種「獣」の前には、従来の「獣」の部隊が跋扈している。その「獣」相手なら、成績優秀かつ擬似対戦プログラムで何回も撃破しただろうから、安心だろう。よって、その「獣」を討伐し、本隊の進行を用意にするのが君たちの役割だ。
…ま、いってしまえば露払いといったところか」
…鈴の言ったことがドンピシャだ。
凄まじい分析力。
「新種の「獣」は阿蘇山の中でも高岳にいると考えられる。高岳侵攻時に、高岳を挟む烏帽子岳と日尾峠からの攻撃があって挟み撃ちになればかなわん。
…よって、君たちは日尾峠の「獣」を討伐してもらうことになる。
こちらで用意した兵力は、砲撃足軽中隊とMQ-1プレデター4機。また必要に応じ、佐世保基地からの米軍無人爆撃機の提供も受けられる。以上のサポートの下、我々上級武士、および君たち、合わせて12名が本格的な「獣」殲滅を行う。
君たちに支給される外骨格型起動装置はF-4。まぁ旧式ではあるが、下手にF-14を使うよりは使いやすいだろう。
また、携行兵装は九八式炎刀、氷刀、雷刀。予備用刀身。信号弾。手榴弾3個だ。
…以上だ、何か質問は?」
誰も喋らない。
満足したように真田は頷き、号令をかけた。
「では、1230時より作戦を開始する。
全員散開‼︎」
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戦前は極めて忙しい。
F-4を超軽量鎧に接続。三刀を装備し、忘れ物がないか確認する。
刀のエネルギーをチェック。F-4の動作を確認。それから…
「ケンヤ」
「…ん?どうしたカレン」
珍しい。カレンが話しかけてくるなんて。
「悪りぃ、今少し忙しいんだ、また後で…」
「ケンヤ、今聞いてほしいことがあるの」
「…早く済ませろよ?」
「あ、あのさぁ、この作戦終わった後に、下総の遊園地に遊びにいかない?」
「それ、今いうことなのか?」
思わず笑う。てっきり不安を相談しに来たのかと思った。
「ね、どう?」
カレンが上目遣いで聞いてくる。その可愛らしい仕草に少しドキドキしながら俺は答える。
「あ、ああ、いいぜ、またいつもの4人か?」
「あ、あのさ、今回は、リンとタクマは抜きで、2人でいかない?
あーほら、たまには気分転換ってことでさ、あ、はは…」
…そういうことか。
俺だって鈍感じゃない。カレンの気持ちはよく理解した。そして俺だって男だ。
女子からのせっかくのお誘いを無下に断るわけにもいくまい。
「…ああ、わかった。行くか」
「ホント⁉︎」
顔を赤く染めながら嬉しそうにガッツポーズするカレン。こちらも顔が赤くなる。
「あ、そろそろ時間だから、またあとでね、ケンヤ」
「お、おう、またなカレン」
カレンは別働隊で動くことになる。
十分な後方支援もある。練度の高い上級武士もいるし、初陣でも全員大丈夫だろう。
俺は強くそう思った。
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【2016年 9月15日 14時24分 日尾峠】
熊ほどの大きさに、巨大な膨れ上がった爪のような腕を持つ「獣」、オルト。
オルトの大群に対し、MQ-1プレデターからのヘルファイアミサイルが次々と直撃していく。
ダメージはないものの、大群の中に隙間ができ、オルト達は怯み、立ちすくんでいる。
その隙間を広げるように、砲撃足軽達の砲撃が一斉に開始される。
「打ち方用意‼︎撃てぇ‼︎」
フルオートで八九式小銃が撃たれ、合間を縫ってRPGが炸裂する。次々とオルト達が分断されていく。
「砲撃停止まで、3…2…1…‼︎
よし、武士の矜持を見せるぞ‼︎
全員、突撃にぃ、移れぇ‼︎」
「合点承知‼︎」
真田の号令に合わせ、一気にF-4のエンジンをフル稼働させる。
こちらの分隊は、鈴、俺、美里さんに真田をはじめとする上級武士3人だ。
阿南や拓真、カレンの隊は別方向からの攻撃隊に加わっている。
次世代型のF-14を装備した上級武士はやはり早い。一気に分断されたオルトの間に潜り込み、刀で切り捨てている。
その上級武士の間にF-4を装備した鈴も入っているというのが驚きだ。
才能の前には機体差など関係なし、といったことなのだろうか。
(負けてられねぇ…‼︎)
右に散らばったオルトに狙いを定める。
炎刀を抜き、中段に構え、一気にブーストをかける。
こちらに気づいたオルトが巨大な爪を広げ、迎撃しようとする。
(…遅い‼︎)
プログラムでの試験より遅い。だがそれでも油断せずに、F-4のブースターを左に向け、右に回避。ギリギリのところをオルトの爪が通り過ぎていく。
「隙だらけなんだよ‼︎」
爪が地面にささり、身動きが取れないオルト。その首筋に狙いを定め、
一気に斬りつけ、同時にテルミット反応を起こす。
剣が一気に燃え上がり、灼熱の温度とすさまじい切れ味が相重なりオルトの装甲を紙のように貫き、オルトを両断した。
「まずは一匹…‼︎」
次の標的を探して、俺はF-4を再度ブーストさせた。
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数分後、勝敗は決した。
上級武士達が30匹、俺が19匹、美里さんが16匹、そして鈴は、
「57匹って冗談だろ…」
上級武士の1人が呆れ顔でいう。
旧式のF-4と九八式で、ここまで戦える武士は見たことがないという。
やはり、鈴は天才だった。
皆が呆れて笑っている中に、真田が血相を変えて飛び込んできた。
「みんな、よく聞け」
ただならぬ様子に皆顔をこわばらせる。
「分隊との、連絡が、途絶えた。
情報ミスだったんだ。
新種の「獣」は、高岳じゃない、日尾峠にいたらしい…‼︎」
真田の言葉を聴き終える前に、俺は一気にF-4を起動させていた。
「ちょっと、謙也‼︎」
鈴の声を無視してフルバースト。別働隊の元へ。
急げ。早く。




