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Act13:古傷




 目当ての人物を見つけた。

 幾つものホールを抜け、螺旋階段を上り、面妖な仕掛けを解除して辿り着いたファリドはそれでも、傷を負っていた。

 手の掛かる主君を頂いている奇妙な連帯感を抱いていたが、手を抜くつもりはない。

「さぁ、辿り着いた。答えてもらうぞ」

 長槍の穂を向けられたサヴァリッシュは降参するように両手を肩まで上げ息嘯を零す。

「殺気を仕舞ってくれませんか。私は、貴方のように荒事には精通していないんですよ」

 ファリドが目の前に姿を現したと言うことは遊戯の終竟の端緒を意味する。サヴァリッシュには戦いの基礎はあるが、護衛をする為の人形と拮抗する実力はない。

「はっ、面白い。あんなに腕の立つ連中を嗾けといてか」

 グルゲスをホールに放置した後、ファリドは幾人からか強襲した。少なくとも、数えるのが面倒になるほど足止めされた。

「他人にお願いしなければ私は何も出来ないんですよ」

 謙遜したサヴァリッシュにファリドは反駁しかけるが、押し止める。此処に論戦をしに来たわけではない。最優先すべきは雫の居場所である。

「いいから、何処にいる」

「それが非常に言いにくいことなんですがねぇ……」

 言葉尻を濁したサヴァリッシュは気まずそうに目を逸らす。その端麗を具現化したような彼らしくもない態度にファリドは寒心を抱く。過ぎった考えを蹴散らして睨め掛く。

「回りくどいことは良い。時間稼ぎかっ!!」

「いえ、既に屋敷の前に車を準備させ、飛行機のチケットも用意しています。グルゲス殿も回収済みです。ですが――」

 他意はないのだ、とサヴァリッシュは弁明をするが焦れたファリドの身体が動く。

「さっさと吐け!!」

 襟元を掴まれたサヴァリッシュは焦慮に駆られたファリドの様子に諦観した。

「……行き先は、ノルウェーです」

「はっ……あ゛!?」

 瞠若し、即座に慍色を容に滲ませたファリドにサヴァリッシュは、それみたことか、とハーガンに対して腹誹してしまう。

「ノルウェーって、あれか、あの忌まわしき屑魔術師の出生地か?雫の黒歴史か?なんでよりにもよってあの男の目が――あの国の中にいたら監視がある。会おうと思えば、出来るじゃないか。いや、もし遭遇をしたらどうする。あれか、雫に対する罰ゲームか?ぶっ倒れたどうするんだ。ああ゛?もしかして、会わせるつもりか?雫がまともに受け答えなんぞ出来ないのは分かってるだろ?古傷を突っついて遊びたいのか?膿んだ傷口に刃物を当てるような悪趣味な真似をするなんて正気じゃない。雫は、玩具じゃないんだぞ。あの男が、雫を傷つけたのは知っている筈だ。雫の信頼を裏切った。誰よりも雫に懐かれていたくせに、雫の思いを拒んだ。それなら、まだ良い。無理矢理好きになれなんて無茶な話をするつもりはない。未来永劫関わらないなら、どうにかなる。でもな、会う度に嫌味を言い、女性らしさを損なわせるような――ドレスを似合わないと矜持を傷つけるようなこと言った。誰の所為で、雫が男装のようなことをするようになった。あの男が、気紛れに告げた、たった一言だ。あの男がどう思っていようが、雫の心を引き裂いたんだ。それが本心だろうが偽りだろうがどうでも良い。事実として、雫が、殊更、人を怖がるようになった。今も、あの男の言葉に怯えている――その原因がいる場所に行くなんてどういうつもりだっ!!」

 一息で告げた。

 高福祉を高負担を謳い、最近は移民問題が多くなっているがそんなのは今はどうでもいい話だ。そこに住む人間はヴァイキングの末裔と言われている。横文字にすれば洒脱して見えるが、海賊――その荒い気性は違わずあの黒い魔術師にも引き継がれていた。

「分かってますよ。分かっているから、申し訳ないと思ってるんですよ――」

 傍から見て哀れなほど雫は凋喪していた。無関係な、数ヶ月に一度顔を合わせるぐらいの赤の他人と言って差し支えがないサヴァリッシュが思わず憐憫する程、雫は影を引き摺るようになった。元々、控え目な性格であったが、人に怯えるようになったのは失恋が原因だ。

