Act5:狡いおとな
「うわぁ……また破壊されたし」
袖の脇から焼けこげた人形代の断片を雫は地面に撒き散らす。もうすぐで一日の訓練が終わるという間際、午前中に変速した弾丸がもう一度雫を襲った。無論、雫に回避する能力はなく呆気なく当たり崩れ落ちたが、その射手の能力の高さの為形代を一つ消失する結果となり、雫は無傷である。
「大丈夫か?」
「だだっ、大丈夫です。元気です」
駆け寄ってきたイゾルフに雫は、笑顔で真実を覆い隠した。コミュニケーション能力が著しくまずい雫とて、魔術師と人形師の因縁は嫌と言うほど知っている。人形師だと知られてしまえば迫害を受けることは分かっているのだ。
「それなら、良いんだが……君の魔術は不思議だな。当たったように思えたんだが」
「あははは、そうですかー」
外国人から何を考えているか分からないと言われる曖昧な笑みで雫は言葉を流した。内心、魔術じゃないし、と零すがそれは表層に欠片も出さない。
「手の内を晒すわけ無いか。追及するようなことを言ってしまって悪いな」
雫の笑みに何を思ったのか、イゾルフは謝罪の言葉を口にした。
魔術師が自分の魔術の術式を秘しているのは珍しいことではない。雫も、また誤魔化す為に笑ったのだろう、とイゾルフは考えていた。
「ごめんなさい」
「強いなら当然だな」
強いのは私じゃなくて人形です、と雫は告げることも出来ず、えへへ、と頬を引き攣らせる。誤解をそのまま利用してしまえ、と雫は沈黙を保つ。
「あのっ、一人、向こうに強い人いますよね?あれって何ですか?」
恐らく高濃度の魔力を弾にしているのだと言うことは分かるが、あれは素人レベルで出来るものではない。
「ニコラス・ロックウェルだろうな。本来ならば学院でも屈指の実力者だ」
後数年もすれば魔術師の中でも知れ渡るほどの実力を持つのがニコラス・ロックウェルである。知識、技量どれをとっても魔術師として相応しい。だが、ニコラスには致命的な欠点が一つだけある。
「だが、極度に緊張するタイプで試験を休んだ」
イゾルフの言葉に雫は得心いったと頷く。一人だけ群を抜いて素養があるのはそう言う理由か分かり気味の悪さは拭えるが根本的な解決にはならない。雫はあの変則的に弾道が変わる光弾は避けられない。このままでいけば形代を徐々に減らしていく羽目になってしまう。
「まぁ、少し親近感は沸きますけどね……」
緊張して試験を休んだという性格は雫からすればとても近しく思えた。雫自身も自他共に認める豆腐メンタルである。周囲からの雑音に心が折れてミスをすることなど日常茶飯事である。特に、実力があるのに自信が持てないと世界中から評されている日本人らしい雫は、他者の評価が気になって仕方がない。それに引き摺られすぎることはないが、誰かが同意するとしないでは取り組み方に差が出るのも仕方がないことである。
どういう人なのか、と為人をイゾルフに尋ねようとした刹那、雫の足元が激しい音と共に抉れ、慌てて飛び退くが着地した場所も衝撃で崩れ、因幡の兎のようにピョンピョンと跳びはねてて後退をする。
「最後まで手を抜かないとは流石にエリート組」
そろそろ日没なのだから適度に手を抜けばいいのに、と雫は肩を落として周囲を見渡した。
■■■
「あはは、本当、宝の持ち腐れってこういう事を言うんだろうねー」
学生達の戦闘を少し離れた場所から、眼精を魔力で強化して見ているハーガンはオロオロとしている雫を見かけて笑みを浮かべる。
「雫を前衛にするとか使い方も分からないのか。雫は後衛で補助魔法を任せた方が強いのになぁ、まぁ、ここまで力量に差があると雫は前だろうが後ろだろうが関係ないか――先生も、そう思いません?」
振り返り、背後にした妖艶な女性にハーガンは笑顔を向ける。
気付かれていないと思っていたのか、女性――ルイーゼ・ヴィルトは、ビクリと肩を揺らした。
「この間の話、考えてくれましたか?」
「ああ、婚約の事?この間、無理だって言ったよね」
「どうしてっ!?家柄だって、立場だって釣り合いが取れてるにどうしてっ」
