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7.グッド・バイ

 子供の頃何になりたかったか。

 なんとなくそれを思い返してみた。

 それは、たしかスポーツ選手。

 括りが大きいのは、そこにたいしたこだわりがないから。

 テレビに映って大活躍する、野球選手、サッカー選手、あとオリンピックがやってたから陸上とか水泳とか。

 要するにかっこいいモノになりたかったのだ。

 それから少し大きくなれば分別もついてくる。

 そうすれば特にそんなことしていないし、大してそれ自体には興味がなかったのだから当然そのなりたかったもの()は霧散していった。

 代わりに出来た目標は、“普通の人”。

 大きな悲しみはなくって、ごくごくありきたりでトクベツじゃあないけど、それなりに幸福な暮らし。

 そんなものにあこがれた。

 だけど、それっていうのはこの世界(リアル)には存在しないってこともわかってはいた。

 

 それなりに年を重ねて、いろいろとわかったことも増えた。

 例えば、オトナなんてこの世の中にはいないってこと。

 どいつもこいつもただ年を食ってるだけだ。

 親も教師も政治家も芸能人もスポーツ選手もどいつもこいつも同じガキだ。

 もちろん俺もその中の一人。

 曖昧で胡乱だったセカイはいつの間にか現実になっている。

 セカイなんて無駄にスケールが大きくて曖昧じゃない。

 誰しもが幸福になる。

 誰しもが不幸になる。

 均等で無条件で強制的なもの。

 それが俺たちがいる現実だ。

 それは俺も、武康も、田中さんも、誰しもだ。


 ――だけど、アイツ(・・・)だけは違うと思う。


 そもそもの話、アイツはそういう社会性とは無関係だ。

 最初それはアイツが学生(ガキ)だからそういうものだと思っていた。

 だけど、アイツと一緒にいるとそれは違うんじゃないかと思えた。

 アイツは自由で適当な奴だけど、何も知らないガキとは違った。

 それは妙に達観しているような。

 頭が良いだとか、いろんなことを知っているとかそういうのを言うんじゃなくって、逆に何も言わなすぎた。

 わかっているから言わない。

 もしくはわかっていないからこそ口にしない。

 どちらにしても、それはガキだと思うと違和感があった。

 もちろんそれは、思い返してみればということだが。





 今週も仕事が終わった。

 今週は会社の設立記念日という素晴らしい気がする理由によって、金曜日からの三連休となった。

 時給で換算される派遣としては、給料が減るのだがしょうがない。

 それに、大して使う当てもない俺には減っても十分な額でもある。

「無事結婚することになったんだ」

「ふーん」

 久しぶりに武康と飲みに行った俺はとりあえずビール。

 そうしてやっと落ち着いてきた武康の労を労ったら、武康から返ってきたのはそんなことだった。

「……お前関心ないんな」

「関心が無いっつうか……がっかり?」

「もっと酷いじゃねえかよ」

 独身で非正規雇用の俺からしたらうらやましくて、死ねばいいのにぐらいは思っても仕方が無いだろう。

「俺は早くお前に伝えようと前から言う機会を探っていたのに、お前がここんとこ仕事終わるととっとと帰るから言うのにも時間かかっちまったじゃねえか」

 大切なことは直接話したいという実に律儀な男だったようだ。

「俺にもいろいろあるんだよ、多分」

 いなくなった猫のこととか。

「田中さんか?」

「田中さん……?」

 ああ、普通に考えればそうなるのか。

 いろいろをぶっちゃければ香苗なのだが、あんな曖昧な関係の相手のことをコイツにいえるわけがない。コイツというか誰にもだが。

「いや、別件だ。いろいろとしか言いようがない別件だ」

「あーはいはい」

 『この野郎俺に隠れて俺が紹介した女といちゃつきやがって、しかもそれを隠すとかどういうことだ?』とか考えてる気がする。

 残念ながらそれは不正解。

 もっと最低のことだ。

「別に結婚の報告ぐらい休憩時間にでも言えば良かったじゃねえかよ」

「なんかやだろ。友達にはちゃんと伝えたいじゃないか」

「そんなもんかねえ」

 わかるようなわからないような。

 俺と武康の関係もよくわからない。

 武康には他にも親しい友達がいるらしいが、会社では俺以外にはいない。

 だから少し俺に対して仲間意識みたいなのがあるのかもしれない。

 俺にだってそういう気持ちはなくはない。

 だけどコイツと違ってすべてをさらけ出していない。

 香苗のことだってそうだし、前の彼女の話も、田中さんの話も。

 その違いは大きくて。

 結婚がどうとか仕事がどうとか、そういうのじゃなくて、俺に対する壁をとっぱらっていたこいつ。

 要するに俺はこいつがとてつもなくうらやましいんだ。

 だけど俺は武康みたいになれるとは思わない。

 自分をさらけだして受け入れてもらえる。

 なんて俺には思えやしない。

 そんなの、とんだファンタジーだよ。


 だけどとりあえずは

「まあ、おめっとさん」

 祝いの言葉を。

 死ねばいいとは思うけど、おめでとうとも思う。

 どっちも本音でどっちも嘘。

 真逆だけどそんなもんだ。

