Act3:交戦
飛び交う眩い光。
頬を嬲り木々を抜けていく風。
無惨な音を立てて、土は抉られ、木々は倒れる。
「うっ、嘘吐きぃぃっ!!」
向かってきた光を避ける為、雫は近場の木に隠れる。既の事で避けた青白い光は土に叩き付けられ、爆音を轟かせて横殴りの強い風が雫にぶつかる。
「何が、レベル差があるよっ!!十分強いじゃないっ、私、戦闘向きじゃないのにぃっ、ハーガンの馬鹿ぁぁぁぁっ」
向かってきた光の矢の束を、魔力で編み上げた障壁で防ぎ雫は攻撃されにくい場所へと素早く移動する。
緩やかな斜面に足を取られないように雫は近くの死角へと屈み込む。
「っ、魔術師の卵?ふざけんなっ、十分やってけるじゃない」
思わず口汚く罵ると雫は自分の中をゆっくりと巡る魔力のスピードを上げる。
人形師である雫の魔力は人間に酷似している人形を創り上げる程に質が高い。だが、その反面、魔力を外部に放出する量は最高級と呼ばれる魔術師に比べれば微々たるものである。例え、その身に流れる量が多くとも、如何に貯蔵されている魔力が多くとも、一度に放つことが出来る量には限度がある。だから、より強い攻撃手段としては魔力を予め体の外に貯めておくか、或いは、自分の魔力を人形に流し込み、代理として攻撃をさせるのが一番効率的である。だが、今、雫の傍らには本来いる筈の、盾であり剣である人形はいない。必然的に、雫は自分自身の力だけで道を切り開かなければならない。
「うっ……もっと、安全なところ行こう」
何も最前線で自分が頑張る必要などないだろ、と所謂エリート組と落ちこぼれ組の戦いを見て動こうとする。
ハーガンが受け持っている生徒達は、G組。成績順に分けられたクラスの中で最下位であり、そのG組の生徒と相対しているのはA組の生徒である。何故、エリートと落ちこぼれが戦う事になったのかという純粋な疑問を雫はハーガンに投げかけると、曰く、元から仲が悪く、ストレス発散の意味もあるということであった。
実地訓練のルールは、持っている腕章を奪われないこと。その一点に絞られていた。流石に致命傷になる攻撃はしないし、能力的にも出来る筈もないが、先ほど雫の側で暴発に巻き込まれた生徒が一人、担架で運ばれている。怪我などしたくない雫からすればさっさと前線から引きたいのだが、学生達の前で意識せずに挑発したことが原因となり、攻撃を受けやすい地点に配置された。
「っ!!」
光の点が向かって来ることに気づき、雫は踏み出した足を引っ込めるわけにも行かずギリギリの所で避けるしかないと、体を捻る。
「えっ……――」
向かってきた点が雫が避ける寸前に三叉に分裂する。
それが、光の弾丸だと雫が気づいた時、既に雫の体は宙を舞っていた。
「っくっ!!」
地面に叩き付けられるのをなんとか、緩和させる為に雫は己の手から魔力を地面に放ち、マットレス代わりに着地点に広げる。激突することなく、柔らかなクッションの感触に包まれた雫は体を後転させ、茂みに身を隠して狙撃点に目を遣る。
「大丈夫か?当たったのか?」
慌てて駆け寄ってきたお目付役のイゾルフに雫は、一瞬考える仕草を見せると頭を振った。
「大丈夫、なのか?」
軫憂を滲ませた声は雫を立場からだけではなく本当に案じている事が分かる。
「はい。避けて吹っ飛んだだけですから。イゾルフさんは平気ですか?」
「あー、まぁ、なんとか」
イゾルフの腕にある腕章は擦り切れてはいるが、破りとられていない。だが、その躯殻は傷だらけで血が所々滲んでいる。
「治癒魔術は?」
「不得手でな……」
言い難そうに言葉を濁したイゾルフに雫は手を掴んだ。
「私もあまり得意ではないんですけど……」
