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Act10:二体の人形







 望もうと望まざるとも時間は過ぎていく。それは生者にとって当然のことである。時は無情にも過ぎていく。過ぎ去った時間は戻らない。どれ程希おうと、過去は、決して上書きし、訂正することが出来ない。多くを見送ってきた。恐らく、これからも見送ることをファリドは誰よりも理解していた。

「っ……――」

 足元から天井に伸びる鏡の迷宮にファリドは舌を鳴らす。

 白鞘の人形の運の悪さを差し引いても、今回は不運である。二手に分かれたのは良いが、こちらは外れだったのか、と感想を抱く。周囲を鏡で覆われた、入り組んだ、迷路だった。いっそのこと全てをなぎ払って鏡を壊して直線上に進めば時間短縮になるだろう、と一瞬頭を過ぎるが、あのハーガンが何もしかけていない筈がない。

「相変わらず、あの男は質が悪い」

 その優秀さは認めるものの、他人の劣等感を刺激するのは得意のようだ、とファリドは苦笑し、鏡に映る自分を見詰める。

 否応なく、総身が映されるそれはファリドの“今”を躊躇いもなく映し出す。あどけない顔をしている。茶味がかった金色の髪に滅紫色の双眸は人目を引くものだ。そして、何よりも敵を欺く為に躯殻は幼い。体力が著しく落ちるというデメリットもあるが、少なくとも相手に警戒心を持たれないという点では成功しているとファリドは実感している。ワイシャツの上に紫紺色のベストに同じ色の八部丈のズボンを着用し、少しの堅めを演出するためにネクタイを首にしめる。創造主である雫の祖父――空顕に相手を油断させる為に半ズボンを着用しろと言われた時は流石にファリドも全力で拒否をした。幾ら、外見が幼くとも、年を重ねているので矜持がある。

「はぁ……ガキだなぁ」

 今の器に、不満はない。

 不満はないが、もどかしさは時折ある。

 雫と体格差があまりない為、抱え上げるのだってファリドからすれば、一苦労だ。そんなファリドの気など知らずグルゲスが雫を容易く抱えるのだから、内心忸怩たる思いだった。もしも守れなかったらと最悪が頭を過ぎる事がある。その度、何を考えているのかと蹴散らすように頭を振る。主である雫の精神の影響を受け、気弱になっているのかと己を知ったし、ファリドは前を進む。

 単純な迷路の攻略方法は壁に左手を付け、沿って歩くだけである。だが、それでは時間が掛かる為、勘に従って進む。運は悪いが、戦闘的な面においてファリドは“不運”ではない。一刻も早く、ハーガンの執事であるクロギオ・サヴァリッシュを捕まえなければならない。自分が居なくて、雫は困っているとファリドは確信している。他人を寄せ付けない、孤立する主の内面が心配で堪らない。どうせ余計なことをグルグルと考えて自己嫌悪に陥って、落ち込んでいるだけである。



    『雫の世界を広げた方が良いと思う』



 不意に、ハーガンの言葉を思い出す。

 ファリドとしては、ハーガンの言葉に一理あると納得することもある。だが、それはあくまでも、自分が“人間”であると仮定しての話である。自分が居なくなった後に雫が自活できるか、不安になる。だが、実際問題としてファリドは人形であり、破壊し尽くされなければ直せば良いだけである。離れる不安は、薄かった。そして、もう一つは、先程分かれたグルゲスが原因である。白鞘の人形の中で、誰よりも雫に依存しているのは真っ当に見えるグルゲスである。恋著、執着、その在り方を表現する言葉をファリドは持たない。他の人形遣いに里子に出しても直ぐに戻ってくる問題児である。物腰は柔らかだが、雫に関してだけは絶対に譲らない。雫の人形である事を存在理由としている。雫の従者として、養護者として決して口に出せないが、グルゲスは雫の影響を受けすぎているとファリドは思っている。創造されたのが丁度雫の失恋の時期であった。己を苛み、愛されたいという願望が具現化されたのがそれだ。だからこそ、グルゲスは苛烈に雫を、雫だけを愛する。実際、グルゲスの前後に創られた人形は多少の問題があるものの他の人形遣いと仮契約をしている。グルゲスだけが、異質だった。

