表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/46

36.信じる?信じない?(7)

更新遅くなりました。待っていてくれた方すみません。これでこのシリーズは終わりです。

―暁は震える手を握り締めた。

「すいません、これ、盗みました。お金払います」

いらっしゃいませ、と口にしかけた店員は、たっぷり30秒は暁を見つめた。

「えっと…返品ですか?」

「いや、万引、きです」

喉が引きつって変な声になる。その単語には馴染み深いのだろう、店員は一気に険しい表情になった。


―ケーサツ、に行くのかな


一気に不安が煽る。姉は見捨てずに迎えに来てくれるだろうか。ても逃げちゃいけない。これで終わらす為にも。



暁は、萌たちと良く訪れるアクセサリーショップに来ていた。自宅から電車を乗り継いで20分のところにある、都心の大きいファッションビル。

鞄の奥底で、充電が切れたケータイに何十回と着信が残っているなんて、気付ける余裕はなかった。


「ちょっと裏で、話し聞かせてもらえます?」

悪いことをしたら謝る―それ以外に償いの方法を知らない暁は、頷いた。店員は余計な仕事が増えて面倒臭そうに、眉間にシワを寄せて、足を進めた。


「ああ!暁!」

叫び声に振り返ると

「探したんだぞ!何てことを…!」

長兄の恵が大声で嘆いていた。着ているカッターシャツは乱れ、濡れた天パはうねって酷いことになっている。白々しいほどのうさん臭さに暁は硬直した。

「この子の兄です。店員さん、本当にすみません。こいつ最近苛められてるらしくて…」

「はぁ?何言ってんの」

「暁、強がるな。もう無理しなくていいんだ」

そして恵は一転して神妙な顔つきをする。

「理由はあれど、犯罪です。本当に…何とお詫びをすれば…。母子家庭で転校が多く、やっと腰をおろせたんです」

「そ、そうですか」

「それなのに…っ!そんなことやらされて…何やってんだよ!相談もなく…俺はたった一人の兄貴なんだぞ!」

恵は胸が張り裂けんばかりに叫び、声を詰まらせた。あまりの剣幕に暁は逃げたくなった。何だこの兄は。本当に頭がイカれたか?


「…お兄さん、もういいですよ」

驚くことに店員は目を潤ませて、暁を見ていた。

「え?」

「妹さんもこうやって謝りにきてくれたし。あなた、良いお兄さんを持ったのね」

ぐすっと鼻を鳴らして、涙を拭う。恵は暁の頭を掴んで下げた。

「…本当にお騒がせしました。申し訳ありません」

いつになく固い声に、暁も並んで謝罪を口にした。


支払いを済ませ店を出る。雨はもう止んでいた。


「あともう1件行くぞ」

「えっ…まさか同じことやんの?」

下手くそな芝居を思い出しゾッとする。

「馬鹿が!謝って済むほど甘くないんだよ。そんな騒ぎをお前は起こしたワケ。友達守るのもいいけど、まず家族に相談しろ!」

恵は本気で暁の頭をはたいた。バシッと鋭い衝撃のあとにじわじわ腫れるような鈍痛が広がる。

「い、痛い…」

「俺も痛いわ!馬鹿野郎」

恵の暴言が何故か優しく聞こえて、暁は声を上げて泣いた。その背中を恵は黙って撫でる。憎まれ口しかきかない兄でも、心底心配してくれたのが分かった。それはきっと、慧も哉も。

「落ち着いたか?」

泣き止むのを待って、恵が言う。

「響ちゃんに電話するぞ。心配で死んでるかも」

冗談にもとれない言葉に暁は蒼白した。自惚れではなく、姉は一番に自分を思ってくれている。そんな姉がどれだけ心配しているか想像に震えた。


「…響ちゃん。…ごめん」

『あきら』

全身で安堵したような吐息が聞こえた。枯れ果てたと思った涙がまた零れていく。それを不機嫌そうな顔で恵は見守っていた。

「早く済ませて帰るぞ」

電話が終わると恵は早足で歩き出した。腹が減ってるんだ、と文句を呟きながら。その背中を追いかけて、暁は急に家を恋しく思った。





明けない夜はないと言うが、天谷家に(せわ)しない朝はない。


翌朝―

「どけ!鼻たれガキは洗面所使うな」

「うるっさいな、天パは諦めろよ。何しても変わんないっつーの」

「もー、恵ちゃんも暁も邪魔!今日は私も急がなきゃ行けないの」


寝不足のためイライラしている慧も加わり、朝の洗面所争奪戦がいつにも増して騒がしい。哉は既に半分寝ながら家を出て行ったが、あれで朝練が出来るのだろうか。

ぎゃあぎゃあと耳に痛い騒ぎをBGMにしながら、響は目を細めて洗い物に専念した。

「「「響ちゃーん!!」」」

いや、とてもBGMにはならなかった。


「今日はね、モエと話してくるけど、絶対家でご飯食べるから」

暁がモゴモゴと言ってきた。

「行ってらっしゃい」

照れくさいのだろう。そんな妹をからかわないように、響は微笑んだ。

昨日萌が持ってきた大量のアクセサリーを、暁は学校に持って行った。あの癖のある母娘の確執がすぐなくなるとは思えないが、諦めるつもりはない。

自分に出来ることをしようと響は決心した。それだけでも一歩前進だ。


昨夜は日付が変わる頃に夕飯を食べたので、片付けは朝に回すことにした。その所為で響はとっくに遅刻になったが、慌てて急いでもどうにも体が言うことを聞かない。昨日走り回った筋肉痛だろうか。


