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2.ライク・ア・ローリングストーン(後)

 ――吐き気と頭痛と喉の渇き


 それが俺が目覚めて感じたこと。前二つは軽い物だからどうどでもなったが、喉の渇きはどうともならない。

 砂漠を旅するのならきっとこれを始終味わうことになるのだ。だから俺は砂漠なんて絶対に行きたくない。

 だけど今いるのは東京砂漠、ということではあるが――。

「あんまうまくねえなぁ」

「何が?」

「うぉ!」

 死角をついた音。実際はたんに俺の脳がアルコールにやられてただけだけど。

 気づいてしまえばなんで俺は気づかなかったんだろうと言うぐらいには近く、その気配は感じられた。

「誰だ」

 若い女だった。コドモのかわいらしさを残しながらもオンナとしての妖艶さも残している。オンナとコドモの境界線に位置するような、そんな年頃。顔は結構というかすごくいける。

 そんな奴が俺の体にもたれかかっている、身につけている物は何もない。その利発そうなまなざしは俺を見据えていた。

「誰って、もしかして覚えてないの?」

 そいつの口元が緩む。

 馬鹿にするみたいに。

 ――慈しむみたいに。

「ヒントは昨日」

「適当すぎてヒントになってねえよ……」

 それでも記憶を呼び覚ます。

 昨日のこと。

 仕事、室長、武康、酒、ミネラルウォーター、それから……柔らかくて大きなもの。

「……」

「思い出した?」

「ちょっとまて」

 俺の顔を下からのぞき込むようにしているその女。

 顔もいいが、胸もデカかった。

 このまま鑑賞していたい気分だ。

「なんか、関係ないこと考えてない?」

「……そんなことはない」

 欲望に従っていたら思いだした。俺がコイツと昨日セックスしたってことを。

 そこから逆引きしていく、セックスの前には、コイツと風呂に入って――間違えたその時にもヤってる。それはともかく、電車に乗って駅前で――

「ああ、香苗か」

 駅前で昨日俺が買った(・・・)女子高生だ。

「正確には香苗(仮)(カッコカリ)ね」

 (仮)をつけようとつけまいと、俺からしてみれば自己申告である以上真偽は定かじゃ無い。だいたい姓は知らない(どうでもいい)わけだし。

 それを考えるとそもそも俺は何でバカ正直に本名名乗ったんだろうか。

「信治くんとりあえずシャワー借りてもいい?」

「ああ、好きに使えよ」

「さんきゅー」

 同意を得るや否や香苗は、手をひらひらとふって浴室に向かっていく。

 説明をするまもなく、浴室に向かったことに疑問を覚えたが、なんのことはない昨日も利用はしていたのだ。

 布きれのひとつもなく生まれたままの姿で歩いて行くその姿勢は男らしかった。体つきは女性そのものであるが。

「やべえ、ちょっとムラッときた」

 とはいえ酒の勢いのままやってしまって、布団周りは荒れたままでそれを何とかしなければならなかった。

 脱ぎ散らかした衣服もそうだし、ティッシュとか、あとは昨日のミネラルウォーター。すこし残っていたのでこれ幸いと口に含むが――全然足りなかった。

 俺は男らしくないので、散らばっていた自分の服を着直す。香苗じゃないけどほんとはシャワーでも浴びてからが良かった。いろんなもので体中がベタベタだった。



「お待たせ~」

 しばらくして香苗がシャワーを浴びて出てきた。頭と体にバスタオルを巻き付けているのはたぶん羞恥じゃなくて流れだ。証拠に表情にはそんなものはかけらも無い。

 俺としては残念だった。

「ねえ、ドライヤーはどこにあるの?」

「ドライヤーは――」

 その辺に転がっている。俺が視線で指摘する。

「転がり込んだ家で言うのもどうかと思うけど、ちゃんと物はあるべき場所に返そうよ」

 げんなりとした顔で指摘された。

 ころころと表情が変わって、忙しいヤツだった、俺にとってのドライヤーのあるべき場所がここである、そう思ったが当初は洗面所においてあった。

 残念ながら指摘は正しかったようだ。

「あいたなら俺がシャワー浴びるけど?」

「いーよ。信治くんがシャワー浴びてる間に朝ご飯作ってあげるから」

「嘘だろ」

「わぉノータイムだ。嘘だけど」

 そういう香苗もノータイムで認めた。

「いやね、やろうと思えば出来るけど、どこになにあるかもわかんないし、なんで昨日出会った信治くんごときにそこまでしてやんなきゃならないのかって考えるでしょ、ふつう?」

