第一話―1
平貞治は家路に着き、まずPCの電源をオンにする。それから、着替え一息つくための茶を淹れる。
その間にスタートアップに登録してあるプログラムの起動が終わり、画面にはMMORPGクリエイティブフロンティアのスタート画面とそれの公式HPが開かれる。
平貞治は今年で三十路となる男性だ。このゲームを始動した時から続けてプレイしている。二十歳からはじめ、寝食を忘れるほどに熱中していたが、今では労働からくる疲労により長時間のゲームプレイは避けている。ネットゲームを惰性で続けている、よくあるプレイヤーだ。
そして貞治が行う、MMORPGクリエイティブフロンティアは10年前に始動したネットゲームだ。
キーボード・マウスのほかに、目の動線からターゲッティングを行う眼鏡のようなハードと、表情筋をモニターするフェイスマスク型のハードを合わせて使うことにより、自分が作ったキャラクターに自らの表情を反映するという、一見して不気味な仕組みを取り入れたMMORPGだ。後者二つを合わせたユキビタスハードウェアにはアイギアという通称がつけられた。
元々ネトゲに慣れ親しんだ者たちにはこの仕組みを気味悪がったが、一般には不思議なほどに受けがよかったようで、始動してから三年ほどはとても盛況なゲームだった。
とはいえ同じゲームを何年もプレイし続けることが出来る人はそれほど多くはなく、その三年以降のプレイ人口は右肩下がりとなっている。
貞治は食事の前にドールの成果を確認するためのログインを行った。パスワードを静脈認証で開放する。
ワールド選択はなく、即座にゲーム画面が映し出された。それと同時にドールの成果が報告される。今回は難しい生産を依頼していたようで芳しい成果とは行かない様だ。
それに貞治はよくあることだという表情で、ドールに気にするなと告げる選択肢を選ぶ。
ドールは提携文を述べて、次の指示を待った。貞治はドールに待機を命じて食事の準備を始めた。
ポセッションするしかないか。
俺は食事の準備をしながら考えた。十年の単身生活で身に付いた料理の腕の冴えは異なる思考をめぐらせながらも機械的に食物を夕飯に変えていく。数少ない特技の一つだった。味付けに関しては個性的と言われることが多く、披露など考えず自炊だけにとどめる。
刻みねぎごま油和えコショウマシマシのタレを一口大に刻み炒めた豚肉とピーマンに絡めて調理を終えた。
食事を取りながら国営放送のニュースを見る。一日の動向を知っておくこともムダではない、なにかしら仕事場での話の種になったりするだろう。そう思いながら今日のニュースを眺めていた。
食器を片付け、公式HPに新着がないことを確認してからゲームを再開した。
俺はポセッションするために、アイギアを装着する。
先ほどレベレイションしていたプレアデスにポセッションする。
ポセッションはキャラクターを自由に操るモードのことだ。この状態でプレイヤーは自由にこの世界に触れることができる。
レベレイションはドールと呼ばれるキャラクターにポセッションの間に行い習得した行動を、プレイヤーがゲームを止めた後でも続けるモードだ。
視線の先にはレアンがいる。プレアデスと同じように頼みごとを与えておいたのでそれを消化している最中だ。レアンは俺をみとめると挨拶してきた。
「マスター、おはようございます」
ゲーム内の時間は昼前のようだ、生産に必要なアイテムは夕方にしか入手できない。時間をつぶすがてらにレアンを応援した。
頼みごとをしているドールを応援するとわずかながら成功率が上がる効果がある。応援を受けたレアンは顔を紅潮させた。今日は恥ずかしがったようだ。
ひとしきり反応を楽しんだ後に、レアンを眺める。青色の長い髪を後ろに結いている、ポニーテールというやつだ。服装は青色のノースリーブになぜか白い割烹着、足の形がわかる藍色のロングパンツだった。ドールの髪型と服装はドールに決めさせている、こだわりがないのではなくランダマイザーにゆだねることで変化を楽しみたいタイプだからだ。そのため、収納数の大多数を衣服に費やすことになったが後悔はしていない。だが、おっとりとした印象を与える表情に軽い化粧、この部分は変えていなかった。顔を変えることには抵抗があるから、変化させないように設定している。
俺がポセッションしているプレアデスもそうだ。申し訳程度の釣り目、活発さを印象づける黒色の逆毛、茶のベストと白シャツ、革靴とブルーのジーパンに鉄バックルがついたベルトを身に着けている。
日が傾いたのを確認し、テレポテーションの術譜を破く。眼鏡左上に転送先候補が現れる、マウスを使いカーソルを「ダンジョン:白色の森・深度5」に合わせてクリックする。白色のフェードインの後に転送先の丸い出口が現れる。影もない白い廊下を歩んで森林に入った。