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Act18:異能者







 厄介な事に巻き込まれた、とハーガンは目の前の黒いベールを見詰める。試しに手で触れても突き抜けることが無く水のように妙な抵抗力だけが肌を伝う。唐突に出現した結界はハーガンにとっても予定外であった。本来ならば、訓練も佳境に差し掛かり雫の胆力も少しは鍛え上げられている筈だった。だが、相変わらず雫は変化を恐れる上に、妙な仕掛けが発動した。この手の結界は外からの衝撃に強く、内からの衝撃で壊れることが多い。既に、試しでハーガンは攻撃をしてみたが砂が水を吸収するように、魔術が結界に飲み込まれた。決定的な一撃で打ち破るか、内側にいる人間に期待するほか無いが、結界の中に居る人間は限られている。補講に呼ばれている生徒と人形を連れていない“人形師”という頼りない人間だけである。中の様子を窺うことも出来ない以上無駄な攻撃を繰り返すことも出来ない。結界の外に、弾き飛ばされた玩具を拾い上げてポケットに押し込んだ。

「おいっ、どうなってるんだよ、これ」

「何が起きている!?」

 多少の擦過傷はあるが致命傷は負っていないルカとイゾルフが傍に駆け寄ってくる。

 見かけた顔に、後何人足りないかとハーガンは頭の中で思い浮かべ名簿をチェックする。

「それは、こっちが聞きたい。内側に居た筈だろ?」

「分かんねぇよ、気付いたら弾き飛ばされたんだし」

「弾き飛ばされた……?」

 聞き逃すことが出来ないルカの言葉を拾い上げてハーガンは顎に手を当てる。結界魔術の行使で生徒が外に弾き飛ばされたのならば、全員が無事と言うことであるが確認できない生徒が居るのも事実である。一応子供を預かっている立場としては事故は避けたい。出来るのならば、被害は最小限に抑える。それが、ハーガンの今の目的である。

「取り敢えず、宿舎に戻れ。点呼が必要だ」

 恐らく、取り残されているのだろう、とハーガンは馴染みの人形師を思い浮かべる。雫が隠れていた場所は森を覆う結界の中心地点である。どう足掻いても、巻き込まれている。

 本当に、運が悪い子、とハーガンは心の中で哀れむ。

「……お前は、どうするんだよ」

「中にはいるのなら、俺達も――」

「今は行かない。戦力もないし、点呼も出来てない」

 ルカとイゾルフの言葉を退けるようにハーガンは淡々と告げる。突発的な事象に普段通りの振る舞いをするハーガンに二人は僅かに目を瞠る。

「じゃあ、中にいる奴はどうするんだよ。誰か、いるかもしれないだろ」

「救える者から救うのが手順だよ」

 掌にあるものを救うのが先である。指の隙間から零れたものに焦がれて慌てて掬い上げようとも喪うものが多くなるだけだ。

「――……平等にね」

 感情を差し挟む余地はない、とハーガンは言葉を添えるとルカとイゾルフをさっさと行けと言うように手で払う。

「俺は、結界の外周をチェックして残った生徒が居ないか確認してから戻る。お前達は状況を纏めていろ」

 遠ざかる背中に声を掛けてハーガンは、腕を掲げて空に光弾を放つ。宙を裂いたそれは、幾秒の後破裂をして空に赤色に輝く。続けて、二発空に閃光弾を打ち込む。緊急の退避の合図である。魔術師ならば、誰もが知っている基礎の基礎だ。

「さて……これ、どうするかな」

 眼前に広がるのは薄い闇だ。

 オブラート越しに見える森は暗い。

 最前線にも時折顔を出すハーガンには目の前の澱んだ液体で出来た壁が“異能者”の仕組んだものに酷似していると気付く。魔術に編み方が精微で、簡単な衝撃では破壊できない。