 これもコイツみたいになれない理由の一つ。

 『自分の意思』なんてあやふやで俺が俺に教えてほしいぐらいだ。

 そんなものをどうすれば他人に伝えられるんだろうか。

「……おう」

 武康はグラスを掲げた。

「なんかよくわからんタイミングだし、さっきやったばっかだけど――」

 何度やったっていいんじゃね、別に。

 俺は武康とグラスを合わせた。



 /



 俺が田中さんと付き合いだして、それからそれを香苗に伝えて。

 また連絡すると香苗は言った。

 いつもはだいたい遅くても当日には香苗から連絡はあった。

 その次の日、いつもなら香苗がいる土曜にもなかった。

 そして、それから連絡は来ていない。

 いつもは二人で過ごしていた週末。

 最初は金曜の夜だけだったけど、気がつけば土曜もいたし、日曜までいたこともあった。

 していたことはほとんどセックス。

 あとは借りてきた映画を見るぐらい。

 どっちも中身なんてあってないようなもの。

 右から左へと通り過ぎていった些細でどうでもいいこと。

 そのはずだけど、香苗がいなくなると、俺はむなしかった。

 寂しかったのでも悲しかったのでもない。

 ただあったものが無くなってしまったという、そういう感傷。

 虚しさに手持ち無沙汰に、俺は彼女になった田中さんを初めて誘って、それから初めて田中さんとした。

 当たり前だけど田中さんは、香苗とは違うもので。

 彼女には申し訳ないけど、貧相な体でテクニックも無く、否応なく香苗の偉大さを思い起こさせた。

 田中さんは俺を愛そう(・・・)という努力はしてくれた。

 初めてのぎこちなさでもって、自分ではなく俺のためにひたすらに尽くしてくれて。

 それがとても申し訳なかった。

 何より申し訳ないのは、それでも出るものは出るということだけど。

 俺はあの子のことが好きだ。

 だけど彼女にも愛とか恋とかそういうものはない。

 それはきっと向こうも同じだ。

 好意に値した俺に対して、依存しているだけのそれだけのもの。

 彼女の中にいる俺は、けっして俺じゃあない。

 その作り物に対する思いを俺が受ける。

 それもまた心地良いものだ。

 偽物とか本物とかそんなことは問題にはならない。

 それで良いんだと思う。

 わかり合うなんてこと出来るとは思えなくて。

 内面を、表層だけなぞり、繋がっているていにする。

 そんな田中さんとの未来は、きっと輝いている。



 行きかう人の流れ。

 俺はあの日と同じようにあの場所にいた。

 武康と飲み終わった後の酔い覚ましというところまで同じ。

 だけどきっとあのときみたいに猫が迷い込んだりはしないだろう。

 制服を着たすげえかわいくてむやみにエロい猫は。

 香苗のことを考えてみる。

 思い出すのはエロかったこと。

 たぶん残った記憶だけでもオカズには事欠かないだろう。

 それはセックスの快感だけじゃない。

 あいつといることが心地よかったから。


 たぶん。


 たぶんだけど。


 俺はアイツのことが好きだった。


 でもそれは体だけだったから。

 触れるだけの、つながるだけの、外面だけのもの。

 そこに心のつながりは何もない。

 だから、そこには愛とか恋とかいう歯の浮くようなものは存在しない。


 香苗と会うことは多分もうないんだろう。

 猫は気まぐれだ。

 どうでもいいことで甘えてきたり。

 かと思えば怒ってみたり。

 ひっかいて騒いでそれからすり寄って、気づけばどこかに行ってしまう。

 もともと拾った猫だった。

 こうしてどこかにいなくなったのも、香苗()からすればただの気まぐれなんだろう。

 非常に惜しかったが、どうせこれ以上あいつと雇用関係(セフレ)でいることも出来なかっただろうから仕方が無い。

 とりあえず、良い買い物(グッドバイ)だった

 そう思っておくのが最善なんだと思った。


 だけど。


 俺は立ち上がり、無意識にあたりを見回していた。

 なにを探しているのかなんていうのは言わずもがな。


 ――気まぐれにいなくなった猫は、気まぐれに戻ってきたりする。


 そんなことを考えていて。

 そんなことがないハズはない、なんて妙な感覚を覚えていたりして。

 また出会ったときにどうするか――いやどうせセックスをするのだろうけど――なんて。


 あの日見た制服姿があるわけはなくって。

 何気なく俺の隣に座る姿があるわけなくって。 

 小馬鹿にするみたいな、愛おしむみたいな、さっぱりした笑みがあるわけなくって。

 それからもちろん、やわらかな感触があるわけなくって。

 ――また会えるなんてわけなくって。


 女々しくて最悪な俺。

 それが実にらしくって。

 俺はなんだかわからない笑みを浮かべながら家路を辿るのだった。

シギサワカヤとか好きだしそんなんで、というなんとなくでやってみたところ、予想通りの誰も楽しめない(俺含む)感じの話になりました。いや、好きなんだけどね、こういうの。適当にシンジとかつけたせいでチルドレンをこじらせたら的な話にも何故かなっていました。

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