 過小評価する傾向があったが卑下が酷くなった。

 他人の評価を猜疑の目で見るようになった。

 己の傷に無頓着になった。

 自分の存在を軽んじるようになった。

「止められなかったのは、責任を感じてます」

 主の横暴を止めることは出来なかった。

 雫を攫うことを分かっていて窘めなかった。いつものように厄介事に巻き込むだけならサヴァリッシュも躊躇わなかった。雫にとっても外に出ることは決して悪いことではない。最後には、楽しかったと成長の糧になったと雫も納得をしてくれる。だが、今回は場所が場所である。雫は失恋に連なるものに過剰に反応をする。

「っ――本当、余計なことしかしない奴だ。雫の為なんて御為倒しも良いとこだ。あいつにはあいつのスピードがある。無茶をすれば塞がり掛かっている傷口が開くだけだ。なんで、それを理解しない」

「……私には分かりかねます」

 主人の心の内を全て知っているわけではない、とサヴァリッシュは素直に頭を下げる。ハーガンは水面に石を投げるように雫の反応を窺う。その手法には躊躇いもなく手荒いこともある。それを愉しんでいる節がある。

「悪い方向にしか事は動かない。雫はいつだって自分を責めて逃げようとする――変化は望まない」

 語気を強めたファリドにサヴァリッシュは心の中で同意をする。雫は、劇的な変化に心がついていかない。外的な要因に脆弱である。その場から動くことは魂魄を疲弊させることに繋がる。実際、飛行機のように距離を一気に縮めるものは苦手だ。それどころか、新幹線ですら、心が追いつかない、と疲労を訴えることがある。人形師という繊細な作業をしなければいけない為か僅かな変化にも戸惑う。

「――変転には弱い」

 素直な感想を零すようにサヴァリッシュは声を漏らす。未知に対して好奇で高揚する者もいれば、恐怖で足を竦ませる者もいる。臆することなく一歩を踏み入れられるかが問題である。雫は間違いなく後者の人間だ。僅かな瑕疵を――目についたネガティヴな感情を一層膨らませて己の心を潰す。

「分かっているなら――っ、言っても仕方がないことだったな」

 サヴァリッシュ自信の在り方とハーガンに忠誠を誓うサヴァリッシュは必ずしも一致しない、とファリドは、諦めの息を漏らす。役目として当然のことをしただけである。ならば、ファリドもまた、己の役割を遵守するだけである。真綿にくるむように壊れかけの雫を慰撫するだけだ。

「引いていただけますか?」

 これ以上の損壊は手痛い、と嘯くサヴァリッシュにファリドは口の端を上げた。

「生憎、“白鞘”の“人形”として譲るわけにはいかないものがあるっ!!」

 首筋に添えていた長槍を横に薙ぐが、仕留めた感覚が掌にない事にファリドは、咄嗟に飛び退く。半拍置いて自分の居た床が抉れた事に瞠若し、笑みを深めた。

「何が、荒事は不得手だ。空々しい」

 吐き捨てるように告げてファリドは間合いを確認する。

 サヴァリッシュの手には峰が反り返った武器――ファルシオンが握られている。一見、青竜刀にも似た形だが、柄には東洋の竜とは思えない細工が施されている。打撃と斬撃を兼ね備えた優れた一品である。

「“白鞘”の誇りがあるように、私にも執事としての誇りがあります」

 コツリ、と靴音を響かせたサヴァリッシュにファリドは警戒を滲ませる。

 柄を握る掌が汗ばむ。

 仕掛けの石突きが途端に鋭利な刃物へと変形し鎖と共に蛇のようにしなって伸びる床を走る。捲り上がる破片が土煙を巻き起こす。第三の腕とも言えるその鎖は跳ねて、標的へと向かう。轟音と共に迫る点にサヴァリッシュは息を呑む。討ち果たすつもりの攻撃をファルシオンで弾き落とすが、それまで互いに横たわっていた距離が無になる。

「っ――!!」

 差し込んだ影に虚を衝かれる。

 ファリドは直接一撃を拳で叩き込むという予想外の行動に打って出た。

 刹那、腹部に走った痛みにサヴァリッシュは奥歯を噛みしめる。呆気なく吹っ飛ばされ途中でバランスを崩しながらも着地をし、次の一撃に備え膝を付く。視界に広がるのは黄金の世界である。縦横無尽に走る空間の罅は、武器から溢れ出ている雷撃だ。