「……“異能者”ねぇ」

 胡散臭そうにハーガンは、頭を過ぎる単語を零す。

 便宜上、魔術師達が、“異能者”と呼んでいるに過ぎない。人という枠から掛け離れている事を指し示すのならば十分魔術師だって該当する。だが、自分達の事を棚上げして、計りきれない存在を“異能者”と呼ぶのは随分と横暴だ。勿論、幻想種の類も“異能者”に区別されるが、“吸血鬼”や“魄霊”というラベリングされている存在は“異能者”にはされない。謂わば、人にとっての害悪だ。否、感情が零した悪という概念が暴走している場合が多い。抑も、人にとっての害悪という曖昧な言葉でしか形成できないのだから適応範囲が広いのだ。だが“異能者”と他を区別する分かりやすい方法がある。


 “異能者”は、魔術師を酷烈なまでに、殲滅する。


 魔術師の怨敵――それが、異能者の唯一絶対の特徴だ。








 距離が広がらない。

 逃れられると、楽観していた自分を詰りたくなる。

 目視されていないからと言って気付かれていない可能性はなかった。

「雫?」

 不安そうな表情のニコラスに雫はギュッと唇を噛みしめる。何となく、異物を関知している雫と違ってニコラスは現状を把握し切れていない。ただ雫の指示通りに走っているだけで、雫の振る舞いを注視し、感情に直結するのだから平静を装わなければならなかった。

「っ……大丈夫よ」

 未だ、と、心の中で雫は付け足す。

 逃げている筈なのに、一向に距離は広がらない。

 追跡者はユルユルと、意思を持っているようにぼんやりと動いている。ここまで来て、雫は、結界を原因が自分達を追いかけていることを確信する。他にも結界の中に取り残されている生徒はいるのに興味がないとでも言いたげな様子で動きに迷いはない。獰猛な捕食者が被食者を追いつめていたぶる行動に似ていると詮無いことを考え、雫は一息吐いた。

 数十分逃げて、分かったのは、相手が意図を持って追いかけてきていることだ。

 まるで、童謡でクマに追いかけられる少女みたいだ。相手の真意が分からず怯え、逃げ去ることしかできなかった少女が何故クマと手を取り合うことになったか雫には理解できない。

 直ぐに音を上げる雫が此処まで抗っているのは、隣で年相応に憂色を浮かべているニコラスのお陰である。年長者としてのささやかな矜持が雫の心を支えている。不安にさせたくない、無事に終わればいいと思うが詰められている距離にそうもいかないようだ、と諦観する。

「……あのね、多分、多分なんだけど、追いかけられてるの私達」

「えっ?」

 容に広がった焦慮に言わなかった方が良かったかもしれない、と雫は幽かに後悔する。ハーガンや他の魔術師、或いは人形師のように戦闘になれているのならば問題はなかったのかもしれないが、ニコラスは魔術師の系譜に連なるが、本当の意味で“魔術師”ではない。

「距離を広げたと思っても、直ぐに詰められるの……こっちの動き把握してるみたいなの」

「俺達を追ってる?」

「……この結界の中には他の生徒もいるのはなんとなく分かるの。でも、こっちにしか近付いてこない」

 顔を曇らせたニコラスに雫は、浅慮だったと己の行為を叱責する。動揺しているだろう、と思わず顔色を窺ってしまう。

 ギュッと手を握りしめられ雫は何も言わず握り返すことしかできなかった。

「雫、ごめん……――」

「は?」

 何故謝られる必要があるのだ、と雫は首を傾げる。

「俺がもっと強かったら、俺が弱くて頼りないから、ちゃんと出来なくて、雫みたいな小さな子を守ることも出来なくて――」

 自分には雫の手を握りしめることぐらいしかできない、とニコラスは内心、失笑する。

 黙慮しているようにも見える雫だが、痛ましげに眉根を寄せているのは恐怖からだろう。


 二重の意味で、雫は口を噤む。


 ニコラスの誤解は一層拗れている。黙っていろ、と指示してきたのはハーガンだが、それに従ったのは雫である。雫は、ニコラスよりも年嵩な上、魔術師ではない。身長は低いが、恐らく経験は雫の方が上だろう。尤も、前線で戦う人形達を見ていただけで雫自身の戦闘力が乏しいのは言うまでもない。ここで、それを告げても良いが逼迫した状況で重大なことを言うのもおかしいだろう、と雫は敢えて何も言わないで居る。

