表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/46

38.すれ違い、その心は

響の回復はめざましかった。

慎一が呆れるくらい、翌日からは大量の洗濯を済ませた。


珠美から聞いた、(さとい)の学費も手早く納め、間に入ってくれた親友に礼を言うと

「あんた、那須くんにお礼したの?」

と怪訝な目を向けられた。

「うわ!すっかり忘れてた。そうだ、何でか送ってもらったんだ」

バタバタして記憶が曖昧だった。

「『何でか』は、いらない!」

それがあると、何かもう後輩が不憫すぎる。

「お礼ねぇ…。私、家事しかできないんだけど」

「何が良いかは本人に聞きなさい」


…と言うことで、響は那須の教室まで出向いた。

彼の体格の良さは群を抜いているようで、すぐ見つけられた。女子の荷物運びを手伝ったりとなかなか好青年のようだ。

「ありがとー那須っち。ジュース奢る!」

「マジ?やりー!アンパンつけて」

「調子乗んなー」

同級生に囲まれた彼を見るのは初めてだった。響の知る那須より、随分テンションが高く可愛らしい。

そのうち、廊下に佇む響に気付いた那須が目を見開いて駆け寄ってきた。

「ひ、響さん!もう治ったのかよ」

「うん!その節はお世話になりました」

「えらい老けた感謝の仕方だな」

「うるさいな。まぁいいや、何かお礼したいんだよね。アンパン買おうか」

響がからかうと、見てたのかよ、と不機嫌になる。

「ごめんごめん。何が良い?ステーキくらいならご馳走しちゃうよ」

「太っ腹だなー。別にいいのに」

「遠慮しないの。何でもいいよ?」

「うーん…。え?『何でも』?」

「私にできること、でね」

急に那須が固まった。響を凝視したまま、必死に考えを巡らせているようだ。その様子を見て、響は不安になってきた。流石に払える額と言うのがある。でも言い出した手前、取り消すのは失礼だ。恐る恐る那須を見上げてしまう。

「な、何?」

視線を感じた那須が、うろたえ出した。赤くなったり青くなったり忙しい。

「あのう…できれば常識の範囲内で…」

「いや、下心とか別に」

二人の声が同時に重なった。

「え?」

聞き取れなくて響が訊ねると、

「え?」

と那須も繰り返した。…前にもなかったか、こんなこと。

「…何でもない」

那須が大きく咳払いをした。

「今度の日曜、デー…出かけない?」


勿論、響はまた聞き直した。





教室に戻ろうと廊下を歩いていると、駆け出してきた生徒とぶつかった。

「わっ!」

「ごめ…」

細い肩が目立つ、高田麻由だった。

「あ、高田さん」

驚く響をよそに、麻由は罰の悪そうな顔して走り去っていく。急いでいるのかそのまま振り返ることはなかった。


響が足を進めて玄関口を通ったとき、

「何なのこれは!」

と怒号が聞こえた。学年主任を中心に生徒達で人だかりが出来ている。その中に、緒方や麻由の取り巻きであるミホ達もいた。

「未成年がタバコを吸うのは法律違反なのよ!誰の物なのか言いなさい」

相当頭にきているのか、血走った目で叫び倒していた。手には握り潰したタバコの箱がある。

「私がここを通ったとき、あなた地べたに座ってたわね」

教師はミホを指差して言った。

「は?あたしじゃねーし」

「他に誰か一緒だったでしょ」

「…マユがいたけど」

ミホは目を逸らして呟いた。隣にいるミホそっくりな生徒が舌打ちをする。

「もう、マユなんじゃん?最近荒れちゃって面倒臭いし。もう付き合ってらんない」

「マユ…?高田さん?」

それを聞いた教師がすぐ反応する。

「彼女ね。全く…あなた達はいつまでもチャラチャラした格好して。そんな格好の何がいいの?恥を知りなさい」

鼻を鳴らして、風紀にうるさい彼女はそのまま説教を始めた。どうやら話は麻由が犯人と決めつけて終わろうとしている。


響の心はざわついて、思わず緒方の袖を引っ張った。

「緒方くん、高田さんなの?」

「さぁ?俺も途中から来たから分かんない」

「だって高田さんのこと知ってるでしよ?そんなことしないって言ったら」

緒方は返事をせず、肩を竦めて柔らかい笑みを浮かべた。それに言いようのない苛立ちを覚える。


「馬鹿みたいに髪を明るくして。学生なんだから、学生らしくしなさい!疑われたって仕方ないんだから」

「髪とタバコ関係ねーから」

「そうですよ」


口論に違う声が混ざり、視線が一斉にそちらを向いた。

「な、何?あなた…天谷さん」

「髪が茶色いから?そんなの、他の人にもいるじゃないですか。ほら緒方くんだって」

「はっ⁉」

突然名を出された緒方が、度肝を抜かれたように格好を崩した。周りの視線もそれに倣い、一気に緒方に集まる。

「先生の言う、『茶髪がタバコを吸う』なら彼もそうですよ」

「ち、ちょっと天谷ちゃん」

「どうなんですか。これはいいんですか」

「これって…」

緒方が呆然とした顔で立ち尽くしている。響の言い分にまともな返答が見当たらない教師は、顔を引き攣らせて何度も口を開け閉めした。


「須藤先生、どうされました」

「い、泉先生」

後ろから冷たい声がかかる。泉が通りがかったようだ。蒼白だった教師がホッと息をつき、泉にくどくど状況を訴えだした。

「近頃の生徒たちは制服一つさえまともに着れなくて、それを注意したら屁理屈まで言われちゃって」

どうやら響のことらしい。それを証拠に、学年主任の須藤はチラチラと響を睨みつけてきた。

図星だったくせに、と周りの生徒から声が上がった。響も口には出さずとも不満に思い、思わず泉を見つめる。泉は厳しいが、どの場面も公平に見る教師だ。何となく味方してくれる気がしていた。

「屁理屈ですか」

「そう、口の利き方がなってないの、天谷さん。私は本来守るべき校則を言ったまでで」

ついに名指しされ、泉がこちらを見た。

しかし、その瞳は今までに見たことがないほど冷たく、思わず息を呑む。


「まあ、煙草の件は無視できませんね。こうやって現物がある訳ですし」

「え?ええ、そうね。勿論、許されないわ」

響に八つ当たりした件はスルーされ、須藤は慌てて取り繕った。

「早急に荷物検査をしましょう。対策は早い方が良い」

「それはいいわ!教頭先生に許可を頂きましょう」

言うなり彼女は職員室に駆けて行った。

「もう昼休みは終わりでしょう、早く教室へ戻りなさい」

泉は残った生徒たちに鋭く言い放つ。

「―それから天谷さん。口の利き方には気をつけなさい」

今度は響を見もしなかった。そのまま背を向けて去って行く。

「……………」

響は言葉もなく、チャイムが聞こえるまでその場に立ち尽くしていた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