「うちは問題児ばっかりだなぁ……」

 思わず口にしてファリドは太息を吐き出す。

 グルゲスは、柔和な容貌に反して短慮である。特に雫が関わると途端に言動が幼くなる。時間を共有しないことに苛立ちを感じ、錯乱をし始める。先程、声を掛けた時は正常であったが、そろそろ暴走するとファリドは踏んでいる。雫の声が聞ければ、少しは落ち着くだろうが、物理的な距離を縮める手だてはない。子供の癇癪に似ているが、その破壊力は子供と括るにはあまりにも乱暴だ。ファリドの立場を羨み、掠め取る算段があの穏やかな笑顔の裡にあるのを知っている。敗れたら、己が劣っていただけだ、とファリドは自分自身を諦めることが出来る。グルゲスが優れているのならば、雫の正式な“人形”になれば良いだけだ。だが、ファリドは譲るつもりはないし、負けるつもりもない。

「ああ、駄目だ。変なこと考えちまう」

 頭を振って、こんな余興に付き合う義務はないと思い至り、言葉通り血肉を持って生み出した長槍を手に収めると振り上げた。

 ガシャン、と目の前の鏡が砕け散る。

 先は未だ見えない。

「面倒だ、全部壊すか」

 なにが仕掛けられても、どうでも良い、とファリドは諦観し笑った。

 八つ当たりにしかならないと分かりながら、ファリドは穂先に力を込めて、膝を軽く曲げ身体を沈ませ、床を蹴り上げた。








 走る。

 螺旋階段を駆け上がる。

 息は既に、あがっている。

 比喩ではなく呼吸が止まりそうになる。

「はやく、はやく、ハヤク――」

 急く心を押し止める術など知らないかのように駆け上がりながら、グルゲスは声を漏らす。

「雫、会わなきゃ、俺っ――」

 

――壊れてしまう


 口に出せば現実になってしまう、とグルゲスは、唇をギュッと噛みしめる。一つ一つ精査をして、通り抜ければいいのに、それが出来ず暴れる感情の侭うでを振るう。平常であれば、グルゲスは細やかな点にも気付く人形である。

 破裂音が周囲に響き渡る。

 何を壊して通り抜けてきたかも分からない。

 手にしていた武器で当たり散らすように周囲を壊し尽くす。

 大理石は砕け散り、抉れた壁からは鉄筋が見え隠れてしている。

「はやく――」

 一秒でも早く、と焦慮に駆られてグルゲスは赤い絨毯を踏みしめる。既に、原形を留めていないバロック調の廊下は砂礫が舞っている。

 恫痛に蝕まれる。

 拉ぎ潰されるような痛みが胸に走る。

 患苦に心が支配される。

「やだっ、はやく、雫……しずく」

 壊れている、とグルゲスは頭の片隅で考えながらそれで良いと諦めを抱いている。

 変革は必要がない。

 雫は、今のグルゲスを受け入れている。

 他の人形遣いへと譲り渡さないのが、それを証明している。

 共依存だが、それでも幸せな現状を壊す理由はない。グルゲスには、雫が必要で、雫にはグルゲスという“絶対的に肯定をする”人形が必要である。誰を傷つけても雫を護る為の言色を困った子だ、とグルゲスの我が儘を受け入れる。その哀色が滲んだ双眸が、自分を直視していない事にグルゲスは目を閉じる。愛されていないとは認められない。認めてしまえば、グルゲスの存在理由は途端に希薄なものになってしまう。

 雫以外の、誰の影響も受けていない、とグルゲスは自分に言い聞かせる。見覚えのない男の影が頭を過ぎる。至上の主の無垢な心を退けた、男などグルゲスは知らない。グルゲスが創られた時には、既にその男は雫の傍らを離れていた。唯一、時折ファリドからの詰る言葉だけを拾い上げた。抱く感情は限りない隔意だけだ。知り得ないから、影響を受ける筈がない。

 グルゲスの“神”は雫だけある。

 護るのは命題である。

 破壊行為も凄惨な事件も、全て、雫を愛している、と言えば、何をしても受容される。形の見えない心を捧げても、あの小さな主は何も信じない。愛の証明を目に見える形でしなければ、雫は、怯えるだけで拒む。今は、雫の目に認識される“愛の形”がグルゲスのものだと言うだけだ。自分ではなくても、良いのだと、冷静な部分で察していても、縋り付く。