自身の中に巡る魔力の一部をイゾルフへと接触することで雫は流し込む。相性は悪くないのか、イゾルフの傷口は緩やかにだが回復をしていく。ゆっくりと自身の中で魔力が奪われていくのを感じながらそれと同じ速度で魔力が回復していくのを雫は感じ取る。
「ありがとう。助かった。俺は他の連中の様子を見に行くが、少し休むか?」
「そうですね、ここで少し防御してます」
自分の傷が癒えると即座に仲間の様子を確認しようとするイゾルフの気質を雫は好ましいものだと、拒絶感が薄れていくのを感じる。
「では気をつけてな」
「はい」
イゾルフを見送って雫は、盛大に息を吐き出した。
「誤魔化せたか……」
上着の内側のポケットから紙片が地面へとゆらりゆらりと舞い落ちる。それは、形代だったものだ。
先程の変速攻撃を雫は避けられなかった。避けることが出来る程、体術に優れているわけでもなく、戦闘に慣れているわけではない。だが、雫の体には擦り傷はあるが、光の弾が貫いたであろう左腕にはなんの外傷もないし、左腕に付けている腕章に痕跡もない。
「形代、使っちゃった……――はぁ」
それは、人形師の基本中の基本の術式である。
ある程度の攻撃を受けた衝撃をそのまま外部に転移させる術である。それなりの攻撃を伴うものではなければ、当然発動しないし、雫が先ほど木々によって裂けた皮膚には適応されない。紙で出来た人形――形代に受けた損害を自動的にそのまま移し替える。それが、優れた戦闘力を持たない人形師の尤もらしい防御の仕方でもある。
つまり、先程の攻撃は痛手になるほどであり、雫が受けるべき被害を形代が受けた為散り裂けたのだ。
本来、使う予定ではなかった。
形代にも正式なものと簡易なものがあるが、ハーガンから拉致された雫が正式な形代を持っているわけではなく、もしもの時の為の簡易形代を六体持っていたに過ぎない。その六体のうちの一体が壊されたことは雫にとって恐怖を呼び起こすに足るものだった。
「形代を一撃で粉砕するとか……先刻の、当たってたら骨折れてたどころじゃないじゃないっ!!」
改めて、エリート組の恐ろしさを肌で感じると、ハーガンの頼みを安請け合いした事を後悔してしまう。ファリドに説教される事や親睦会でも孤立する事を覚悟した方が余程気楽だった、と雫は靴の先っぽで無用になった形代を気づかれないように地面に隠す。
「ああっ、もうっ!! どうすれば良いのよっ!!」
今更止めると言うことも出来ず、ましてや現在位置が分からない雫がファリド達に助けを求める事なんて出来る筈もない。
「誰でも良いから、早く、迎えにきて、お家帰りたい」
気配すら察知できない遠い場所に離ればなれになるなんて、と地面に膝をついて雫は肩を落とした。
■■■
それは、真っ直ぐに、正確に分裂し、標的を貫いた――否、貫いた筈だった。
必中出来るようになる迄、体に染み込ませた。
弾道が揺らがない様に、躊躇わないように直線に放たれる基本のソレを誤る事はない。
いつも通り、手にした玩具の様な拳銃に魔力を込めて弾を放った。
「なんだよ、あれ」
呆然として呟いたニコラス・ロックウェルは、地面に倒れる筈だった少女に目を向けた。少女の体が宙を跳ねたのを確かに目視したが、地面に慣れた仕草で着地するとそのまま茂みに隠れてしまった。
第一印象は、玄い、少女だった。
他の生徒と同じようにワイシャツに赤いリボン、淡いクリーム色のベスト、そして赤を基調としたチェック柄の少し長めのスカートを身に纏っていても、烏の濡羽色の長い髪と、そして黒曜石を嵌め込んだ様な双眸が、周囲から浮かび上がるように漆黒を強調していた。
「どうした、お前、仕留め損なったのか?」