「ん~、そんな事言ってるから?」
「なっ――ああいう、子供が好みなんですか?」
侮蔑するように高台から、戦闘に加わっている雫を見る目は酷く冷めている。
「結婚したいかと言われれば、そうでもない。でも、結婚しても良いとは思うかな」
「はっ?」
「世界は綺麗なもので出来てるって思い込んで、勝手に傷ついて落胆して面倒な子だよ。その心根は高潔で優麗なものだとしても、脆くて弱くて醜くて、卑怯で狡いんだ、あの子。だけど、いつも、俺を楽しませてくれる。偶に、予想も付かない行動するんだよね。いつだって、人に譲ってばっかり、でも大事なことだけは絶対に譲らないで頑な、そんな真っ直ぐルな所がある。俺が決して持ってないものを持ってる。それで、お宅は、俺を楽しませてくれる?」
辛辣な言葉には僅かの好意が滲み出ている。
ハーガンの言葉は客観的に見て誰も否定はしないだろう。白鞘雫という人間は卑怯で面倒極まりない存在である。一度手名付ければ楽だが、野良犬のように餌だけで懐柔も出来ず飼うことも出来ない。例えるのならば、子猫だと思って侮っていたら親代わりが猫ではなく虎であったという迷惑極まりない連中だ。
「それは――」
「無理だよね?家の為に俺に近付いて籠絡するように言われてそのまま実行する、レールに乗ってるだけのお嬢さんじゃ無理だ」
「出来ます!!だから、私と結婚してください!!両家の為にも」
暗に断っているのに随分と粘るなぁ、とハーガンはいっそ目の前の女性の根性に感心しながら、頭の片隅で雫もこれぐらい物事に執着すれば丁度良いのにと考えた。
「俺の結婚してくれる子に対する要望は難しいと思うよ」
「これまで、私はなんだって努力してきました。今回だって――」
この手合いは面倒だ、とハーガンは心の中でぼやいてしまう。努力で何でも解決するなんて幼子の持つ願望だ。大人になるにつれて越えられない壁というのを人は否応なしに思い知らされる。それはハーガンもよく知っているし、何よりも良い例が傍にいる。雫の性質は努力で覆るものではない。幾ら努力をしようともあのコミュニケーション不足は直らないだろう。あれは、稟性である。後天的に直るものも直らないものがあるうちの中で後者である。矯正をすればその本質は歪み、雫という自我が保てなくなるだろう。そう言った意味ではファリドを初めとした人形が雫の世界を狭めているのは正しいことだった。それでもハーガンが雫に視野を広げるように勧めているのは何も純粋な好意からではなく、ただ無様に足掻く様子が見ていて楽しいからである。希望が潰える様も、心が折れる様もハーガンからすれば期待を持つからの返報としか思えない。
性格が悪いと言われようとも、ハーガンにとってそれが雫の愛で方だった。
「俺はね、俺と同じように、俺の愛するものを愛して欲しいんだ。それとね、頑丈な事。心も体も強い子がいいね。脆いと直ぐ壊れてしまう」
雫は不安定すぎるから除外すぎる、とハーガンは己に言い聞かせ、目の前のルイーゼを見詰める。言葉に窮し、肩を窄める様はハーガンの言葉に打ちのめされているように見えるが、簡単な女ではないことをハーガンはよく知っている。
「私は諦めませんから」
「家の為に?」
思わず口の端が上がってしまうのは仕方がないことだった。
「私自身の為です」
過剰に自信を持つ人間もハーガンは苦手である。雫ほど卑屈になれば鬱陶しいこと極まりないから中庸が一番である。
立ち去ったルイーゼの背を見送りながらハーガンは戦闘中の森に目を遣った。相変わらず慣れない戦闘に惑っている雫の姿は見ているだけで楽しい。
「教育者が自分の生徒も心配しないものかね」
ルイーゼは結婚の話ばかりで実地訓練については触れることはなかった。己の生徒に自信があるのか、それともどうでも良いのか定かではないがハーガンにとってそれは間違いなくマイナスポイントに見えた。
「――やっぱり、雫たん面白いなぁ」
周囲を窺って小動物のようにキョロキョロしている様子を目の端に留めてハーガンは相好を崩す。
