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4.メランンコリィ・リレイションシップ(後)

 関係性に進展は無く、微妙なメールでのやりとりは続いていた。武康は頼りにならない、となると例外扱いした奴に意見を求めるしかなかった。

 自分でどうこう考えようとはしない。めんどくせえし。

「うーん、セックスしようでいいんじゃない?」

 これが過去においては花も恥じらうと謳われた女子高生の姿だろうか。目頭が熱くなる思いだ。

「てめえ、まじめに答えろ」

「まじめに答えてるつもりだけど? そもそも私そうだったじゃん」

 娼婦めいた作り笑顔。すり寄って甘えるそぶり。その行動原理は曖昧でよくわからない。

「だいいち信治くん、してる最中に別の女の話題出すのが問題だと思う」

 現在俺と香苗はがっつり合体中だった。

 現在、というか俺とコイツのしていることはセックスか寝るのほぼ二択だ。

「仕方ない、お前は最高級のダッチワイフみたいなものだから」

 聞くや否や目をつり上げた。かと思うと俺の首に手を回し下から引き寄せ、首筋に顔を埋めた。

「がぶり」

 軽い怒気がこもった擬音を香苗は発した。何ごとかと思う間もなく首筋に痛みの無い痛み(・・・・・・・)が発生する。

 香苗がかみついたのだった。

 傷を与えるでは無く、愛撫のそれと違いは無い。

「ごめんなさいは?」

 元のように俺の顔を見て、不機嫌の体でもって。

「あーはい、スンマセンでした」

 こんな関係とはいえ失言といえば失言、言うだけは言っておく。

「よろしい」

 満足げに頷く。結果的にはこのやりとりそのものが愛撫の一種だった。

「――でさあ、こんな状態でそんな惚れた腫れた(未満)(かっこみまん)の相談されてもさあ、そりゃそんな答えになっちゃうのもおかしくなくない?」

「まあ、そうだけど」

 たしかに現在進行形で、とても気持ちは良いです。

「っていうわけで、やっぱり悪いのは信治くんなのでしたとさ。ちゃんちゃん♪」

 なんかむかつくので今日もがっつり犯してやった。



 疲れた体を布団に寝かす。

 体には香苗の重みがある。

 枕が一個しか無いので、香苗は俺の体を抱き枕代わりにして眠る。

 ふにゃりとかぐにゃりとかいう擬音が聞こえそうな感触に俺としても、今一度行為に及ぼうかと思わないでも無い。

 訂正、実際にそのまま再試合開始したことはある。

「でさあ、田中さんとセックスする話なんだけどさあ」

 途中で頭が痛くなりそうな単語がまた混じっていたような気がするが、聞き逃したから知らない。

「友達にも言われたみたいだけど、結局信治くんがどう思うかが重要だと思うの」

 そんなことはわかりきっている。人に意見を求めておいて、選り好みするなんていうのは論ずるに値しないということも。

「でも、そういうあたりが信治くんっぽいよ」

 茶化すでも無くて嘲るでも無くて、それでも悪くないって言ってくれてるみたいで。

 少しどきりとするした。

「でわ、そんな信治くんに問答無用の二択。答えはもちろんイエスかノーだけ。田中さんととの友だちづきあいをやめたいですか?」

 そう問われれば、答えはイエス。

 続けたい、ではなくて“やめたいというほどではない”という理由だが、答えがイエスであることに違いは無い。

「だったら、会って話してみればいいじゃん?」

「……検討しとく」

「あとで『お弁当もって小山にピクニックに行きましょう』ってメール送ろうね」

「やるやらないの前に、そのチョイスは何なんだよ……」

 今時ピクニックとかしねえだろ。

「不服そうだねぇ」

「お前だったら、そんなんするか?」

「やるわけないじゃん。あたしメールとか大嫌いだもん。だって電話した方が早いじゃん?」

 前提条件からして成立していなかった。

「まあがんばってや、若人や」

 なぜか俺の胸に人差し指でのの字を書きながらの発言だった。