授業が始まり静まった廊下から声が聞こえた。

「マユ、だいじょぶ?あの女マジムカつくね」

「いくらなんでもアレはないっしょー。マユの勘違いだよ」

知った名前に思わず聞き耳を立ててしまう。

「万が一準が声かけたっても、絶対気まぐれだって」

「うちらマユと準のカップル超お似合いだと思ってるんだから」

とめどなく続く慰めの言葉に、ぴしゃりと声が被さった。

「―ミホ、煙草ちょうだい」

響は思わず足を止めた。この声は間違いなく高田麻由だ。まさか校内で、と疑うがカチッと言うライターの音や息を吐き出す声に、響は飛びかかった。

「ちょっと!何してるの?」

下駄箱裏の影で、麻由と取り巻き4人が座り込んでいた。突然の叫び声に驚いて固まっている。

「な、何だ。先生かと…てか何だよ、お前」

「うるせぇな、天谷。うざいから消えて」

ぎゃあぎゃあ言う罵声を響は無視して、麻由の持つ煙草をひったくった。

「赤ちゃんがいたらどうするの?」

麻由は目を見開き、周りのギャルは手を叩いて爆笑し始めた。

「何こいつ、ホント頭古い」

「バカじゃないのー。天谷サン赤ちゃんの作り方知ってますかぁ」

一人のセリフにまた爆笑の渦がまく。唯一人、麻由は響を睨み口を開いた。

「いる訳ないでしょ」

「ちゃんと病院行った?一人の体じゃないんだよ」

「うるさいっ」

麻由の振り上げた手が響の頬を直撃した。衝撃に立ちくらみ何とか踏みとどまる。

「何で準はこんな女が好きなの…」

そのあまりにも小さい声に響は耳を疑った。聞き返そうにも唐突すぎて、頭が麻痺している。

―緒方くんが、私を?

どこをどう見ればそんなことになるのだ。しかし麻由達はどうもそれに固執しているようで、響には訳が分からない。言葉に詰まる響をつまらなそうに一瞥して、「カラオケ行こー」と連中は去って行った。


取り残された響は、足取り重く教室に向かった。何とか1限をやり過ごし、頭が重く上がらないことに気付いた。力なく机に突っ伏す。

「天谷ちゃん、顔赤くない?」

緒方に声をかけられ、顔を上げる。

「具合悪いんじゃねぇ?」

目に映る緒方が揺れて、ああ自分は具合が悪いのかと思い立った。

「ありがとう、保健室に行ってくる」

「俺、一緒に行こうか?」

首を横に振る前に、珠美が鬼のような形相で二人の間に入った。

「ちょっと、響に何の用」

「珠ちゃん、私保健室行くね」

次の授業はすぐ始まってしまう。珠美の心配を振りきって、響はふらつく体を引きずった。


熱を計ると38度もあった。先生から解熱剤を飲んで、一休みするように言われる。ベッドに入るとすぐ眠気が襲ってきた。しばらく眠っていたのだろうか、再び目を開けたとき体の節々が酷く痛んだ。

「響さん」

「え?那須くん」

那須が微笑んで響を覗いていた。

「もう昼だよ」

その言葉に思わず起き上ろうとするが、那須の手に制された。

「無理すんなよ、俺送ってくから」

「そんな、いいよ」


何故ここに那須がいるのかも分からないのに、そんな申し出に乗る訳にはいかない。

「あと2時間寝れる?一緒に帰ろう」

後ろからそうしてもらいなさいよ、と先生の声も聞こえる。

「これスープ。これだけでも飲んでさ、また寝といてよ」

「でも那須くんに迷惑が…」

恵にも以前指摘された。世話焼きの後輩に甘えすぎるのも良くないだろう。回らない頭で考える間に、半ば強引にカップスープを口に入れられ、ご丁寧にまた布団をかぶせられた。


「はい、おやすみ」

いつも弟妹達にしている看病をされてると思うと奇妙な感じだ。ぼぉっと那須を見上げていると、顔を逸らされ代わりに大きな手が頭を撫でた。火照った額の熱を吸い取ってくれるようで気持ち良い。

「自分で帰れるからね」

言いながら瞼が下がってくる。朦朧とした意識の中で、

「好きな子が倒れてんのに一人で帰せないだろ」

と呟く声が聞こえた。


また、それ。

変なの。今日は皆変なことばっかり言う…



響は深い眠りに落ちていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