 グルゲスは、それ以外を知らない。

 それ以外に心が揺れ動かない。

 雫に必要とされている――それが全てだった。




 焦げ茶色の両開きのドアを、無理矢理抉じ開ける。

 蝶番がカラン、と音を立て床に転がり落ちる。

「っ……――」

 グルゲスは息を呑んだ。

 別段、数十メートルはある広いホールに、吹き抜けの天井に臆したわけではない。

 向かい側の遠くのドアの前に人影が二つ、あった。


「やれやれ、予定よりも遅かったな。“白鞘”の人形ともあろうものが珍しいな」


 高圧的なソプラノの声だった。

 鈍い金色の髪、同じくすんだ金色の目を併せ持つ少女の細い身体は真っ黒な膝丈ドレスに包まれていた。頭から爪先まで黒いレースをふんだんに使った――ゴシック調のその出で立ちは小さな身体に似つかわしかった。胸元と腰回りを鈍色の甲冑を身に纏い、少女は編み込みの手の込んだ真っ黒なブーツの踵を鳴らして、スカートを翻した。その立ち居振る舞いが、小さな身体という事を忘れさせる。戦闘態勢は整っているという様子で手にはその身長と同じ長さの大剣を握りしめている。刀身は灰色、柄は真っ赤でまるで呪われた、魔剣の類そのものであった。

「……随分と、ボロボロだな。その様子だと、仕掛けも解除せずに突っ走ってきたか。狗は何処までも狗だ」

 鼻で笑った少女――ヴィヴィエンはグルゲスを見遣り息衝く。

「ヴィヴィエン、空港でストライキあった事を考えたら、随分早いだろ」

 それまでグルゲスとヴィヴィエンの睨み合いを静観していた青年が躊躇いがちに口を挟む。

「っ――千歳、黙って下がっていろ。妾が全て、終わらせる」

 名を呼ばれた青年――津波木千歳は困惑したように眉根を寄せる。尊大に手を振り、ヴィヴィエンは千歳を背後に下がらせる。まるで、ヴィヴィエンが主、千歳が従だと思わせる振る舞いだが、真実は真逆であることを、知己であるグルゲスは否応なしに識っている。千歳は見た目通り、気の弱い青年である。だが、ヴィヴィエンはグルゲスと同じ“人形”だ。別段、仲が良いわけではない。グルゲスの、創造主である雫と顔見知りというだけの、人形遣いとその人形である。

「貴方達が、障害って、こと、ですか?」

 一組の主従に目を遣りグルゲスは確認をするように尋ねる。この場に居合わせているのだから、通りすがりだなんて言われても納得できるはずもなかった。

「如何にも。トリップス家の依頼を引き受けた。因みに出来高払いなので容赦するつもりはない」

 ビシッと指を突き付けて宣言をしたヴィヴィエンにいっそこぎみ良い、とグルゲスは口の端を上げた。手合いの相手に惑乱されたところでグルゲスは引くつもりはないが少しばかりばつが悪い。

「何しろ、最近は生活費に困っているところでな。あの食えぬ男に誘われて、来ただけだ。恨みはない。まぁ“白鞘”の人形の相手を出来るのは栄誉だが――出来れば、本物と手合わせしたかったな」

 ヴィヴィエンの侮るような言葉にグルゲスは一瞬、目の前が白くなる。

 雫の傍に侍る、グルゲスとファリドを比べるなというのが無理な話である。片や、稀代の人形師の遺作。片や、俊傑といえど、年若い人形師の“出来損ない”である。戦闘能力にも無論差がある。真っ向から、それを口にする者は居ないが、視線が、振る舞いが、グルゲスを品定めをする。その中でも、ヴィヴィエンはグルゲスを“不完全な人形”と誹る希な存在だ。

「貴方が、それを言いますか?」

 ヴィヴィエンの過去を知るグルゲスは知らず咎めるような口調で声を掛ける。

「確かに、妾も不出来。だが、妾には千歳が居る。正規の契約をし、侍ることを許されている。お前は何もかもが曖昧だ。その在り方も、核となる魂も全てが間違っている。創造主に懸想するなど、失敗作も同義なのに――廃棄しないとは、dominatorも壊れている」