 /



 翌日の朝食は香苗に作らせた。

 目玉焼きと味噌汁だけだったので、絶賛するようなことはなかったが、出来は悪くなかった。

 どうせ料理とか出来ないだろうと思っていたのに意外だった。

「お母さんが男は料理でコロッと落ちるからって、コドモの時から力入れて教えてくれたの」

 香苗にそのことを言ってみるとそんな返答が帰ってきた。

 どうゆう親子関係なんだろうか。イメージではこういうこと(エンコー)してる奴は家庭不和だけど。

 香苗の事情に興味はあるが、俺たちは金銭でつながっている。キレイに言い過ぎるがビジネスみたいなもの。

 その間柄に興味本位は持ち込んではならないような気はしていた。

「それで、メールはしたの? 電話でもいいけど」

 ふたりで朝ご飯というなんだか違和感を覚える光景の最中に香苗は言った。

「電話? メール?」

「だから、小山でピクニック。あ、青姦でもいいよ」

「……お前はシモを混ぜなきゃいけない病気なのか?」

 しかも飯時に。きっと|ほうれん草(味噌汁の具)も土の中で泣いている。

「違うって、相手が信治くんだからだよ」

 なんの衒いもなさそうな笑みが全く嬉しくなかった。

「つうかさっき起きたばっかでしてるわけないだろ、だいいちお前ずっといただろ?」

「シャワー浴びてる間に、ささっと」

「しないしない」

「だよね。信治くんがそんなの出来るわけ無いもんね」

 イラッときたがぐうの音も出ない事実だった。

「ピクニックが嫌だという、信治くんにはこれをあげよう」

 食事時だというのに、高そうな財布を持ち出しそこから何か紙幣ぐらいの大きさのなにかを俺に渡した。

 箸をおいてそれを受け取る。

「映画の割引券だよ」

「心遣いありがたい」

 その半券がその辺のコンビニで配られてるような、二百円値引き券じゃなければではある。

 それでもとっかかりのひとつにはなるだろうか。

 見てもいい(・・・・・)映画ではあったから。



 朝飯も食い終わって香苗の言うように、俺は田中さんにメールを送った。電話なんてする気は無いし、第一土曜の朝っぱらからそんなことをするほど非常識ではない。

 たとえ現時刻がすでに昼に近い時間だとしても、俺にとってはまだ朝なのだ。

 返信はわりと早くに来た。

「えっと……『いいのですか?』ってほんとに田中さんは謙虚なんだね」

 俺のケータイを除きこみ、香苗が感想を述べた。

「謙虚っつうか、ネガ過ぎねえか?」

「そこは美徳ととるべきだよ。それよりも『もちろんさお前と今すぐランデブーだぜ』ぐらいの返信かましてやらないと」

「ねえよ、絶対ねえよ。天地がひっくり返ってもねえよ」

「大丈夫、冗談だから」

「俺にはお前の存在自体が冗談みたいだよ」

「はっはっは、うまいこと言うね」

「褒めてねえよ」

「ランデブーは冗談だけど、そんな反応しちゃうぐらいだから、『明日の二時に駅前で待ち合わせ』とか適当に決めちゃって同意を得るだけにした方がいいと思うよ」

 香苗の言うことは最もだったので、俺はそんな感じのメールを送った。

 しかし、どうして俺はセフレと交際申し込み(未満)されている相手を、口説くような相談ことをしているのだろうか。

 全く乗り気はないのに。

 メールの返信はやはり早く、今度は『わかりました。よろしくお願いします』という非常に簡潔なメールが返ってきた。

「やったじゃん、信治くん、いぇーい」

 手を上げてハイタッチみないなことをしたいらしいがスルーする。

 つまり明日は世間様的にはデート。俺は乗り気はないけれど、それでも自分から誘った相手に対する最低限の礼儀として楽しむ努力はするつもりだった。


 それはともかく、

「お前はなんでまだいるんだ?」

 さっきから俺と田中さんのやりとりをのぞき込んでいる香苗だが、いつもならもう帰っている時間だった。

 初めての日がそうであったように、朝飯を食べるか食べないかそれぐらいの時間には香苗は帰る。

