5.いちばんの男
ケチが働いた簡易スコーンは、かえってそれが予算や時間短縮など多くの利点がある、と舞子さんから合格点をいただいた。
文化祭では、拳分の大きさを半分にして提供すること、付け合わせのジャムや蜂蜜は再度検討することに決まった。
「ええっ!無理です」
響は先程から首を横に降り続けている。
「お願い、響ちゃん。今日は生徒会の打ち合わせがあって、どうしても行けないのよ」
美しい顔が困ると罪悪感が増す。響は、舞子の代役として文化祭実行委員会議に出席してほしいと懇願されていた。
「だって、そんな私、舞子さんみたいに上手く喋れないもん」
「今日は何のメニューにするか言うだけなの!緒方くんもいるし」
それが大問題なのだ!!
「いや、緒方くんに迷惑かけたくないし、それなら緒方くんだけで、ね?」
響は必死に説得した。しかしクラッシャー舞子は更に上をいく。
「なんだ、そんなこと。緒方くーん」
待て待て待て!!
という心の叫びが聞こえるはずはなく。
「なにー?舞子さん」
「今日このあと会議よ、サボらないでね!私の代わりに響ちゃんに行ってもらうからよろしく」
「えっ?天谷ちゃんが?」
「迷惑じゃないわよね?」
「なんで?勿論」
白い歯を見せられ、響は気絶しそうになった。
「ほら!じゃあお願いね」
舞子さんは、ウィンクをしながら響の頭を撫でて嵐のように去って行った。
「天谷ちゃんのスコーンマジで美味かったよ」
「あ、ありがとう」
結局響はガチガチのまま会議に出ることになった。
「最近の天谷ちゃんは謎が多いからな~」
ニヤッと笑って、緒方も小さい子をあやすように頭を撫でた。鼻血が出そうになったのは言うまでもない。芸能人顔負けの笑顔が目の前にある。…響は面食いなのかもしれない。
「あっ準だ~」
「おーリナちゃん」
「なんでいんのー」
「俺、実行委員!」
「うっそ、マジウケる」
暁を成長させたようなキラキラの女子が笑った。響にはどこが笑いどころなのか分からず、席に座る。その後も緒方はたくさんの女子に話しかけられ、遊ぶ約束をしていた。
「ごめんね、天谷ちゃん」
ようやく落ち着いて、緒方が響の隣に腰かけた。
「ううん!緒方くん人気者だね」
「えー?どこが?」
「たくさん声かけられてるし、遊ぶ約束とか…」
「あー、じゃ今度俺らも遊ぼっか♪」
マジで!!!
驚きすぎて言葉が出なかった。それを否定に取ったらしい緒方は、
「あ、彼氏に怒られちゃうか」
と言ってきたので、激しく首をふった。
「えっなに?ど、どーした。虫?虫でも耳に入った?」
尋常じゃない響の反応に緒方は二、三歩下がった。
「ちっち違う!昨日のは弟だし、慎は幼馴染なのっ」
響はここ最近で一番の勇気を振り絞った。空気を求めてゼィゼィ肩を揺らす。
「ははは!顔真っ赤。可愛いなぁ」
うわーーー!!
生まれてきて良かった!
見えない涙を流し喜びに震えてると扉が開いてどんどん人が集まってきた。
「あっ!!」
響の右隣りに座った男性が大声を出した。驚いて思わず顔を上げる。
「肉の人!」
「………!」
―な、なんでここに!
あの、『スーパーいちばん』の若い店員が制服を着ていたのだ。
「知り合い?」
緒方が響の顔を覗いてくる。長い睫毛が見える距離に懲りずに赤面しつつ首をふる。
「またまたぁ!俺が運んだんですよー」
店員は肘鉄を食らわせてきた。大きい体格差のスキンシップに思わずよろける。
「オイーもうちょい優しくして少年」
「少年?」
「その上履き1年だろ?」
「うっす!那須です」
「年下ぁ!?」
見えない。体格も良いし上背もある。店員のイメージが強いからか、清潔感のある額が見えるほどの短髪は、スポーツマンと言うより社会人のような貫禄が窺える。
「何すか、そら老け顔ですけどー」
「ごっごめんね」
「いえいえ。お得意様ですから」
にこっと微笑まれ、響は慌てて那須の口を押さえた。
「ちょちょちょ、やめて」
「お得意様?やっぱ知り合いなんだ」
「この間ね、たまたま転んじゃったのを介抱してもらったの」
「スゲーでかいおばちゃんに押し潰されちゃって…」
那須は言うなり爆笑しだした。どうも笑い上戸なようだ。響はそんな情けない自分を緒方に知られたくなくて、大きい体に何度も肘鉄を返した。