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34.信じる?信じない?(5)

シン、と物音もしない様子に痺れを切らし、響は頭を上げた。

當間(とうま)は口を半開きに固まっていた。しかし響の視線に気付いたのか、戸惑いながらも非難の言葉を口に乗せる。


「あ、呆れた。何て人達なの。ご両親の教育が間違ってるとしか言えないわ」

尻すぼみの弱々しい声を、響は甘んじて受ける。

本当は腹が立つ。当然だ。でも『暁の保護者』として来た今、感情のままに動いてはいけない。今後の妹の生活を考えるのが優先だ。


「ねぇ、帰っていい?」

飽き飽きとした表情を隠しもせず、萌が言う。

「萌、二度とあんな子と関わらないで」

「アンタが指図すんなよ」


「―ちょっと、その言い方はないでしょう」

響は無意識に口を挟んでいた。さっきから目も合わさず、一方的に喋る母と娘。会話の意味を分かっていないのか?不自然極まりない親子に、つい口が出る。

「は?」

「あなたのこと心配して学校に来たんだよ」

「頼んでないし」

「なら尚更じゃない。暁は意地っ張りだけどありがとうが言えない子じゃない」

「うるさいな。アンタに関係ある?」

「暁の友達でしょ?いつも遊んでくれてるよね。暁、すごく楽しそうだもん。仲良くしてくれてありがとう」


響は思い出した。暁と二人で買い物に行ったとき、声を掛けてきたのがこの萌だった。あの後、喫茶店で目を輝かせながら友人の話を聞かされた。今だって険悪ではあるが、妹はストレートに感情をぶつけている。それくらい萌が暁に影響しているのは分かった。


「―ばかじゃない?」

萌が、顔を歪めた。

「アキラのカバンから、ネックレス出てきたでしょ?」

突然の話しに響は目を見開いた。

「あ、あと口紅?アキラがお姉ちゃんに似合うってさー、フツー妹が気ぃ使う?ダッサ!マジ有り得ない。ぐずぐずしてるから、入れちゃった」

カバンに、と長い髪を触って言う。

「な、なに…?」

呟いたのは母親だった。

「万引き。あたし万引きしたの」


自慢気に言う言葉は、やけに響いた。

「な…何をバカなこと言ってるの。あの暁って子にされたんでしょ、ね?」

「アキラは嘘ついてませーん。あたしは自分から転んだの。確かにお姉ちゃんのことバカにして階段で揉めたけど」

「萌、やめなさい」

「ハハハ!ねぇ、アキラのことだから何も聞いてないでしょ。お姉ちゃんに口紅見つかったって言ってきたもん」

「萌っ」

「でも、『響ちゃんは私のこと信じてくれるから』ってうるさいから試したワケ」

萌はペラペラと壊れたロボットのようにまくし立てる。こんなに良く喋るのかと言葉を失っていると、汚れた目で笑った。

「残〜念。お姉ちゃん、アキラのこと叩いちゃったねー。あたしが悪者なのに叩かれ損!可哀相なアキラー」

アハハと萌は高笑いし出した。

「萌、萌。嘘でしょう?万引きなんて、お母さん知らないわ。あなたの妄想でしょ?」

「うっせーババァ!」


―バシン!


響は萌の頬を叩いた。


「な…っ何すんだよ!」

「そんなことで、悪者になってどうするの!?そんなことで怪我して友達巻き込んで、お母さんけなして。それでもあなたを見捨てない人の気持ち、踏みにじってどうするの!?」

息もつかぬ剣幕で、響は叫んだ。

「ああ、あなた…何を、」

當間がオロオロと落ち着き無く彷徨う。

萌は真っ赤になって呆然としていた。段々と目に涙が浮かんでくる。その涙を見ると、知らずに言葉が出た。

「私は…暁を信じ切れなかった。暁は言ってたのに…」

―『今は言えない』と。


後から話すつもりだったのだろう。幼い葛藤を分かってやれなかった。口に出した言葉は何倍にも重く響にのしかかった。

さっき、自分は妹に何をしたのだろう。問いかけては血の気が引いていく。でも、一番泣きたいのは暁なのだ。


「萌、あなた…」

何度母親が話しかけても、萌は泣くのを必死に我慢してるのか、口を開かない。

「申し訳ありません。萌さん、叩いてごめん。話してくれてありがとう」

響は深く頭を下げると、走って部屋を出て行った。


暁に謝らなければ。

雨足は行きより強くなっていた。




自宅に着くと夕飯の時間だった。暁以外は皆揃っている。事情を説明すると、それぞれ声を出さずに呻いた。

「…やっと分かった」

慧が話し出す。

「だから暁、保護者面談のプリント捨ててたんだ」

「はぁ?」

恵が訝しげな視線を送る。

「私と暁、同じ部屋でしょ?ゴミ箱にそのまま捨ててあったの見つけたの」



―『暁、これ大事なやつじゃない?』

『あー、いいの。どうせお母さんいないし欠席で』

『響ちゃんじゃダメなの?私はいつもそうだよ』

『でも響ちゃん、オシャレしてくれるかなぁ』



「…はい?今のが何で暁の家出に繋がるんだよ」

訳が分からない、と恵が苛ついた仕草で尋ねる。

「私言ったの。『そりゃ無理だねー』って」

―しばし沈黙した。

「『暁がオシャレ教えてあげなよ』って言ったら、めちゃめちゃやる気出しててー」

「それで口紅?」

「別にいいじゃん。中学生から同じ服が似合うなんて響ちゃんだけだろ」

「恵、黙って」

気をつけないとすぐ脱線する。

「ダサい姉ちゃんを、暁は見せたくなかったってこと?」

「萌ちゃんってお母さんと仲悪そうだったんでしょ?響ちゃんのこと、羨ましかったんじゃないかなぁ。ダサいって指摘されたんでしょ?」

「ちょ、ちょっと待って。それ関係あるの?」

それに、そんなに連呼しないでほしい。

「万引きは萌って子がしたんだろ。でも暁は黙ってた」

恵が大きく息をついた。

「何でも話す暁が、隠しごとなんてそこからおかしかったんだ。―(ともだち)を庇いたかったんだな」

「それだけ良い子なんだろうね」


虚勢を張るように、試さないと人を見れない萌。万引きという犯罪まで侵して、とても愚かだ。響は、それだけで人を決め付けると思われたのだろうか。だから暁は話すのを躊躇ったのだろうか。チクリと胸が痛んだ。

…でも。そんな詭弁を並べていても、いきなりそんな話を聞いたら知らずに穿った目で萌を見ていたかもしれない。暁の危惧は事実だった。

―それなのに、『信じる』なんて。


「響ちゃん、泣くなよ」

恵の声に、自分が俯いていたことを知る。

「暁もバカだ。信じてもらえないかもって勝手に怖がって。殴るぞ、俺は」

「やめとけよ、メグ兄。一生言われるぞ」

「探しに行こ?響ちゃん」


ケータイは通じない。

恵と哉に暗い道をお願いし、響は人通りの多い繁華街を探すことにした。慧は自宅待機で連絡を待つ。

それに、家に帰ってきたとき明かりがついていた方がいい。


暁の門限はもうとっくに過ぎていた。


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