「ごときとかいうな」

 あと普通の女子高生はウリやってそのまま泊まり込んだりしないんで、普通とかお前が使うな。

 ともかく俺も不快が覆い尽くしている体を、すぐに洗い流してやりたいのだった。



 頭から熱湯をあびると、それだけで少しだけクリアになる。

 だけどそれはクリアになっただけで、まともになんかなれはしない。

 だって、まともなやつは女子高生を買ったりしないだろう。

 酒の力を借りたからって、気が大きくなっていたからって、だからってそれが犯罪であることに変わりは無い。

 大仰にいえば、それなら人を殺すことだって犯罪じゃなくなる。

 でも、そんなことはどうでもよくって。

 あの女(香苗)はそれだけのシロモノだった。


 ――昨夜の情事が蘇る。

 ――触れる肌の感触と熱、それからいろんなにおい。

 ――眉を寄せ、目を潤ませ、半開きの口から漏れる嬌声

 ――それから股間から脳髄に直結した快感。


「……すっかり忘れてたけどな」

 あらためて、酒って怖い。



「おい、香苗」

 シャワーから上がると、そこはもぬけの殻だった。荒れた部屋。いや、それは元からだけど。

 ひきっぱなしの布団の上には俺の財布とケータイが置かれていた。

 何事かと思い見てみれば、そこには並んでメモも置かれている。

『用事入ったから帰るね。あ、お金はもらってったから』

 欄外にはよくわからない絵が描いてある。してやったりみたいな顔した人の絵だ。財布をあけて確認すると、札が一枚抜かれていた。

「そんなもんだよな」

 ハニートラップまではいかないまでも詐欺である可能性も念頭にあった。あったが、それは片隅にしかなく、すっかりと忘れてた。

 抜かれた札が、樋口ではなく諭吉であったぐらいの被害だ、大して気にしても仕方が無い。

 申告額の倍ではあったけど、諭吉ひとりでいい思いが出来たのだから、いい方だったのだろう。

 ただ、失敗したなあとは思うのは。

 それならもう一発やっときゃよかった。





 女子高生を金で買ったって何も変わらない。

 ちったあ性欲は満たされるが、そんなことは些細なことだ。

 それにしばらくしたらまたヤりたくなってしまうだろう。

 しかしあんな上玉抱いたあと、当分はどいつもこいつもノーサンクスになりそうではあるが。


「お前は、こんなとこで何してんだ?」

 いつも通りのお仕事。昼の休憩時間、建物の端の奥にある狭い庭のような一角に俺はいた。

 そこでうちの班長から声をかけられた。

「お前でよかった」

「”良かった”はいい。で何してるんだよ」

「見ればわかるだろう。喫煙だ」

 紫煙を薫らせ、俺は座り込んで小さくなっている。

「喫煙所で吸えよ、だいたいほんとはここ禁煙だぞ」

「知ってる。だからお前で良かったって言ったんだじゃねえか。ていうかお前こそこんなとこで何してんだ?」

「正社員にはいろいろあるんだよ」

 徒労感を隠そうともしていない武康。要するに休憩時間なのに雑事を押しつけられたということか。そうでもなければこんなところに来る用事もあるとは思えない。

「一本吸うか?」

「んじゃあ、もらうわ」

 武康は差し出したたばこを咥えた。その口元にライターを差し出し火をつけた。

「んーー……別に生き返んねえな」

「そりゃそうだ」

 むしろ死に近づく。心筋梗塞のリスクが近づくとパッケージにも書かれている。話によると海外では『死にます』ぐらいのこと書かれてるらしい。なんというか日本は平和だなと思った。