敵陣のフィールドを凝視しているニコラスに声をかけた少女は緩くウェーブのかかった肩までの髪を揺らした。鳶色のその髪は日の光に反射してニコラスの眸睛を灼く。
「違うっ」
頭を振ったニコラスに、コレットは露草色の目を眇めて、口元をニヤニヤと歪める。
「言い訳しなくて良いって。優秀な射手だってしくじることもあるだろうし。気にすんな、お前のお陰で、G組の戦力削れまくっているし」
「当たったんだよ」
違和感をどうすれば伝えられるだろうか、ニコラスは必死に言い募るが、コレットは聞く耳を持たない。
「だから、当たったんだよ」
再度同じ言葉を繰り返した。
「はぁ?お前の魔力弾が?」
状況を理解したのか笑みをゆっくりと収束させたコレットは瞠目した。
ニコラスの魔力を込めた弾丸の威力を嫌と言うほどコレットは知っている。実技訓練で、体に打ち込まれ地面をのたうち回り、救護班に世話になった事は両手では数え切れない程だ。避けと思えば、二段階に動きを変える弾丸は避けそうで避けられない代物だ。
「んで、その打ち込まれた奴は?腕章、誰か奪ったのか?」
G組のように単騎で行動し、勝負する非合理的な手法をA組は取らない。
ニコラスやコレットのように遠距離からの攻撃、そして、接近戦を得意とする者、俊敏さでヒットアンドアウェイをする者等、それぞれ分担で作戦を遂行している。ニコラスが打ち落とし、足に自信がある者が腕章を取りに行く予定であった。
「茂み」
「誰か、引きずって隠れたのか?」
ニコラスの要領の得ない説明にイライラしてきたのかコレットの興奮が少しだけ荒くなる。
「違っ、自分で隠れた」
「あ?最後の力振り絞って?」
整合性を求める為にコレットが告げた言葉をニコラスは首を横に振って否定する。
「その後、戦線復帰してる」
「はぁ?」
あり得ない事実にコレットも漸くニコラスが何に動揺しているのか気づき、バッと慌ててG組側へと目を遣った。
「……しかも、子供」
「はぁ?」
「当てたのに、確かに小さな破裂もあったし、衝撃で体も吹っ飛んだ。でも、何でもない顔してる。俺、自信なくしたんだけど……」
がっくしと肩を落としたニコラスにコレットは厄介な事になったと心の中でぼやく。物事が予定通り進むことに安堵し、柔軟な思考を併せ持っていないニコラスは成績は優秀だが異端である。純粋に魔術師としての腕ならば学年でも片手の指でにはいる実力を持っている。だが、それに即した精神は伴っていない。未熟と言うよりは、脆弱で、一度何かに引っかかると抜け出すことが出来ない――小心者だ。今回、普通に試験を受けていれば、ニコラスは補講に引っかかる事など無かった。だが、極度の緊張により発熱をし、体調を崩したニコラスは試験を受ける事が出来なかった。それが、全てである。
「おい、落ち込むなよ……スナイパーに凹まれると困るんだが」
眉根を寄せて、ニコラスの落ち込みを慰めるように、呆れるようにコレットは声をかけるが、不意に何かを思い出したのか、小さな声で、あっ、と、漏らす。
「なんだよ」
「思い出した。G組に、ほら、チューターのトリップス家の人間居るだろ。それが、なんか子供連れてきて補講に無理矢理参加させたって。見覚えがないなら、その子じゃない?私も、確認はしていないが……」
「はぁ?なんで、無関係の人間連れてきてるんだよっ!!」
思わず声を荒げるが、戦闘中ということを思い出してニコラスは手で口を押さえ、周囲を見渡すが敵の気配はなく息衝く。
「さぁ、トリップス家だし。誰も文句言えないだろ。上にも既に話を通していたそうだ」
あの男なら遣りかねない、と、ニコラスはコレットの話に耳を傾けながら、目を閉じ、目蓋に焼き付く黄金と翡翠色の男を思い出す。