 雫の萎縮する態度も、自己謙遜も卑屈さも、誰よりも否定するヴィヴィエンは、その能力は認めているのか、雫を“支配者”と呼ぶ。

「雫は、間違っていない。雫は、誰よりも正しい。だから、世間と衝突するだけです」

 少し控えめなところもあるが、雫は誰よりも正しい。

 間違いはしない。

「……お前達が甘やかすから、あのまま成長しないんだろう。世間の荒波に放り込めば、何とかなるだろう。助長はお前達の過保護さだろう」

 放置すればなんとかなるのではないか、と別段、軫憂ではなく感想を漏らしたヴィヴィエンにグルゲスは嗟悼するように掉頭した。

「間違って、ます。世界は、きたない、から、駄目です」

 グルゲスの掠れた声と、淀む眸睛にヴィヴィエンは、おや、と片眉を上げる。

 まずい兆候である。

 それでも、ヴィヴィエンの口は止まらない。普段から言いたいことは山ほどあった。良い機会だった。常ならば、誰か他の存在が介入する。追いつめるようなこと言えば、止めに入られる。

 背後で、マスターである千歳がオドオドとしているのなど気に留める余裕もなかった。

「お前が居なくても、dominatorは生きていけるだろうよ。必要なのは、愛してくれる存在だ。“お前”が必要なんじゃない」

「知っています。でも、俺は雫が居なきゃ、駄目。雫も、俺を必要としてくれてる。雫を受け入れない世界が間違っている、しずくは、正しい。俺は、雫を、護らなきゃ、だって、俺が居なきゃ、雫は泣く。しずくに、必要とされない、俺には意味はない。俺は、意識して雫を好きなんじゃない。そう、創られたんじゃない。俺は、自分の意思で、雫を選んで、しずくじゃ、なきゃ、だめ、俺にはしずく、しか、いない」

 青緑色の双眸が途端に淀み、朱色へと変化する。

 錯乱する、予兆だ。

 何が起きるか、そんなこと考慮する余地もなく、ヴィヴィエンはきつく噛みしめた唇を解く。何故がこんなにも雫とグルゲスの関係に苛立つのか、ヴィヴィエン自身も分かっていない。生理的に好かない、と言うのが結論である。有為に思うことはある。だが、自分の身を犠牲にしてまで尽力しようとは到底思わない。ただ、過去の自分を少しだけ投影しているのは分かっていた。決して、手に入らない月に手を伸ばして欲しがる子供だ。それを、ヴィヴィエンは疾うの昔に諦めた。だからこそ、固執するグルゲスが腹立って仕方がない。



「お前は、あの男の代わりだろう!!」



 幻想に縋り付く愚かさを誰よりも知っているヴィヴィエンは叫んでいた。

「違う違うっ、ちがうっ!!」

 悲痛な叫びと共に、一瞬で、目の前から消えたグルゲスに、しくじったとヴィヴィエンは慌てて剣を構えた。

「ヴィヴィエン!!」

 千歳の声と同時に、剣に重さがかかる。それは、軽い手合わせとは違い、殺しに掛かる勢いである。

 一瞬、見えた、眼精が光彩を喪い純度の高い暴力だけを宿していた。

 踵に力を込めて、ヴィヴィエンは後退を防ぐ。

「大丈夫だ。少し、挑発しすぎただけだ」

 軽口を叩くが、剣を通して腕に伝う衝撃は想像以上であった。

 重い、一撃である。

 撃鉄をいつの間にか、引いていた。

 グルゲスにとって、雫と、雫を追いつめた魔術師は禁句だ。雫が、本当は誰を求めているのか、泣き出した少女の願いは周囲にいれば誰だって分かっている。それは、叶えられない望みだ。真に、叶えることは出来る存在は、既に居ない。ひび割れ壊れた心の隙間を違うもので埋めようとするからこそ雫はおかしいのだ。

 剣筋が見えないことにヴィヴィエンは隠し立てもしない殺気だけで一撃を受け止める。武器は人形によって違う。形を選ぶことはあるが、本質的には人形の魂の片鱗である。魔力を纏わせて、硬度を保つ。だからこそ壊れ、砕ける事がない。

