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30.信じる?信じない?(1)

『このお天気は今日限り!溜まった洗濯物を片付けるチャンスですよ』


そう微笑むお天気キャスターが女神に見える。

『頑張るお母さんへのプレゼントですね』なんて、いきの良いことを言ってくれる。窓から差し込む日差しに、響は頷いた。


大急ぎで洗濯機を回す、機嫌の良い自分を見てか、弟妹たちもホッとした様子だ。そんな中、暁が甘えた声でおねだりをしてきた。


「おこづかい?何買うの?」

「色々…。化粧品?とか雑誌とか?」

おこづかいの値上げの要求をしてきた妹だが、欲しい物は明確に分かっていないようだ。

「これって決まってないのにあげられないよ」

「うー…」

「それにお化粧もおこづかいの範囲でやるって約束だもん。ダメですー」

「はぁい…」

もっとごねると思ったが、意外にもあっさり引き下がった。暁の年頃に色々欲しい物があるのは分かるが、やり繰りも覚えてほしい。響なりの躾だった。


そうして洗濯を片付けるのに専念していたら、とっくに遅刻の時間になっていた。今日ばかりは仕方ない、と響は諦めてのんびり登校した。それにしても良い天気だ。気分良く下駄箱で上履きを出したとき、隅でうずくまるように座る女子が見えた。


「大丈夫ですか?」

声をかけると、くるんと丸い瞳がこちらを見た。その顔は記憶に新しい―緒方とキスをしていた、高田麻由だった。

「あ…はい」

心なしか顔色が悪い気がする。貧血だろうか。唇だけは綺麗なグロスで彩られ、アンバランスに見えた。

「保健室行けますか?先生、呼ぶ?」

高田麻由は、しばらく放心して響の顔を眺めていたが、首を振って言った。

「…準。準、呼んで」

「じゅん?」

「おがた、じゅん」

かすれた声を理解するのに時間がかかった。不安げに揺れる彼女の瞳からはふわっと涙が浮かんできて、響は思わず彼女の背中をさすった。

「緒方くんね。今呼んでくるから、足伸ばして座って」

一度溢れだした涙は止まることなく、麻由はすすり泣き始めた。言われた通りに伸ばされた足は、スカート丈が短すぎてあまりにも寒そうだったので、自分のブレザーを脱いでかけておく。急いで教室に向かおうとして響はハンカチを渡した。

「そんなに泣いたら顔が溶けちゃうよ」

小さい頃、泣き虫だった暁によく言ったセリフだった。



「天谷さん?何時だと思っているんです」

運悪く、1限目は泉の授業だった。時間にうるさい彼のことだ、いつもに増して眼鏡を光らせ凄まれる。

「すみません。先生、緊急事態です。緒方君、ちょっと」

「はい?」

呼ばれた緒方は片肘をついたまま、固まっている。泉が文句を言いだす前に、緒方を引っ張って麻由のところへと戻った。

「な、なに?」

「高田さんが呼んでるの」

緒方は一気に顔を歪めた。そう言えば彼は、口付け事件を『奪われた』と嘆いていた。しかし理由が何であれ、あんなに泣いていた麻由を見過ごせない。


「…じゅん」

麻由は目を真っ赤にして、現れた緒方を見つめた。

「マユちゃん、どうしたの?授業中なんだけど」

「ごめんなさい、でも話が―」

緒方は口調こそ柔らかいものの、麻由の目を逸らし髪をガシガシとかいた。その様子に苛立っていると響でも見て取れる。見慣れない姿に戸惑ったが、部外者が立ち入るべきではないと響は戻ることにした。


「話?俺はないよ」

「いい。準に好きな人いてもいいから」

「マユちゃん。そういうの、もうやめようよ」

「マユは準が好き。お願い、もう一度やり直して」

「ごめん。それは出来ない」

「今はそれでもいいから」

緒方のハァと深いため息と沈黙が続く。

「―生理、こないの」

「え?」

「妊娠したかも」

麻由の脈絡のない話に、緒方は一度目を見開いて、静かな声を出した。

「………それ本気で言ってんの?」

「どーして?マユは本気だよ。誰とでもそんなことしない!準だから、彼女だって信じてたから!」

「マユちゃん、落ち着いて」

「この人ならいいの?天谷さんならいいのっ!?」


響は、突然の名前に心臓が口から出そうになった。


「なんでそうなるの?」

「準、おかしい。何でこんな子、どこがよくって」

「やめろ」

緒方の身震いするほど冷えた声はよく通った。その威力に響は思わず振り返る。背を向けて立つ緒方の顔は、どんな表情を浮かべているのか想像もつかないが、怒っているのだろう。少し離れた位置で見る麻由の大きい瞳が、蒼白した顔から零れ落ちそうになっていた。

「やだ、やだ、なんでっ、なんでよぉ…っ!」

麻由は懲りずに叫び、鞄や周りにあるものを投げ出した。緒方は無視してそのまま教室に戻ろうとする。

「緒方くん、どこ行くの?」

「教室」

響の顔も見ようとしない。慌ててグイッと腕を掴んだ。

「―なに?」

口を開く前に、緒方に聞かれる。

「何って…」

「信じるの?天谷ちゃんは」


―信じるって?


言葉に詰まった響を横目に、緒方は方向を変え、今度は学校を出て行った。

途方に暮れた響は、とりあえず泣き喚く麻由の元に走る。

「高田さん、大丈夫?」

「やだっ!触んないでっ!何よ、こんなのっ」

膝にかけていたブレザーを蹴られる。激しい抵抗に、響はキツく言った。

「高田さん。お腹に赤ちゃんがいるかもしれないんでしょ?暴れちゃダメだよ」

「!」

ビクッと肩が跳ねる。急に押し黙った麻由を見て、更に続けた。

「緒方くんとちゃんと話そう。私は関係ないけど、通りがかっちゃったから。まずは保健室行こう」

響より背が高いのに随分細い肩を支えて、麻由を連れて行った。その間、彼女は俯いて一言も喋らなかった。


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