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Act11:逃げ水







 身を守る為の透明な盾を数度出現させ、壊された雫はA組のコンディションが良いことに漸く気付く。元々人形師の雫は攻撃も、防御も苦手であるが、ここまで受けに回るのは想定外だった。盾の硬度も魔術師の卵と比べれば、雫の方が数段に優れているのが実情だ。

「っ――!!」

 脇にいたG組の生徒が何かに倒されてもんどり打つ。

 それが、ニコラスのあの変則的な攻撃だと察して雫は即座に護身の盾を張り直す。思わず、身構える。

 衝撃は訪れない。

「あれ、来ない」

 思わず警戒を緩め、周囲を見渡す。

 木々の隙間から襲撃の気配はない。足元に転がっている生徒をどうにか自陣営へ連れて行かねばならないだろう、と己の身体と掛け離れている生徒を見遣る。男子生徒一人を担いでどれだけの距離を歩かなければならないか雫は肩を落とす。元より、体力のない雫は最小限の体力で全てを賄おうと考えている。腕を引っ張るか、それとも足を掴み引き摺るか、と考えるがどれも負傷している生徒の身体には優しくない。ならば、気がつくまで傍で守るのが一番だろうが、庇われることはあっても庇うことはない為、誰かを背にして戦うのは慣れ親しんでいない。

「見捨てるのもなぁ……」

 年嵩の者としての矜持が少しばかり傷つく。投げ槍を敵に投げつけるだけの雫は、見た目こそ派手だが、命中率も言うほど高くはない。前衛が居ることが前提の攻撃手段である。謂わば、質より量で、押し潰すのだ。いつものならば、前に人形が控えている。適当に投げたところで、勝手に避けながら敵に攻撃をするという器用な真似をしていたのだと雫は今さならが思う。端的に言えば、雫は接近戦は不得手な部類だ。体術だって、得意と言うほどではない。幾ら、戦闘経験の差があっても単純な戦闘は回避したいのが本音であった。 実戦訓練に身を置き、雫は己の人形達の優秀さをこれでもか、と思い知らされる。戦闘能力、判断能力、全てがこの場にいる生徒達よりも幾段も上である。尤も、敵を屠る為の人形と、補講訓練の実力を一纏めにしてはいけないと分かっているが、レベル差があった。

「強かったんだなぁ……――みんな」

 ファリドを筆頭に、雫は己の人形を誇りに思い、敬愛している。人形を武器として扱う者も多いが、幼い頃から人形に携わってきた雫からすれば人形は紛れもない“家族”である。何よりも寂しかった時、辛かった時、傍にいてくれたのは人形達である。そんな大事な存在を武器だなんて思いたくはない。

 会いたい、と寂しさが募る。

 少ししか離れていないのに、恋しがるなんて自分は子供か、思う反面、仕方がないと雫は諦めも抱いている。傍にいるのが当然だから、時折、引き離されると反動が大きく凋喪とする。それでも、絶対に追いかけてきてくれる、迎えに来てくれる、という確証が雫にはあるから、此処で素直に待てる。運が悪い雫は動けば動くほど事態を悪化させる事が多い。ならば、動かないことが賢明である。

 ただ、気がかりなことがあった。

 ファリドは問題ない。幼い容貌に反して、重ねてきた年月は人形の中で誰よりも多い。ハーガンの相変わらずの悪戯にも詆誚しながらも受容し流れに身を任せる柔軟さがある。今回も、何らかの手段を用いて距離を縮めている筈である。だから、雫はファリドに関しての憂慮はない。問題は、手元に置いているもう一体の人形であるグルゲスである。グルゲスは雫が自分の手で創った三体目の人形である。一体目は、祖父、空顕の残した人形の素体を使っている為、正確には二体目であるが、グルゲスは創られてから十年経っていない。雫にとって、忌まわしい、暗黒時代に創造した人形である。その為か、依存心を隠し立てもしない。誰の下へ派遣をしても仮契約もせずに直ぐに出戻ってくる。そのくせ、周囲への立ち居振る舞いは誰よりも柔らかく、嫌悪を抱かせない。創造主の雫からしても、些か歪であるのは認めざるを得なかった。グルゲスは、暫く、接触しないと暴走をすると聞き及んでいる。伝聞なのは、その錯乱状態を雫は見たことがないからだ。当然のように雫の前のグルゲスは、平常だ。いつだって、物腰が柔らかくて、雫が欲しい言葉だけを捧げてくれる――都合の良い、人形だ。自分に誠実に縋り付くグルゲスの言葉を雫は、信じ切れていない。グルゲスは、自分の創った人形である。だからこそ、気に入るような振る舞いをする。結局は、鏡を見ているようで気味が悪いのだ。自己憐憫と、自己愛だけしかグルゲスの言葉に見いだせない、自分はおかしいのだろう、と雫は己を叱責する。尽くしてくれている言動を非在にするのは、申し訳なかった。少しでも逆らってくれれば安心しただろうが、グルゲスは全てを受け入れる。反抗しても、良いのだと問いかければ困ったように笑われた。好きだから、とはにかんだ笑顔で言われる度に、心に薄暗いものが蝕む。それは、本物ではない、と心の何処かで叫ぶ。叫ぶ度に、胸が張り裂けそうに痛む。耳に優しい言葉に舞い上がる心を直ぐさま、闇が覆い尽くす。