 踏み込まれ、大剣で防ぎヴィヴィエンが薙ぎ払った途端、グルゲスの左手にあった細身の剣が砕け散る。

 通常なら、あり得ないことだがヴィヴィエンは虚を衝かれることもないし、グルゲスも気にした素振りもなく、次の得物を手にする。

「相変わらず、卦体な男だ」

 これが、ヴィヴィエンがグルゲスを警戒する最大の理由である。人形と武器自身に相性がある。ヴィヴィエンであれば、身の程の大剣を扱う。それはヴィヴィエンの魂そのものを示すものであり、言葉通り血肉を持って創られる武器である。決して、うち捨てながら使うものではない。複数の武器を持って戦う人形も希ではないが、誰しも主たる武器がある。後生大事に抱えるそれを、グルゲスは持っていない。つまりは、個が確立していないことを示していた。

 ヴィヴィエンから距離を取った、グルゲスの足元を中心に床が、凍り始める。心做し、空気が冷えていく。

「千歳、もう少し離れていろ」

 グルゲスの間合いは変則的で護りにくい、と慌てて主へと声を掛けるもヴィヴィエンはグルゲスから目を離さない。

 離してしまえば、敗北を意味していた。

「――いかなきゃ、はやく、はやく、しずく」

 あえかな声を拾い上げヴィヴィアンは咄嗟に、逃走経路を片目確認をする。目の前のものが動きを止めるまでグルゲスの暴走は止まらない。打ち合うことも出来るが、今のヴィヴィエンには護るべき主が居る。最優先すべきは千歳の安全確保であり、討ち果たすことではない。

 ヒュッと音と共にグルゲスの姿が消え、ヴィヴィエンは柄を掴む両手に力を込める。目の端を掠めた武器は、刀身と柄が一体構造のハルペーである。湾曲した刃は文字通り、首を狩ることに優れている。思えば、グルゲスは、曲線を描く刃の武器を好んで使っている。相手の首を狩る嗜虐が性質だというのならば、グルゲスの創造主である雫の中身など、考える迄もなく酷烈だ。人形は創った人形師に何処かしら酷似する。ヴィヴィエンは、グルゲスと雫の人に決して見せない惨虐を同質のものと理解している。二人とも、他者から見える己の存在を偽り、本心を欠片も見せようとはしない。だから、胡散臭いのだ。

「っ、ぜんぶ、壊さなきゃ」

 その破壊衝動は、果たしてグルゲスのものか、それとも雫の感情か、もしかしたら両方だったのかもしれない。

「くそっ、重いぞ、たわけ」

 体重を掛ける攻撃にヴィヴィエンの片足が、一歩、引き摺られるように後ろへ擦る。距離を詰められてはいけない、とヴィヴィエンは膂力だけで押し返すも、体力差で吹き飛ばされる。床に身体を打ち付けるも、手から大剣は決して放さない。直ぐさま、迎撃態勢をとるも、既にグルゲスはハルペーを振り仰いでいる。それが、その武器の限度だと察した、ヴィヴィエンは大剣に力を込める。黒い靄を束にし、床を走らせる。迸る闇は丁度二人の中間地点で死を纏う藤鼠色の光と衝突する。

 互いの属性は、陰陽ならば、陰である。

 音と共に、床がめくれ、波打つ。

 砂礫が舞い、靄に視界が覆われ、ヴィヴィエンは気配を気にしながら、唐突に距離を詰めたグルゲスに気付く。

 空いていた手に見えたのは長柄の先に鎌を付けた薙鎌である。しくじった、とヴィヴィエンが驚愕を容にのせた時は既に首を刈り取られる距離まで詰められていた。

 振りかぶった、グルゲスは嗤った。

 それは、勝利故ではない。



――ああ、壊れている



 ぼんやりと、頭の片隅で考えたヴィヴィエンは次の瞬間大剣で防ぐことを諦める。このままでは、首を切り落とされる、と咄嗟にヴィヴィエンは片腕を切り落とされた方がマシだ、と体を捻った。



 ぴしゃり、音と共に血が跳ねる。


 ぽた、ぽた、と鮮やかな赤が床に広がる。


 胸から生えた刃――否、背後から刃に貫かれたグルゲスは機能を停止したように目蓋を下ろし、正気を保とうとしているのか口はきつく結ばれ、端からは血が流れ落ちている。鎖を打ち付ける金属音と共にグルゲスの体はいとも容易く宙に浮かせられ、そして、壁へぶつかり、地面へ叩き付けられる。