「……弱くて、ごめん」

 自分が情けなくなくて、ニコラスはもどかしさで胸がつかえる。

 気丈に振る舞う雫に、己の脆さを晒されている気分に陥る。

 震える足を叱咤し、森を駆け抜けてきたが、ニコラスの精神も切迫している。ほんの少しの衝撃で、打ち砕かれる程、その心は脆い。

「……っ――」

 ニコラスの噫噎に雫が感じるのは、惻隠の情だ。

 雫がこんな場面で辛うじて冷静を保っているのは、幾分かの長があるからだ。

 己をうちひく姿に窒礙を感じる。

 歯痒い、もどかしい、遣瀬無い。

「貴方は、悪くないわ」

 何も悪くない、と雫は言い聞かせるようにニコラスに告げる。こんな仮初めの言葉など慰めにもならないだろうと分かっているが、それでも、疚心を少しでも和らげたかった。


「挫折をしていない人の底はたかが知れてる」


「えっ?」

「ある人からの受け入りです。慰めの言葉だったかも知れないけど、救われました。間違うことも、敗北も、無意味ではないって人生に深みを与えてくれるって認めてくれました。弱いことは罪ではないって……弱くたって良いじゃない。何も出来ないって、自分を責めてるけど傍にいてくれて私は凄い心強いわ。貴方が居てくれて良かった」

 慰めの言葉だと分かっている。

 不甲斐ない自分を気遣う為の、言葉である。

 それでも、雫の言葉にニコラスは救われた。

 繋いで手の温もりが、冷えた身体を現実に引き戻してくれる。じんわりと伝う熱が、震えを抑えてくれる。

「結界のギリギリまで行けば、なんとかなるかもしれないし――っ!!」

 朧気だった気配が急速に形を持ち、距離を詰めていることを雫は関知する。

「雫?」

「嘘――」

 やはり、気紛れでいたぶっていただけなのだと雫は黙慮した途端、横殴りの黒い波に身体が攫われる。

「っ――!!」

 それは、ただの錯覚だ。

 あまりの強大な魔力の塊に防御本能が刺激されたに過ぎない。



「あれー、予想外」



 軽やかな、高い声に雫は思わず身構える。

 錯覚させられたのか、異物は直ぐ傍にいる。

 振り返った先にあるものに雫は瞠目した。

「……子供?」

 ニコラスの言葉に、雫は、違う、と、反論の声を漏らす。

 雫の人形であるファリドも少年めいた外貌をしているが、長い年月を重ねている。中身と外見が一致していない場合など往々にしてある。特に、雫はそう言った人間を多く見ている。外見だけで侮るなんて愚かな真似はしない。

「何、貴方?」

 確かに目の前に、いる存在は少年のように見える。雪膚に、薄い金色の目に錆びたような澱んだ金色の目を持つ痩躯の主だ。身に纏う黒い外套はボロボロで、暴力的な魔力量、その身体から迸る闇は、人ではないことを証明していた。

「“異能者”?」

 雫の紅唇から零れた単語にニコラスは目を見開く。

「でもっ、こんな人のカタチしてるなんて――」

 雫の知っている“異能者”は言葉を発することは出来ない。否、あの叫びは声だったのかも知れないが相互理解は不可能だった。だが、今、こうして会話をしている事実が信じられない。

「ああ、あんな出来損ない共しか見てこなかったんだ。っていうか、そういうラベリング止めて欲しいよね。自分達の管轄の外にある者を化け物だと言うなんて相変わらず魔術師は傲慢だ。僕にはあんな狂って暴走して自我を持ってない連中と違って名前があるんだよ、ああ、なんだったかな。そう――モラードって言うんだ」