そう言えば、幼稚園の駆けっこで転けた相手を心配して足を止めて引き返し、助け起こした挙げ句、その相手が雫を振り払って駆けだしてトップでゴールしたと言う昔話を聞いた事を思い出す。報われなさすぎてその時、ハーガンは思わず大笑いをしてしまった。雫はそういう星の元に生まれたのだと認識せざるを得なかった。
「報われない、雫は可愛いよ」
日没はもう間際である。
■■■
二度弾かれた。
それはニコラス・ロックウェルの心を折るに足る事実だった。ニコラスはこれまで周囲に優秀と褒めそやされてきたが過度の自信は持たないようにしていた。それでも、己に対する評価は持ってきた。そうでなければ、やってこられなかった。
「っ……なんで、なんでっ」
解決策が分からないからこそ尚更焦る。焦っても、仕留められないから一層、胡乱になる。それの繰り返しは消耗戦になるだけである。
「落ち着けって。スナイパーがそう動揺してどうする」
コレットの助言にもニコラスは青褪めた顔で頭を振る。今迄培ってきた常識を覆される恐怖をニコラスはヒシヒシと感じていたが、コレットはニコラスのいつもの不調かと真剣には取り合わない。
「当たってるのに。絶対、当たったのに」
日々の鍛錬から外す筈はないという自負がニコラスにある。
ブツブツと呟いているニコラスの隣を歩きながら、明日からの実地訓練が面倒なことになりそうだ、とコレットは気付かれぬように溜息を吐く。友人に溜息を吐かれていることすら今のニコラスの心を容易く傷つける為気遣う必要があった。
目を眇めてコレットは、おかしい、と言葉を漏らすニコラスを再度確認し、ハーガン・フォン・トリップスに少女の件で直訴をする必要があるかもしれないと考える。抑も、ルールには抵触していないが、唐突に第三者を連れてきたハーガンの行動は褒められるものではない。何を考えているかは分からないが、勝ちにきているのだ。現状は、A組が優勢であるが件の少女はあまりにも異質すぎてコレットも恐怖に似た違和感を抱かざるを得なかった。
「不気味なんだ……」
思い当たった言葉を呟いたコレットにニコラスは敏感にその言葉を拾い上げたのか唐突に足を止めて顔を向ける。
「そう、それ!!」
自分の言いたかった言葉を友人の口から漏れたことが嬉しいのかニコラスは盛大に同意をする。
実地訓練を終えた生徒達は、借宿で寝泊まりをすることになり、ニコラスとコレットも夕食を食べる為に食堂へと向かっていた。
「おかしい、ってアレは」
弾かれた当人だからこそ分かるのだ、とニコラスは力説するがコレットからすればニコラスの悪癖が原因ではないのかと心には出さないが疑ってしまう。あの少女がニコラスの攻撃を防げる程優秀とも、強いとも到底思えなかった。
「あっ……――」
廊下の角でG組の生徒の一団と既の事でぶつかりそうになる。その中に、一際小さい黒い存在を目に留めてニコラスは足を止めた。
「なんだよ」
A組を快く思っていないルカの声にニコラスは、何か言わなければと考えるがそれよりも先にコレットが聞き役に徹している件の少女に目を遣った。
「その子についてちょっとね。トリップスが連れてきたって聞いてるけど――」
一瞥されただけでビクリと身体を震わせた黒髪の少女は傍から見ても可哀想な程困惑していた。それだけで人付き合いが好きではないのだろうと言うことをニコラスは判断するが、自分も同じようなものだと自嘲の笑みを口元に宿した。
「雫、です」
あえかな声を拾い上げてニコラスは、何処かで聞き覚えがある名前だ、と頭の片隅で引っ掛かるが、即座に思い出せないことなど意味がないと思考を放棄する。
「当たった、よな。あれは、防いだのか?それとも、無効にしたのか――」
「そんな手の内を晒す真似出来る筈がないだろ」
雫を庇うようにニコラスの言葉に応えたのはイゾルフであった。実際、雫の一歩前に進みでて庇うような仕草は大型犬が小型の犬を庇うようで微笑ましい。
「そうだけど、なんで二発も――」