「本当に嫌になる」

 依存をしているのは、お互いである。

 自分が許せない代わりに、許してくれる他の存在が必要だった。





 ■■■




「どうして、あの子を狙わなかった?」

 高濃度の魔力を圧縮している光弾をニコラスにとって奥の手である。故に、弾は無駄にはしない。威嚇の為なら、他の手段がある。コレットにとって、今の一撃は不可解極まりなかった。有り体に言えば、無意味。言葉通りに、無駄弾である。

「――狙っても、無駄だから」

 恐らく命中させたところで、無傷で戦線復帰することは予想できた、と眼居で告げるニコラスにコレットは頭を振る。

 そんな話をしているのではない。

 二人いるのならば、確実に両方を仕留めるか、片方を戦闘不能に陥らせるのがセオリーである。ニコラスがしたのは、ただ、自分の存在を雫に知らしめたことと、G組の生徒を一人戦闘不能にしただけで頭数を減らしたわけではない。計画外に撃ったことで、腕章を収集する生徒達が出遅れたことが原因である。

「あのさ、朝からおかしくない?」

 口に出すかどうか悩んでいたコレットは、或る意味A組の生徒を代表して尋ねる。朝から、ニコラスは挙動不審であった。妙にソワソワとしたかと思えば、ションボリと顔を曇らせ、かと言えば戦闘中はテンションが上がっている。感情の浮き沈みが激しすぎる。

「えっ……何が?」

 自覚症状はないのかニコラスは首を傾げる。

 思わず呆れたような眼差しをコレットは向けてしまう。ややもすれば、傍から見たほうが分かりやすいかもしれないが、ニコラスに自認はないことが悔やまれる。

「なんかさ、彼女、意識してない?」

「っ、してないよ。ただ、俺は感謝してるだけで、魔術師にしては真っ直ぐっていうか、誠実だって思っただけだ」

 間髪置かずに否定の言葉をニコラスは漏らす。頬を紅潮させて否定されても、信じられるわけがない。寧ろ、肯定を意味するだけである。

 コレットの冷めた眼差しに気付かず、慌てた様子で否定の言葉を漏らすニコラスはやはり“普通”ではない。その顔を観察して、恋情と言うよりは敬服に近いのだろうかとコレットは推測をする。整った面差しと少し頑ななだが誠実な性格のニコラスは普段から女生徒に告白されることも多い。勿論、それはニコラスの持つ肩書きに引き寄せられた者もいるが、ニコラス自身を気に入っての婚姻も持ち上がっていた。丁寧に、謙虚にそれを退けているニコラスに現状、付き合っている恋人は居ない。誰にでも優しいから、と他人は評価するが、コレットから見ればニコラスにはそんな余裕がないだけである。自分に必死で、他人を気に掛ける暇がないだけだ。だからこそ、何故ニコラスが惹かれているのか興味がわく。コレットからすれば、ほんの少し認識は変化したが、雫はハーガンの代理であるとしか思えない。

「……昨晩、何かあったのか?」

 時間的には、それぐらいしかない筈、と見当を付ける。分かりやすく顔色を変えるニコラスの様子に少し突っつけば口を割るだろうか、とコレットは次の言葉を発しようとするが、それはニコラスによって遮られた。