 悪戯好きの少年のように笑ったモラードに薄ら寒いものを感じ、雫は警戒を滲ませる。

「……結界を発動したのは貴方?」

「起きたばっかりで、お腹空いてるんだよ」

 質問に対して意味の分からない返答をしたモラードに雫は思わず、一歩前へ進み出る。ニコラスをそれなく庇い、モラードを睨み付ける。

「っ……何故、追いかけてくるの?」

「煩いし、お腹空いたから」

 お腹が空いた、としか言葉を繰り返さないモラードに自我があると思ったのは勘違いだったのかと雫は逃走の準備を算段するが、モラードの触手のような黒い影が蠢き掴まれた木々が枯れていく。

「っ……――」

 命を奪い取るその姿に雫は、捕食者、という単語が頭を過ぎる。言葉通り、お腹が空いているから奪えるものを奪っているのだろう。ならば、この目の前の少年の姿をした異物にとって、自分達は格好の“餌”である。

「普通の人間なんて味薄いし、美味しくないけど、魔術師の魔力は格別だよね。それに、僕達の仇敵。命を奪うのに躊躇う必要、ないよね?」

 シュッと足元から伸びた黒い影に雫は、咄嗟にニコラスを押しのける。身体に走る痛みに、歯を噛み締める。

「っ!!」

 胸元の直ぐ下を貫いた証明は、穴が空いた制服である。無惨にも穴が空いている為冷えた空気が雫の肌を直に舐める。致命傷になる一撃だった為、スカートのポケットでちりっと何かが燃え尽きたのを感じる。

「雫!!」

 ニコラスの言葉に応答する余裕はない。

 消失した熱を考えれば、形代は二体同時に消滅している。

「あれ?」

 手応えはあったが、動きを止めない雫にモラードは訝しむように首を傾げる。

「なんで、彼を狙ったの?」

 雫の言葉に、寝起きで自分の攻撃は不調だったのかとモラードは思いながら睨み付けてくる少女に目を遣る。

 美味しそうな、純度の高い魔力である。

 噛みついて、啜れば、さぞかし美味だろう。

 想像するだけで、歓喜で身体が震える。

 だが、モラードの標的ではない。

「女は狙わない、とか紳士なのかしら?」

 鼻で笑うような少女の姿の姿にモラードは頭を振る。

 魔術師であれば、何を奪っても良い――それが、モラードの持つルールの一つだ。

「君の、名前は――雫で、良いのかな?」

 そう言えば、優男が呼んでいたとモラードは思い出す。

「特殊な呪術掛けられてる相手をそう簡単に狙わないよ」

 呪術、と言われて雫は自分の胸元に手を触れる。

 思い当たることがない。

 人形師としての契約の話だろうか、と見当を付けるが余計な情報を漏らすのは得策ではない。

 逃げの一手しか残されていない。

 残りの魔力を全て掛けて、一瞬で宙に魔法陣を浮かべると数十本のアキュリスを構える。

「emittere《放つ》」

 短い詠唱とともにモラードを目掛けた雫は、足止めにしかならない事を理解していた雫は呆然としているニコラスに声を掛けた。

「走って!!」

 土煙の中倒れる様子のないモラードに無駄なことだと分かりながら雫はニコラスの手を握りしめて駆けだした。

 避けようと思えば出来た。

 はたき落とそうと思えば出来た。

 逃げる身体を無理矢理拘束することも出来た。

 それでも、虚を衝かれたのは不釣り合いな程の圧倒的な暴力の使い方である。この一瞬で、モラードは様々なことに気付く。

 子供が癇癪を起こしてものを投げているだけだ。ただ、投げている対象物があまりにも鋭利な刃物だと言うことだ。近距離だったのにも関わらず標的から外すだなんて甘いのか、戦い慣れていないかのどちらかだろう。恐らく、あの少女は両方である。

