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Act6:かわらないもの






「失敗したな」

「……ですね」

 空港のロビーの椅子に腰掛けたファリドとグルゲスは項垂れ、組んだ手の甲に顎を乗っけて神妙な顔をしている。

 周囲には驚くほど人がいる。

 平素の空港ならばもう少し人の流れがあり、此処まで停滞している状況ではないだろう。だか、今は“普通”ではない。


「予告なしにストライキとか、滅べよ」


 地を這うような声を吐き出したファリドは、自分の判断ミスだと少しばかり落ち込む。目を眇めれば自分以上に苛立っている様子のグルゲスを目に留めてしまう。

「もう、ロビー襲って良いんじゃないですか?」

 笑顔を浮かべて剣呑なことを告げたグルゲスにファリドはフルフルと勢いよく頭を振った。

「こうしている間にも雫は寂しがっているかもしれないのに……」

 痛ましげに目を伏せたグルゲスにファリドは、あのふてぶてしい主は案外丈夫だと言いたくなったが、抗言されるのは目に見えていたので大人しく口を閉ざした。

「それにしても、イタリアで足止めか……」

 乗り換えればいいと、直ぐに出発するイタリア行きの便に乗ったのが運の尽きであった。

「ドイツなら地続きだから他の手段を使えば――?」

「遠回りになりそうな気がする」

 運が悪いことに定評があるファリドとグルゲスでは何か行動を起こした途端に裏目に出る可能性があった。と言うよりも、主である雫に影響されているのか白鞘の人形は総じて運が悪い。

「ああ、もうイライラするっ」


 こうして、不遇な人形は、夜を空港で過ごすことになった。





 ■■■












「……今日、改めて思ったんだけどさ」

「うん」

「ハーガンってモテるよね」

「あー、ほら、俺さ魔術師としての家柄もそこそこ良いし、そこそこ男前だし、そこそこ優しいし、優良物件なんだろ」

 食事を終えて少し酒が入っている為かハーガンは楽しそうな口調で告げながら自分を指差した。

「昔も、その事で嫌がらせされたことがあったって、思い出した」

「……それは、悪かったな。俺が始末しなきゃいけないことだった」

「さっさと結婚すれば良いのに」

「おい、うちの執事と同じ事言うなよ」

「へー、執事さんがね」

「そろそろ身を固めろだの、次世代の血がどうのこうのって煩いったらありゃしないよな」

「当然でしょ。それに女の人にモテるんだから選び放題じゃない」

「興味ないんだよな」

 その瞬間、二人の間に沈黙が落ちる。

「……べっ、別に恋愛の形は色々と在るからその異性を恋愛対象として――」

 視線を床に彷徨わせながらしどろもどろに雫なりにフォローをしようとするが、それはハーガンによって遮られる。

「おい、勘違いして変なフォローしてる所悪いけど、俺が言ってるのは結婚だよ」

「はっ?」

「あのな、俺は柔らかくて良い香りがする女が好きだ。ごつい男なんてごめんだ」

「結婚、興味ないの?」

 人生を他人に背負われるのは重いが、その重さが愛を実感させてくれると雫は的外れなことを考えながらハーガンを見詰めた。

「血を繋げるとか、永遠に近付くとかまぁ、名目は色々と在るんだろうけどさ、ピンとこないんだよ。執事に言わせると恋愛や結婚に夢を見すぎだって言われた」

「夢?まさか、白いお家に白い犬を飼って、子供は二人ぐらいで海の見える丘で暮らすとか言うベタなあれじゃないわよね?」

 雫としては雑種も可愛いが、柴犬や秋田犬も可愛いし、モフモフする為にサモエドなども良いなぁ、とぼんやりと考えている。だが、命を預かる重さに雫自身は耐えきれないと諦めを抱いて、ただ羨望していた。

「あー、違う違う。そういうんじゃなくて、俺さ、今すぐ結婚しろって言われるなら雫で良いと思ってる」

「はぁ?あのさ、一応女の子だしそういう発言は嬉しいけど私にも選ぶ自由があるし、私で良いとか微妙な口説き文句だし、それに……こういうのは、女の子に容易く言っちゃ駄目なんだからね!!本気にして背後から刺されちゃうんだから」

「分かってるって。勘違いしないお前だから言ってるんだろ。だーかーら、もしもの話だって。問題点はそこなんだよ」

「はぁ?」

 相変わらず話が噛み合わない、と雫は頭が痛くなってくる。

 こちらに来てから胃の痛みが発症し、頭痛まで出るとなると由々しき問題だと、密かに溜息を吐く。

「雫で良いってのは、失礼だろ」

「当たり前でしょ!!」

「相手を傷つけても、誰かの恋心を殺すことになっても貫いて好きって思うこと無いんだよな。その程度の好きで結婚なんてしたくない。唯一を求めないで最上を知る事なんて出来る筈無いだろ」