「教えない。それが、彼女に対する俺の誠意だから」

 当たっていた事実を、詳らかにした雫に対する誠意である、とニコラスは口をギュッと引き締める。

「――はぁ、まぁ、良いか」

 一度決めたら梃子でも動かないニコラスの質を知っているコレットは根負けしたといった様子で息衝く。

「っで、好きとか、そういう事?公算はあるのか?」

「だから、違うって」

「ルカ・ガラストリに負けるぞ」

 昨日から妙に雫を気に掛けているG組の生徒の名前を告げれば、ニコラスの容に、遽色が滲む。分かりやすい性格にコレットは苦笑した。

「好き、なのかな?」

「さぁ、養護が強そうだなぁ。今は、未だ」

 最後を強調すれば、面白いほどニコラスの顔は強ばる。ハーガンがからかう気持ちも何となくだがコレットは理解してしまう。

「俺、彼女と、話をしてみたい」

 随分と前向きな言葉を告げる、とコレットは思わずニコラスの顔を見詰める。積極的に、誰かと関わろうとしなかったニコラスの心情の変化はどこから来るのかコレットは、確実に影響を及ぼし始めている、少女の姿を目の端で留める。



――何を気にしているのだろうか。



 何の変哲のない、少女というのがコレットの感想である。魔術師として規格外の強さだが、そこまで異常というわけでもない。コレットからすれば友人のマルチドの恋敵に当たる。正直に言えば、華やかさも艶やかさもマルチドの方が上である。男子生徒から羨望の眼差しを受けながらもマルチドはハーガンを一途に慕って、態々補講に自主参加したほどである。一方、雫は楚々とした佳人――悪く言えば、暗い。少しは笑顔を見えてきたが、最初は鉄面皮のように表情を崩さず戦っていたから気味の悪さが際だっていた。友誼がある以上、コレットの評価はマルチドに傾く。だが、ニコラスも、ルカも、そしてハーガンも異様に雫を気に留めている。それが不思議で堪らなかった。小柄なことが目を引くのだろうか、と詮無いことを考えてしまう。

「似てる、と思うんだ」

「はっ?」

「彼女、俺と同じで小心者みたいで、ちょっと話してみたいんだ」

 酷似している、とニコラスは心を許したように告げるがコレットはそれに安易に同意できなかった。一見、無害に見えるが、ハーガンの知り合いという時点で、コレットの警戒心は最大限に上がる。魔術師の中でも評価の高いハーガンをコレットは胡散臭い、と思っている。誰にも心を見せない、油断のならない男だ。それは、或る程度、常識を弁えている者の共通の認識である。そんな誰にでも優しい男が破格の待遇をする少女である。他人の為に指先を動かすのが億劫な男が何もかも甲斐甲斐しく世話をする。あまりの違和感にコレットは寒気を感じた。“特別”を見せつける為に、連れてきたのかとも一瞬思ったが、あまりにも性的な匂いが皆無であった事が、恋愛関係を否定した。名前を付けるに相応しいのは兄妹、というのが結論だった。だが、ハーガンには妹は居ないし、決まった恋人も今は居ない。故に、雫はマルチドやルイーゼを牽制する相手にはなりえない。

「……あの子は、あのトリップスが連れてきたんだぞ」

 現実を直視しろ、とコレットは忠告をする。

「ん……そうなんだよ、な」

 雫の正体に気に掛けているのかニコラスの顔が一瞬で曇る。

「裏に何があるか分からない」

「雫は、そんな子じゃないよ」

 随分と入れあげている、とコレットは思わずこめかみを手で軽く押さえる。何を言っても無駄だろう、と考える。こういう手合いは、実際に痛い目を見ないと理解をしない。幾ら助言をしたところで、立て板に水だ。

「まぁ、どう思うと勝手だが、訓練はちゃんとしろ。それに腕章奪って戦線離脱させた方が話は出来るんじゃないか?」

 少なくとも、逃げ足だけは速いルカが傍にいることもないし、訓練中はハーガンも傍にいられないだろう。雫のあの性格を考えるならば、脱落部屋に居るのならば間違いなく孤立するだろう。

「彼女を仕留めるのは簡単じゃないよ」

 ニコラスの言葉にコレットは同意するように頷く。

 昨日の、派手な攻撃方法と術式のおかげで雫に対する警戒感が皆強くなっている。あの、大掛かりな技が、射程距離がゼロで打ち付けられたら暫くは動くことは出来ないだろう。出力の強さは、恐らく、今回参加している生徒の中でトップクラスだろう。だが、その割に雫は戦い慣れていない。基本的な心構えが甘いと言っても良い。隙が在りすぎるのだ。それが演技か平常なのか分からないから、今一歩攻撃をしきれない。積極的な攻撃も少ないし、かといって防御に特化しているわけでもない。純粋に、強いから未だ残っている、というのがコレットの正直な感想だ。