「ああ、感じた違和感の正体は、これだったのか――」

 腕に刺さったアキュリスを抜くと、一番魔力が高い魔術師を狙って正解だった、と口元を歪めて、ゆらりと身体を動かした。




 森を縫うように走る。

 追われる恐怖に、尽きかける体力に雫はどうしようか、と考える。走る、足が痛みを訴える。恐らく、止まればもう走ることは出来ないだろう。

「雫っ」

 遅くなった雫を導くようにニコラスは握りしめる腕に力を込める。

「っ――」

 痛いと訴えることが出来ず雫は走り続けるが、頭の片隅で敗北が過ぎる。多分、遭遇した時点で負けている。二人逃げ延びることは不可能である。“異能者”が魔術師に容赦がないのは雫とて分かっていることだ。ならば、ニコラスは逃がすべきである。自分ならば、交渉をする余地がある。

「待って、君だけ逃げて」

「はっ?」

「二手に分かれた方が良い。私は先刻の奴の相手をする」

「ちょっと、待て。なら、俺が残る。女の子に危険なことさせられるわけ無いだろ」

「あれは、魔術師を狙っている。それに、正直私では結界の解呪に手間取る。結界の一部分に穴を開けるぐらい出来るでしょ。授業で、解呪習ってるでしょ?」

「確かに解呪は習ったけど――」

 遣り取りをしていてニコラスは違和感にぶち当たる。まるで解呪の仕方を知らないとでも言いたげな雫も魔術師の筈である。初等部の基礎を知らないとというのはどういう事だろうとニコラスは疑問を抱く。

「でも、年下の女の子を危険に晒すなんて真似できない」

「っ、確率の高い方法を言ってるだけ。私の方が強い、生存率が上がる。それだけの話よ」

 正論を告げている筈なのに何故納得をしないと雫はニコラスの頑固さに苛立ちながら、そうだ、とポケットの中の中身に手を伸ばす。

「これ、持って行って」

 一撃ならば防げるだろうと、雫はいつのまにか口元切って血を滲ませたニコラスの口元に形代を二体、押しつける。

 白い紙に赤が滲む。

「これっ……――」

 魔術師が使うものではない、とニコラスは雫に対する認識を覆される。訝しむような視線を無視して雫は、これからの事を伝えようとした途端、小枝を踏みしめる音が辺りに響く。

 苦々しい顔をした雫は音へと顔を向ければ、無傷のモラードが佇んでいる。

「……ちっ……――」

 思わず舌を鳴らした雫はニコラスの服のポケットに形代を無理矢理突っ込む。

「ちょっと、たんま」

 手を突き出して、待ってくれと告げる雫にニコラスは、そんなの相手が聞く筈もないだろう、と口を開こうとする。

「いいよー、作戦会議すれば」

 あっさりと了承したモラードにニコラスは信じられないものを見たかのように目を剥く。

「いい、私がもう一度あいつの足止めするからその隙に離脱して」

「だから、そんな事、それに解呪なんて」

「他にも取り残されている人がいるのよ?貴方のこと信じてる。だから、行かせるの」

 揺らぎのない双眸にニコラスはグッと押し黙る。

 重圧が心を占める。

 喉を押し潰されたかのように、声が出ない。

 沈黙をしたニコラスを肯定したと受け取ったのか雫はモラードに向き直った。

「ありがとう。随分、優しいのね?」

「だって、君――魔術師じゃないよね?」

 一目で即座に見抜いたモラードにニコラスは瞠目する。ニコラスが感じていた違和感を一瞬で看破したモラードは興味深そうに雫を見詰める。

「先刻見た魔術紋、簡素化されてて魔術師のそれじゃない。しかも、放出系ではなく循環系。謂わば、魔力源なだけで出力は不可能。つまり、“本物”は誰かに委譲してるって事だよね。つまり、君は魔術師じゃなくてそれを使役する――人形師」

