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32.信じる?信じない?(3)

値札がついたままのアクセサリーが意味すること。

たまたま店員が取り忘れたかもしれない『2980円』の値札は、中学生の暁にとっては高額で、ボールペン1本ですら自慢しにくる習慣を考えると何かあると思わずにいられなかった。


「暁、慧にお金借りたんだって?そんなにいるなら私が貸したのに」

翌日、友人の家から帰ってきた暁は随分機嫌が良くて、思い切って尋ねた。

「あ、それ結局使わなかったんだ。サト姉返すねー」

「いいよー。欲しかった化粧品は諦めたの?」

「化粧品?」

慧の予期せぬ言葉に聞き返す。

「響ちゃんにね、似合う口紅があったんだって」

ニヤっと笑って慧が言った。

「ち、違うもん!自分にだもん」

サト姉のバカ!と罵声を浴びせながら、暁はポカポカ慧の背中を叩いた。その様子はいつもの妹だった。違うのは、あのアクセサリーだけ。


しかし3日後、また出てきたのだ。


―今度は口紅と形を変えて。




響は包装されず、身ぐるみ剥がされたように寒そうな口紅をポケットにしまった。暁が盗んだなんて考えられなかった。ただ、何かある。暁から話してくれるのを待っていたが、響はとうとう口を開いた。

「暁、口紅買ったの?」

「口紅ぃ?なんで?」

「これ、カバンにあったよ」

コト、と目の前に出す。最初は初めて見るように目を見開いていたが、暫くして苦虫を噛んだような表情を浮かべた。

「…カバンに?」

「どうしたのか聞いていい?」

「知らないよ」

低く呟いて、暁は立ち上がった。

「友達の家に行ってくる」

「あきら!」

今にも飛び出さんばかりの衝動が分かり、大声を出してしまう。

「まさか、私のこと疑ってんの?万引きしたって?」

「そんなこと思ってない!でも、この口紅は?買ってないのにここにあるのはおかしいよね?」

「知らないって言ってるじゃん」

「暁が知らないなら、私がこのお店にお金を払いに行く。それが礼儀だよ」

「何言ってんの?!」

自分でもそう思うのに止められない。驚いて非難する妹の瞳を、響は真っ直ぐに見返した。

「暁のこと信じてるから」

「…………」

虚勢を張ったような突っ張りは、束の間だけ揺れた。目を伏せて、言葉をこぼす。

「今は言えない」

その意味を考えようとした隙に、暁はサッと件の口紅を奪い取り、本当に家を飛び出してしまった。




「―響ちゃん、慎ちゃんから連絡あった」

パタン、とケータイを閉じて慧が言った。

「なんて?」

響の代わりに恵が答える。

「興奮してるから泊まらせるって」

「3歩の家出ってなんだよ、馬鹿らしい。響ちゃん今日はもう寝な」

暁は隣の慎一の家に押しかけたらしい。生まれる前から交流のある相馬家だ。二つ返事で暁は外泊となった。安否の確認も取れたし、恵たちからこれ以上考えても仕方ないとあやされる。

それでも響の体は頑なに動かない。膝を抱えてソファにうずくまる姉の姿に、恵と慧は目配せをした。

「よしよし、じゃあ響ちゃんは今日ここで寝るんだな。布団持ってくるから」

ポロっと落ちた涙を、兄弟は見ないフリをしてくれた。

でも雲が拾ってしまったようだ。しとしと、と静かに雨が降り出した。



いかにも梅雨らしい気候の所為か、どんより薄暗い空にぴったりな腫れた目をこさえて、慎一と合流して登校する。

「暁の友達って大丈夫?」

世話になった礼を口にする前に、幼馴染は言った。

「昨日、家出てすぐうちに来たわけじゃなかったんだよ、暁。どうも友達の家に行ってたみたいで」

「別に珍しいことじゃないよ。最近は頻繁だもん」

「で、うち来たときすっげーイライラしてて。ケータイ折ろうとしたんだよ」

「え?」

響は思わず足を止めた。暁のケータイはどこもかしこもキラキラにデコレーションされて、彼女の一番の宝物だ。それほどまでに怒りを露わにするなんて初めてだった。

「ケンカでもしたのかって聞いたんだけど何も言わないで『今日は家に帰りたくない』の一点張りだったんだ」

はぁ、と嘆きそうになるのを必死で我慢する。暁とのすれ違いが怖かった。

落ち込む響を見て、慎一も眉を下げて頭を撫でた。響にはこういうのが一番堪えるんだろうと思いながら。



玄関口で傘を畳もうとしたとき、バシャッと水しぶきが顔に命中した。そのままドン!と強く荷物を当てられる。

「痛っ…」

ポタポタと前髪から雫をたらしながら顔を上げると、仁王立ちするギャルの集団がいた。

「アンタ、何考えてんの?」

「マユのこと泣かせて、うちらを敵に回したってことだよね」

噛みつくような言い草に目を白黒させて、どうやら彼女たちは高田麻由と友達らしいと頭を働かせた。

「シカト?聞いてんのかよっ!」

ガン!と傘立てを蹴られ、ものすごい音になった。

「何のことですか?」

まさか緒方とのくだらない噂のことだとは夢にも思わず、響は警戒しながら聞いた。ギャル集団はその質問が気に食わなかったらしい。律儀に答えを待っている響を無視して、騒然と悪口を吐き出す。順番に喋ってもらえないだろうかと茫然としていた。


「響さん!」

突然、真上から切羽詰まった声が降ってきた。

「何してんすか?びしょびしょで…」

「な、那須くん」

那須がゴシゴシと制服の袖で額の水を拭ってくる。

「先輩達、苛めっすか?4対1って汚ねぇな」

「はぁ?うちらは話があって」

「どうぞ」

「な、」

「ここでどうぞ」

響の前に立ち、ハッキリと言う那須の声はよほどの威力があったのだろう。あれだけ騒がしかったギャルたちも瞬間に口ごもり、ぶつぶつと言い捨てて走って行った。

「那須くん、ごめん。助かっちゃった」

「何今の?いつもあんなことされてんの?」

「いや、今日だけ。びっくりしたー」

言いながら、本当に何だったんだ?と首を傾げる。只でさえ暁のことで頭がいっぱいなのに。

無意識に俯く響を見て、那須は気が気じゃなかった。どこか外れていて飄々としている、いつもの彼女じゃなかったからだ。

「無理すんなよ。あんなダサい言いがかり、俺が蹴っとばすから」

何故か泣きそうな声に、響は固まった表情筋を緩めた。

「蹴っちゃだめでしょ」

「じゃ殴る」

「何でそう暴力的なの?!」

ツッコミと同時に腕を掴んでしまった。那須はやっといつもの響に戻ったと、笑う。見上げる響の手は那須の腕にある。かつてない距離の近さに、照れ隠しに言った台詞をもう一度伝えたいと口を開いた。


「―そこ、もう授業始まりますよ」


「先生!」

チッと舌打ちしたくなるほど、絶妙のタイミングで泉に邪魔をされた。那須は聞こえないフリをしたかったが、

「天谷さん、今日日直でしょう。仕事ありますよ」

「はっはい!」

辛辣に言う泉がそれをさせない。

「那須くん、ありがとね!」

幾分元気になった響は、那須の気持ちを知る由もない笑みを浮かべて駆けていく。

「あー…」

何だよ今の。泉って自分から生徒に話しかける教師だったか?那須は呻きは廊下に消えた。




長くなったので一旦切ります。

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