「試しに、接近戦に持ち込んでみるか?」

 誰か捨て石になる可能性があるが、数で攻めれば何か分かるかもしれないとコレットは提案をしてみる。

「彼女相手に接近戦は心が痛みそうだ」

 あんな小さい子供に力の侭蹂躙するのは後ろめたい、とニコラスが渋面する。コレット自身も、か弱い少女相手に殴り合いなど遠慮したかった。少なくとも、控えめな態度と言動でどこぞの令嬢だという見当はついている。訓練といえど、派手な怪我をさせれば問題になるのは目に見えていた。

「雫……どっかで、聞いたことあるんだけどな」

 その音をどこかで耳は拾い上げている、とニコラスは考え込む。コレットも何処かで聞き覚えがあるが、即座に思い出せないと言うことは重要な立場ではないと捨て置いていた。

「トリップス家に連なる者か……出自を話してくれれば楽なんだがな」

 友人であるマルチドから聞いた話を聞く限り、雫はハーガンの身内の友人である。それ以上の、情報は出てこない。ただ、ハーガンが異様に丁寧に扱っているだけなのが奇妙だった。

「東洋人――日本人、魔術師、雫……極東支部にそんな子いたか」

 当たりを付けて単語を並べたニコラスにコレットはある事実に気付き、遽色を浮かべた。

「コレット、どうした?」

「ああ、私達は彼女のファミリーネームを知らない」

 魔術師にとって血脈――家柄が、謂わば格を示す。雫が魔術師ならば、名字を誇って告げても良い筈なのにまるで隠すように個の名前しか言わない。血を重ね、連なることが魔術師にとって“永遠”を手に入れる方法の一つである。

「雫のファミリーネーム」

 ポツリと呟いたニコラスにコレットは頷く。

「日本人かすら怪しいな。ファミリーネームを隠すなんてそんな後ろぐらいのか。どこその貴族の愛妾の子かも知れんぞ」

 オリエンタルな面差しに欺かれているかもしれない、というコレットの考えにニコラスはハーガン自身が雫を日本人と称していたのを第三者が聞いていると否定の言葉を漏らそうとした。その意図を察したのかコレットは掉頭する。

「あの男が、方便の一つや二つ軽く吐くのは分かるだろう」

「確かに、最初からそういうつもりだったら分かるけど……――」

 ハーガンの性格を子細まで把握していないが、人の反応を見て愉しむタイプだと言うことをニコラスは分かっている。だが、指先の神経まで雫を労る様子を見てしまえば厄介事に巻き込むようには到底思えなかった。

「雫もそういう子には見えない」

 きっぱりと断言したニコラスに、お前は彼女の何を知っているのだ、とコレットは呆れてしまうがそれは敢えて口に出さない。それが、コレットなりの優しさである。

「お前が彼女に過剰に幻想を抱いているのは分かったよ」

「違うって、そういうんじゃないって」

 コレットが同年代の男をいまいち信じられないのは慧眼の無さである。他人だから見えているものが違うのは分かる。それを理解する心の余裕をコレットは持っている。だが、心を預ける人間が自分と違う見ているのは問題である。

「取り敢えず、私も話をしてみたいな……」

 他の人間が気に掛けるに足るのか、自分の目で判断したくなる。

「きついこと言うなよ。あの子……凄く、大人しくて、控えめな子なんだから」

 碌に話もしたことがないのに幻影に縛られているニコラスにコレットは盛大な溜息を吐いた。

 ニコラスが持つのは、そうであって欲しいという願望で現実には即していない。数日で人の全てを把握するなんて出来る筈もない。ロマンチストなのか、それとも理想主義なのか、と少女を直視しようとしない様にコレットは食傷気味である。同年代の少女達にはシビアな目をしている癖に、少し年下な無垢な少女に夢を見ている。思わず辟易としても仕方がないだろう。

「あれか、男は自分の色に女を染めたいのか」

「はぁ?」

 真っ新な少女を自分好みに育てたい、庇護したい、という矜持をくすぐるのがあの少女の魅力だろうかとコレットは思い至る。

「征服欲だろう」

 口に出した、コレットはああそうかと納得する。あの小柄な少女は何故か支配欲を刺激するのだ。自分の意に沿うように染め上げやすい気弱な表情と、小動物を彷彿とさせる振る舞いが原因である。環境の違いによるだろうが、一歩下がって歩くことを雫は苦にしない。寧ろ、指標を与えられることに安堵している。我の強い、女に疲れ果てている男からみれば物珍しいタイプだ。得てして男は甘えてくる女に弱いものだ。





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