 それならば色々と説明がつくとモラードは雫の反応を窺う。

「ご明察」

 もう躊躇う余裕も必要性もない、と雫は青白い円陣を宙に浮かべアキュリスを出現させる。

「二度目は見逃してあげないよ」

 黒い矢がアキュリスに対応するように宙に浮かび上がり、空を向いていた切っ先が雫へと静かに向けられる。ぶつかり合った槍と矢はモラードを雫の丁度中間地点で消滅をする。

「さっさと、行くっ!!」

「でも――」

「私の方がお姉さんなんだから、年下は素直に守られてなさいっ!!」

 一喝した雫に驚いたニコラスはそれでも覚悟を決めたのか背を向けて走り出す。

「あはは、背中がら空き」

 黒い矢の塊を第二陣としてそれに放つ。呼応するようにアキュリスを生み出して打ち落とすが、あまりの数の多さに一本、矢を零す。雫は咤食し、肩越しに振り返る。恐らく命中したが、倒れていない様子に形代が身代わりになったことを察する。

「あれ?」

「狙うと思ってたわよ、性格悪そうだし」

 魔術師を執拗に狙うことを予測していた雫は預けていた形代が役に立ったことに口の端を上げる。

 きゅんきゅんと音が鳴り、円陣に所狭しとアキュリスが埋め尽くされる。

 正直、これが雫の生み出せるアキュリスの数の限度である。

 槍を生み出すという効率の悪さを恨みながら雫はモラードに一斉ではなく、僅かにタイミングを狂わせながら槍を投げる。

 向かってくる槍を同じ質量で押し潰すか、或いは、その手に生み出したロングソードで弾いていくモラードは焦る様子はない。

 弾かれた槍は、概念が壊され、宙へと消えていく。

「っ、倒れないなんて、化け物」

 正直なことを言えば魔力が尽きるのは時間の問題である。

 雫の魔力は削られている事を考えれば潤沢ではない。何よりも、身代わりになる形代を全て喪った今、雫の身体に走る赤い傷は増えていくばかりだ。接近戦に持ち込まれれば、吹っ飛ぶ自信がある。

「粘るねー」

 時間を稼ぐ為に雫が変則的な動きをしていることを察しているモラードは、遠くに消えていく“魔術師の卵”の姿を見失わないように気をつける。

「……人形師って、魔術師と仲悪かった気がするんだけど?」

「っ……色々と事情があるのよ」

 間髪入れずに青白い光を放つ銀色の槍を吹っ飛ばしてくる雫に応戦しながらモラードはどうするか、と考える。目の前の人形師は極上の魔力の持ち主である。だが、モラードの獲物は彼女ではない。何よりも、鎖された世界の中で解呪が可能である魔力の持ち主から狩っていく事を予定していた。モラードの標的は最初からニコラスであり、雫に関しては茫洋としていて把握することが出来ていなかった。敵に察知されないように予め魔術を掛けられていたのだろう。何かがいる、としかモラードは理解できていなかった。

「事情ねぇ……」

 意味ありげに呟いたモラードは未だに攻撃に転じることはなく雫の様子を窺っている。

「まぁ、いいや、鬼ごっこも悪くないよね」

 一斉に射られたモラードは、数十はある点を手にしてたロングソードで弾き落とす。いい加減、単調な攻撃に付き合うのも面倒になっていた。緩急を付けているものの、雫の攻撃はあくまでも投げ槍を射るだけのものだ。或る程度戦闘に慣れている人間ならば、目はその軌道を把握する事が出来る。銀の切っ先を剣を持っていない手で掴み、己の目に到達するという直前で阻みモラードは、血濡れた手を気にする素振りもなくそれを真逆に投げつける。

「っ!!」

 弾き返されると思っていなかった雫は虚を衝かれ、目を見開く。腹部を貫かれたまま地面に吹き飛ばされもんどり打つ。

「っ――――――!!」

 声にならない悲鳴が響き渡る。

 あどけない少女の容が悲痛に歪みモラードは口の端を上げる。

 もう、動けないだろうという確証を持ってモラードは手にしたロングソードを掻き消す。

「っ、はっ――」

 激痛と口に広がる鉄の味に雫は膝から崩れ落ちた。








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