「属性は、雷霆――」

 思い起こしてサヴァリッシュは、ファリドの能力属性を零す。白鞘の人形師はその名に違わぬ器用な手練れである。雫も、勿論、その祖父である空顕も全ての能力通じ、何かに劣ることはない。雫は些か火焔に苦手の気があるがそれは許容の範囲内である。作り手の能力はそのまま人形に譲り渡され何かしら人形にはなにか能力が属性が付与される。多ければ多いというわけでもない。属性が多いと言うことは能力の分散にも繋がりかねない。大まかに、火焔、氷凍、雷霆、迅疾の四大属性と謳われるものに分別される。だが、それ以外の属性がないわけではない。王道と呼ばれ、使い勝手が良いのが四大属性なだけで、細々と枝葉のように分かたれているのが実情だ。例えば、グルゲスならば、氷凍に付加効果で呪殺が追撃される。耐性がなければ毒のように蝕まれて呪い殺される。


「潰されたくなかったら、避けろ」


 軽やかなステップと共に繰り出されたのは、床から突き上がり何かが叩き付けられる音である。言葉通り、サヴァリッシュが避けた場所は、重い何かに潰された跡が広がる。床に走った亀裂に、息を呑む。ファリドの付加能力は槌である。力の無さを補うような能力に舌を巻く。作り手は余程綿密に設計をしている。賛辞を心の中で送ったところで、目の前の少年めいた人形があの白鞘空顕の作品だと言うことを思い出す。

「まだまだっ――!!」

 サヴァリッシュが息を吐く暇もなく宙を鎖が踊る。

 身体に迫ってくるそれを器用に躱すサヴァリッシュだが、上手く絡ませようと誘導しようとしても鎖は意思を持ち、ウロボスのように自滅をすることもない。これだから、老獪な相手は嫌だ、とサヴァリッシュは心の中で悪態を吐く。挑発をしても激高することがない。冷静な部分が制御をして、足を掬われることを分かっているファリドは無理に攻撃してこない。負けない戦いを識っているのだ。

 鎖が絡み合う音に目を眇め左手が捕まったことを確認しサヴァリッシュは唇を噛みしめる。逆にこのまま引き寄せようかと思うが、そんな駆け引きは通用する相手ではない。これが、本気の戦いであれば己の腕を切り捨ててでも良いがそんな場面でもない。間合いの中に入ればいい、一瞬でも気を引ければ、とサヴァリッシュは腕に絡まった鎖をそのまま力の侭に引く。瞠若したファリドにサヴァリッシュはそのまま床を蹴り上げ、空いている右手を振り上げる。長槍は間に合わない、とサヴァリッシュは勝利を確信するが、いつのまにか出現させていた左腕のガントレットによって防がれる。

「っ!!」

「自分の弱点は、誰よりも分かっている」

 ファルシオンを退けたファリドは左腕を床から垂直に伸ばして幾許もの光の矢を射る。

「敗北は許されても、撤退は許されないのですよ」

 向かってきた光の矢を最小限はたき落としたサヴァリッシュは視界の外に消えたファリドに舌を鳴らす。技量、敏捷に優れているファリドから目を離すのは得策ではない。矮躯である事を逆手に長期戦か体力勝負を挑むのが定石である。

 土煙で、視界は不明瞭である。

 背後か、頭上か、とサヴァリッシュは剣を構える。きらり、と一瞬光ったのを目の端に留め、身体の向きを咄嗟に反転させる。真っ正面から突っ込んできたのならばどうにかなる、と剣を水平にして一撃を放とうとしたが、煙を裂いてきたのはならば鎖の先端の石突である。ハッとして、ならば長槍の穂先は何処にある、と頭を掠めた時、サヴァリッシュの背後に殺気が蠢く。

「……終わりだ」

 項に冷えた刃が突き付けられたサヴァリッシュは敗北を認めるようにファルシオンを手から滑り落とし、空手を見せるように肩まで上げた。悪意のない純度の高い殺気に晒されるのは久しぶりのことである。敵愾心がないのだから、一層、質が悪い。


 本当に、割に合わない仕事である。






 ■跋文■

 書き手があほなので、作品に影響を及ぼしたくないので、書き終わるまではコメント差し控えたいなぁと思ってたんですが、折角見てくださっている方に重要な報告がありますので、一言。


 文章のストック尽きた \(^o^)/


 骨子は考えていますが、文章が追いつかない状態です。

 少々更新が遅れる事を、ご報告です。

 感想などいただけると励みになります(*・ω・)*_ _))ペコリン


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