魔術師の中でも脈々とのその血を続かせ、名門家と言われているトリップス家の次期当主、ハーガンの事はニコラスもよく知っている。人当たりも良く、社交的で、敵など見あたらない、一見博愛主義者だ。古い魔術師の家系のニコラスもトリップス家とは昔から交流があったが、真面目で木訥なニコラスに反し、ハーガンは軽かった。一見、穏やかだし、毒など併せ持たない花のように扱われるが、時折、笑顔と共に吐き出される悪意の塊のようなものが心の何処かに引っ掛かっていた。何より、生真面目な人間を揶揄するのが好きなのか、絡んでくるハーガンはニコラスからしても苦手な人間であり、掴み所のない浮き雲のような人だった。
「っで、その子供何なんだ?」
「詳しくは知らない。敵だしな」
コレットの端的な言葉に、ニコラスは嫌な予感しかしない。
実地訓練に花を添えるなんてただの善意での行動ではなく、愉快犯に違いないと重ねてきた年月が導き出す。
「私的にオブザーバーだと思うんだが……」
「食えない男だから、そうかも知れないな」
オブザーバーという言葉に、あの少女の強さを目の当たりにしたニコラスは内心同意するが、釈然としなかった。観察する立場の人間というにはあまりにも動揺し、困惑していた姿が見受けられたのだ。
「東洋人の――バター色みたいな肌色してて、目も髪も真っ黒だった」
静謐の黒に引き込まれ、全てを見透かされ、純粋に恐怖した。体が、硬直し、足が地面に縫いつけられたように、その黒に射貫かれた。
「私の聞いた噂と同じだな。ツンツンした可愛いげのない小さい東洋人と聞いている。まぁ、あの長身のイゾルフ・キルヘルがフォローしてるから、和むと言えば和むらしいが」
噂を思い出したのか、その様子を思い浮かべてコレットは笑った。剛胆な正確にそぐわず、お嬢様めいた容貌のまま可愛いものを好んでいるコレットにとって、小さな東洋人は十分興味惹かれる話題だった。
「面倒な女はごめんだな……」
噂話の信憑性のない情報でも、実際自分の目で見た少女の姿でも、自分を掻き乱す嵐のような気がしてニコラスは頭の中から消し去ろうと頭を振る。
「まぁ、それはないだろ。噂によると、あのトリップスの寵愛を受けているらしい」
「あの男が?」
誰にでも平等で、誰にでも分け隔て無い――裏を返せば、特別を作らないハーガンにとって特別な意味を持つならば、あの幼い少女は看過すべき事象ではないのだとニコラスは考えを改める。
「そう。だから、マチルド機嫌悪くって」
コレットの指し示した人物を思い出せずニコラスは軽く首を傾げると、コレットは苦笑して目を伏せる。
「G組の自主参加組。トリップス家に恋しちゃってる乙女」
言われて茶色の髪と青い目を持つ気の強い少女を思い出してニコラスはげんなりとする。
「ああ、あの我の強い」
「それは、友人として訂正するべきかな」
茶目っ気たっぷりに告げたコレットにニコラスは渋い顔をして溜息を吐いた。ここで、変人に恋慕の念を持つこと異常性を説くべきかとも思ったが、コレット自身が友人と言っている以上妙なことを言うのは憚れたし、何よりも面倒極まりないことに自分から首を突っ込む趣味など無くニコラスは頭を振るだけに留めた。
「まぁ、一応言っておくが、あれは厄介な相手だぞ」
「うん、それは私も忠告したが聞かなくてね。何しろ、恋する乙女だから」
恋い焦がれて、補講に参加する女の気持ちなど理解したくないとニコラスは思いながら、近づいてきた気配に短銃をギュッと握りしめた。
「今度は仕留めろよ」
その言葉に、本当に人の話を聞いていたのか、とニコラスは問いかけたくなるが言葉を飲み込んで、ああ、と、首肯した。