 衝撃が地面を通じて、千歳やヴィヴィエンにも届く。

「なっ――」

 驚いたように声を漏らした千歳の傍にヴィヴィエンは一瞬で間合いを詰め、庇うように前に立つ。


「拙宅の駄犬が迷惑を掛けたようで申し訳ない」


 三人しかいなかった空間に、闖入者の声が響き渡った。

「ふっ、容赦ないな」

 漸く緊張から口元を緩めたヴィヴィエンは呆れるように告げた。

 グルゲスを刺し貫いた刃の持ち主は、そのグルゲスと同じ人形師に仕える、ファリドだった。

「事実だからな、怪我はないな」

「うむ。だが、その暴走癖はどうにかしないといかんだろう」

 物腰柔らかで丁寧な反面、グルゲスの感情の振り幅は大きい。ただ、それが雫に関してのみに適応されるだけであって、客観的に判断すれば癇癪起こした子供でしかない。

「そう言われても、精神面の不安定さは随一なもんでな。今更、矯正など無理な話だ」

 首を竦め、出来ない相談だ、とファリドは軽口を叩く。ヴィヴィエンも別段真剣に提議しているつもりはないが、口を衝いて出たのは相変わらずの言葉だった。

「いい加減、他の人形師と契ればいいものを」

「そういうお前も、大事な主から他の主に鞍替え勧められて受け入れられるか?」

「断固断る。妾には、我が主がいる」

 胸を張って、従者であると言えるとヴィヴィエンはファリドの言葉を退ける。

「そういうことだ。この馬鹿にも、雫しかいないんだよ」

「ふむ、不健康極まりないな。いっそのこと、成就でもさせたらどうだ?」

 人形師が複数の人形を保持するのは珍しくはない事だろう、と暗に尋ねればファリドは渋い顔をして首を振る。

「……雫に負担がかかる。雫は人形遣いじゃなくて、人形師だ。余計な魔力を消費させるなんて問題外だ」

「――かと言って、自分が譲るつもりもない、と」

「当然のことだ」

 ファリドが雫の正規の護衛を止めれば空いた席にグルゲスがなんの障害もなく座ることが出来るが、ファリドは譲り合いの精神など持ち合わせては居ない。

「弱い奴に雫を預けるつもりはない」

 このままでは平行線になる、とヴィヴィエンは胸の中に言葉を留め、機動停止したように倒れているグルゲスに目を向けた。

「……あれは、良いのか?」

「ああ。そろそろ暴走しそうだったから発散させてくれたことは感謝する。なんなら手合わせをするか?」

 最初から誰が居てもグルゲスの相手をさせるつもりだったのか、とヴィヴィエンは察すると目の前の少年の狡猾さに舌を巻く。

「いらん。興が削がれた。さっさと通れ」

 ドアを爪先で軽く叩いたヴィヴィエンにファリドは小さく笑った。

「さて、それでは先を急がせてもらおう」

 余裕の表情でドアに手を掛けたファリドに釈然としないものを感じながらもヴィヴィエンは大人しく道を空けてやる。

「あいつは、どうすれば良い?」

「暫く転がしておけ。どうせ傷跡が塞がって意識が戻ったら追いかけてくる」

 同門の人形に対する態度とは思えないファリドの言葉にヴィヴィエンは顔を強ばらせるが、やおら眉根を解く。

「まぁ、勝手にするが良い。妾は、千歳が無事ならば、なんでも良い」

 呆気なくグルゲスを放置し手先を進んだファリドの背を見送ると、大剣を一瞬で消失させて、ヴィヴィエンは呆然としている千歳に身体を振り向かせる。

「千歳、大事ないな」

「俺よりも、ヴィヴィエンの方が問題だよ」

 所々服は擦り切れ、擦過傷も出来ている。“人形”の様な整った顔立ちに朱線が走るのは痛ましかった。

「っ……本当、千歳は甘い」

 人形は盾であり剣なのだから多少の傷など主は気にする必要もない。そうヴィヴィエンも教え込まされてきたし、そう在るべきだと考えている。今は少し、主の甘さに絆されているだけだ。己の武器に愛着を持つのは当然だが、過度に心を傾けるのは危険である。

「この程度何でもない。それよりも、腹が空いた」

 暗に手料理が食べたい、と要求するヴィヴィエンに千歳は朗色を容に滲ませた。







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