防がれる筈がない、と尚も言い募ろうとしたニコラスの言葉を涼やかな声が遮った。
「何、やってるの?」
人によっては快い――それでもニコラスにとっては緊張する声が耳朶に触れた。
「雫たん、なんかあった?」
その口吻にニコラスは思わず訝しがってしまう。あの、何処か人を突き放すような口調が少しだけ、ほんの少しだけ和らいで慈愛を帯びている。
「見て分からない?」
先程の怯えが嘘のように居丈高になった雫の態度にニコラスは瞠目した。少なくとも、気の置けない間柄というのは分かったが、トリップス家と親しくできるような相手とは思えなかった。釣り合うのならば、ニコラスが知っていても当然の相手である。だが、ニコラスは実際問題として雫を今迄知らなかった。
「相変わらず、何かやったの?ごめんねぇ、この子。人を不快にさせることが得意で」
雫の頭をがしっと掴んで無理矢理頭を下げさせようとするハーガンに雫は抗っているのか僅かに前傾姿勢になったままプルプルと肩を振るわせている。
「悪い子じゃないんだよ。ただ――馬鹿なだけだから、へぶっ」
フォローにもなっていないフォローをした刹那ハーガンの脇腹に痛みが走る。そっと目を遣れば、見事に雫の手刀が腹にめり込んでいる。
「人を貶してる?猫を沢山被ってるくせに、人を欺いてて良心の呵責は感じないの!?」
ビシッと指を突き付けた雫の表情の真剣さにハーガンは瞠目し、笑みを浮かべて目元を手で覆って見仰いだ。
「人を傷つけない為の嘘だよ。俺の世渡りが上手だからって、八つ当たりしないでね、雫」
「っ~~~~、狡いのよっ!!私、頑張ってるのに、狡い狡い」
子供のように癇癪を起こした雫にハーガンは、仕方がない奴、と呆れながらも唖然としているニコラスの顔を視界に留め口元を歪めてしまう。
真面目で、実直の堅物の顔を歪ませるのはハーガンにとって趣味の一つ――愉悦である。雫と自分の気安さに驚いているのだろうか、と心算を付ける。ニコラスは鋭敏な感受性の為、自分が周囲を好いていないことを以前から察していたので苦手意識を持っていた。それをハーガンは気付いていたし、だからといって遠慮するつもりはない。互いにそれは気付いている事の上の話だ。
「雫、迷惑かけないの。ほら、和食を部屋に用意させたからおいで」
「本当っ!?」
「……食に対して貪欲だよね、本当」
日本人の食に対しての頑固さは聞き及んでいたが、気の弱い雫まで食事にここまで拘るのは日本人の性質だろうか。ハーガンからすれば、マッシュポテトとヴルストとビールが在ればそれだけで満足である。
「塩は?塩分在るわよね」
「焼き鮭はあるよ」
塩分、と拳を振り上げた雫は鮭という単語に目を輝かせた。存外に単純だ、とハーガンは呆れてしまう。
「お米、お米は新潟産のコシヒカリ?」
「米の味で産地が分かる、お宅が怖いよ……」
以前間違って、新潟産以外の米を出した際に、これは新潟産じゃない、とはっきりと断言した雫にハーガンは呆れるを通り越して感心した。短粒種と長粒種という見た目の違いがあるのならばハーガンとて自信を持って違うと断言が出来る。だが、見た目はまったく変わらないものを一口食べただけで判断するのは、匠の技と言っても差し支えがないだろう。何よりもショボーンとして残念そうな顔をした雫が印象深かった。
「沢庵と塩鮭だけで生きてけるわ!!」
「高血圧になりそうだよね……」
グッと拳を握りしめた雫にハーガンは呆れながらも少しは持ち直した様子の雫に安堵する。
「じゃあ、雫は借りてくよ、悪いね」
雫の頭をがしっと掴むとハーガンは人好きのする笑みを浮かべて生徒達の手を振った。その態度に何か言える強者などいるわけもなく、A組とG組と分かれて生徒達は素直に食堂へと向かった。
「若い子って、本当面白いよね」
「あの子達は、ハーガンの玩具じゃないんだからね――」
「分かってるよ。ほら行こう」
言い募ろうとする雫の言葉を手で遮ってハーガンは雫の手首を掴み直してそのまま部屋へと誘導した。