「政略結婚じゃなくて、ちゃんと好きになって結婚したいって事か……普通じゃない?」

「結婚したいと思う程好きな相手がいないって話だ」

「うーん、理想が高いって事?」

「雫は好きだし、結婚しても良いと思う」

「だから、その話は――」

 またその話を蒸し返すのか、と雫は咄嗟に殴ろうとするがハーガンの真摯な目に動きを止める。

「労れる自信はあるし、夜だって不満なんて感じさせない。そこそこの幸せな家庭は築けるかもしれない。でも、お宅の人形マジ怖いし、“俺等に勝てない雑魚が求婚すんな、カス”って感じだろ」

「そもそも魔術師と人形師だし周りが許さないわよ」

「少なくともうちの連中は祝福すると思うぞ。まぁ、それ以外の奴からは……微妙だけどな。ともかく、お宅のこと大事に思っている奴ら全員に勝てる好意なのかって問われたら疑問があるんだよ。奪っても、後悔しないのかとか色々と考えるんだよ。個人を守ることに問題はない。でも、雫に連なる者を背負い込める自信はない。俺の家のことだって優先しちゃうかもしれない。それに、雫を一番好きなのは、俺じゃない」

「はぁ……」

「俺の言ってること分かってないだろ」

「途中から、意味分からなくなった」

「人の話聞けよ、お宅に話してるんだぞっ」

「よく考えてよ、私に恋とか愛とか語って分かると思うの?」

 人と関わるのが苦手な自分に、恋愛論は無駄なことだろうと雫が暗に告げればハーガンは首を竦めた。

「………まぁ、そうだけどさ。要は俺にとって結婚相手は、何よりも意味がある存在じゃなきゃいけない。天秤が常に彼女に傾かなければならないんだよ」

「よく分からないけど、好きだと言われたけど振られた気分なんだけど、何これ」

「あのな、俺は外界との接点断って引き籠もってる奴を気に掛けるほどお人好しじゃない。俺にとって、特別なんだって。誇って良いぞ」

「……褒められてるのか貶されてるのか微妙ね。さっさと本気で好きな人を見つければ解決でしょ」

「無理。なんか、ピンとこない。それに、誰かを押しのけても愛されたい、なんて恋い焦がれたこと無いんだよな」

 グラスの縁を指でなぞりながら、ハーガンは胡乱な口調で告げる。

「……昔から、告白されたら付き合うってレベルだったもんね。自分からってないよね」

「そうなんだよ。好きになれるかと思って付き合うんだけどさ、なんか振られる」

「いつも、あれでしょ――“貴方は私を愛していないわ”」

「実際そうだしな。努力はした、相手のことだって労った。無論浮気はしてない、だけど、特別には出来なかった」

 ハーガンにとっては全てが普通で、特別にはなりえなかった。

「人間として何か大事な部分が欠陥してるんじゃね……」

 軽口を叩いた雫にハーガンは瞠目した。

「社会に適応できない奴に言われたくねーよ」

「うっ……今のグサッときた。私に言ったら駄目な言葉よ、それっ!!胃がっ――」

 腹部を押さえて、ウッと声を漏らした雫にハーガンは演技だと分かりながら思わず慌ててしまう。

「雫たん、泣かないで嘘っ、嘘だから。俺は社会不適合者の雫たん大好きだよ」

 それはハーガンにとって何一つ嘘偽りのない言葉だった。ハーガンは雫が無駄な足掻きをし、挫折する姿を見るのが堪らなく好きである。傍から見て気紛れな姿に見えるかもしれないがハーガンの行動基準は楽しいか否かである。

「普通になりたい……――」

 口癖のように雫は普通になりたいとハーガンに零す。だが、ハーガンからすれば“普通”とは何のことを指している分からない。抑も、“魔術師”や“人形師”は“普通”から掛け離れているし、雫自身人形師であることに不満はないように見えた。ならば、何が問題か、とハーガンは首を傾げる。

「雫の言う“普通”って何?」

「えっ……社交性、とか?」

 随分と漠然とした答えだ、とハーガンは水を口に含みながら考える。何を考えているか分からない子、と昔から評されていることが原因だろうか思い至り思考を停止させた。

「社交性ね、そんなのあってもね――」

 周囲から社交的と言われ、自認しているハーガンからすれば社交性よりも雫のように一本筋が通った個の方が余程面白い。自信がない癖に群れない雫は異様の塊だ。卑屈で、影が薄いだけの存在ならば集団の一部になれば良いのに、それすらも出来ないのか雫は何か催しがある事に孤立している。我が強く、悪目立ちをしている。

「私は、人に混ざれる度量が欲しいわ。我が儘だから人の話聞くの、基本的に苦痛だから」

「俺だって愉しんでる訳じゃないよ。情報収集。てか、雫は他人に興味ないんだよねー」

 だから、他人を直ぐ忘れるし交わした言葉も頭の片隅にも残らないのである。

「だから、普通になりたいのよ、私は――」

「相変わらず、変な子だよね」



 互いに無い物ねだりをしているのは、よく分かっていた。








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