「それでなんでこんなとこでひとりでいるんだ?」

 口から煙を吐きながら武康が言った。

「それは、俺がほかの奴らと合わないからだ」

 喫煙所にいるとどうしても他の奴らと一緒にいることになる。それがどうにも苦手だ。

「お前友達いないもんな」

「そうだな」

 冗談っぽく言われたが否定する材料もないし事実なので。

 いちおう地元とかにはそれなりにはいるが、この辺ではあまりいない。そんな地元の友達も、仕事が忙しかったり家庭を持ったりして、最近ではほとんど交友も持っていない。

 それが寂しくないなんて訳は無い。

 たぶんそれも俺がジョシコーセーなんぞに手を出してしまった理由の一つにはなっている。

 単純に言えば劣等感(コンプレックス)。俺の方が武康よりもそれはよっぽど強い。

「お前は良いよな」

「何だよ急に」

「単なる愚痴だから気にするな」

 なにか言いたそうな顔をしているが、何も言ってこなかった。武康とはダチではあるが、酒の時は例外として、そんなにくっちゃべるようなことはない。

 それも俺のコンプレックスからものなのかもしれない。


 仕方なしに俺はケータイをいじることにした。作業着のポケットから取り出したディスプレイには、非通知からの着信が三件あった。

 俺のケータイは初期設定において非通知拒否になっていて、通知だけがされる形だった。

「なあ、武康。非通知からの着信があったときお前はどうする?」

「スマホだから非通知着信があったことすらわかんねえ」

 さすがはスマートホンだった。

「ガラケーでも設定できたはずだけど。でも非通知の一回や二回あったってどうしたもないだろ」

「一回や二回じゃ無くて、頻繁だった場合は?」

「それは……なんか気になる」

 ちょうど香苗とヤった先々週から非通知の着信が増えていた。日によってはないこともあるが、先週末にはけっこうな件数だった。

 これはやはり、アイツはなんかよくわからんそういうの(・・・・・)で、俺の情報を売ったりしたのだろうか。

 それとも、警察にたれ込むでとでも宣告をするつもりなのだろうか。バックに傷があったり指が足りない人がいたり。

 それ、すっげえこわい。

「思い当たるフシは?」

「無いことも無いことも無いことも無い」

「曖昧すぎるだろ」


 はっきりと断言したくなかったのは、香苗はそういうことをしないんじゃ無いかって思ったから。

 けっして情にほだされたとか、体の具合が良かったからとかじゃなく、

 単純にアイツがそんなタマには見えなかったから。

 だって、勝手に現れて好き勝手して、ひっかいたり暴れたり、どっかに行ったり。猫みたいに自由なあいつが、わざわざ俺のことを嵌めようなんて。そんなこと、あいつからしたら無駄な労力じゃ無いか?

 それが、懐柔っていわれるのなら、それには返す言葉も無いが。


「ほんとに気になるなら、一回非通知拒否を解除してみればいいだろ。……藪から大蛇が出てきそうだけど」

 小声で付け足されたそれは相当に可能性がたかい現実で。

 でも、そのまま放っておくのも気味が悪いという、もう一つの現実だった。

 ケータイの設定画面を開いて、いちども変えたことが無かった着信拒否の機能をオフにした。

「どうせただの業者だろうから、ほんとは出るべきでも無いと思うけどな」

 その理屈はよくわかるが、俺の場合はやらかしている可能性もあるのだから早急に片をつけるほうがいい気もする。

 あとは、あとは、あとは――。

「いったそばから鳴ってるな」

 機能を解除した直後、マナーモードにしてあるケータイが震えた。武康がそれをめざとく指摘した、

 俺は緊張をもってその電話に出る。

『ありがとうございます、先日ご利用いただいたサイバーディストリビューションです。今月の利用料を――』

 無機質な合成音。停止ボタン。通話終了。

「……見事な業者っぷりだったぜ」

 自動再生だったけど。

「そんなもんだよな」

 新しいたばこをよこせと手を差し出す武康に携帯灰皿ほか一式を渡した。

 その前に新しく一本自分のぶんを吸ってから。


 憶測(願望)はミステイク。

 結局のところ俺は懐柔されたみたいだった。

 諭吉ひとりなら安いものだが、そこに今後のトラブルを考えると、高い買い物だった。

 幾らいい女でも、犯罪には手を出しちゃいけない。

 今後の教訓。

 ただどれだけ被害を受けようとも、さすがに命の危険まではないだろう。

 壮大な笑い話としてとうぶんネタには困らない。


 たとえばそれは手首を切るような行為。

 滴り零れるあかいち。

 自傷ゲーム。

 けして満たされない思春期の少女じみた、妄想。


 手の中のケータイが震える。

 また着信があったらしい。

 まあ、こんなのも、ネタになると楽しむしかないんじゃね?

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