 そも朝と言っても、定食屋ならすでにモーニングタイムが終わっている時間なのだけど。

「ああ、そうそう、言い忘れてたんだけど今日も泊めてくんない?」

「あ?」

「淫獣と化した信治くんが明日、田中さんをレイプしちゃったら問題でしょ」

「それ誓う必要も無くしねえからな」

 こいつが俺のところに泊まっていく理由は知らない。

 最初は金目当てなのだと思っていたが、なんとなく気づいたが本当に泊まる場所が目的のようだった。金銭に困っているそぶりは全く見せないし。

 だから、俺がレイプどうこうという、コイツの話はかけらぐらいは真意があったとしても、最重要の都合というものではないのだと思う。

 隠しているのか、聞かれたくないのか、それとも単に面倒だからか。

 おそらくは単に面倒だからではないかと思う。

「お前最初からその気だったな?」

 思い返すと今日は荷物が多かった。それは最初からそうするつもりだったからとしか考えられない。

 だから現在は制服ではない服。ひらっとしてふわっとした空色のワンピース。制服以外見たことないから結構新鮮だった。

「うん、そうだよ」

 訂正、香苗は面倒でも隠していたでもなくて、単に言う必要性を感じていなかっただけ。

 良いか悪いかって考えると、別にかまわない。けれどほんとうにいいのかと思う気持ちはある。

 それは関係を深めるってことになるんじゃないのかと。

「わかった、後でドンキに行こう、好きなコスチューム着てシテあげるから」

 難色を示した俺に香苗が代案を出した。


 ……別に関係が深まることにそこまでどうのと思ったわけじゃない。だから香苗がそうして案を出したので、いいとしよう。

 けして内容がどうのというわけではない。

 けして俺がコスチュームフェチだというわけではない。

 けして、けっしてない。


「あーはいはい。わかったわかった、好きにさせてください」

 ……しまった、仕方なく同意した体でいるつもりが、つい本音が混ざってしまった。

「やったね、さすがは特殊性癖だね」

 特殊性癖があるわけではないが、もう何を言っても言い分けにしかならなかった。



 その夜寝る頃には、ドンキで買ってきたメイド服は大変なことになっていた。

 大変なことの詳細は省くが、俺はもしかしたら特殊性癖なのではないかと自分でも疑問を抱いてしまったぐらいだ。

「この服もう着れないね……」

 もはや着ているとは言えない状態だったメイド服を脱ぎ捨て、布団の上に広げながらそれを観察している。

 ……軽く引いてるようにみえるのはきっと気のせいだ。

「もともとその辺の安物だから仕方ないな」

「そういう、問題じゃないってわかってるでしょ?」

 俺は布団に潜り込んでしまう。

 聞こえない。俺には何も聞こえない。

「まったく、信治くんは駄目な大人だね」

 そう言って俺の布団に潜り込む。

 そうして俺たちの肢体からだは密着し、互いの熱を、感触を共有する。

 それはとても心地が良い。

 だけど、それ以上のもの――心はいらない。

 知った風に言われたくない。

 知った風に言いたくない。

 だって他人のそれなんてわかりっこない。


 たとえばそれは、フィクションのように都合良く。

 けれど、けして作り話(フィクション)ではない現実(リアル)

 だからわかり合えるなんてことは無い。

 俺はコイツの性感帯を知っている。

 嬌声を知っている。

 歪んだ表情を知っている。

 求めるモノも知っている。

 知っているのはそれだけ。

 あとは住処も電話も名字も、そもそも本名か否かも知らない。

 その関係が。

 そんな曖昧で薄いつながりが、俺にはとても心地よくって。

 これに自傷行為が含まれているとしても、キモチイイことはやめられない。

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