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28.ちょっとの変化

自分が流行に疎い方であるとは、弟妹たちや珠美から言われて知っているつもりだった。


「響ちゃーん、これはぁ?」


暁に連れてこられたショッピングビルは何事かと思うほど大音響に包まれていた。別にお祭りと言う訳ではないらしい。けたたましくて、ちょっと挫けそうだ。

「え?何?」

隣にいる暁の声すら聞きとれない。しかし常連の妹は慣れた様子で鼻歌を口ずさみ、次々と響に服を合わせて楽しんでいるようだ。

「ちょっと、これじゃ下着が透けちゃうよ」

ぼーっとしてるととんでもない服を合わせられる。響は慌ててシースルー素材のブラウスを暁に突き返した。

「見せブラすればいいじゃん」

「ぶ…ッ!?」

周りに聞かれていないか、左右を見渡してしまう。

「じゃ水着」

「泳がないのに?!」

「うん。私も水着♪ホラ」

暁は肩からカラフルな布を見せてきた。恥ずかしげもない様子にはぁ、と嘆息してしまう。

確かに妹は昔から派手好きの片鱗を見せていたが、ここまで自分と正反対とは、生まれ持った性格の違いだろうか。厚い化粧の下には自分とそっくりな顔があるくせに、今の暁を見ても誰も姉妹だとは思わないだろう。

それでも響にとっては幼い妹に変わりない。服を見繕ってもらったお礼にいくつか暁の服も買ってやった。



「ありがとう響ちゃん!」

「喉乾いたから、お茶飲んで帰ろっか」

目に入った喫茶店に足を進めようとして、

「アキラ?」

と声をかけられた。振り向くと、暁に負けずキラキラの髪の女の子たちがいた。

「えっモエ?」

「ウケるー!なんでいんの?」

「買い物ー!マルキューで」

「マジ?うちらもいたんだけど!メールすれば良かった」

キャハハとすごい盛り上がりようだ。

「お友達?」

響は尋ねた。友達と合流したいなら響はお暇しようと思ったからだ。

「ダレ?」

モエと呼ばれた子が響を見やる。

「あー…何でもないっ!うちら用あるから、またメールする〜。バイバイ」

「え、暁いいの?」

「行こっ響ちゃん」

何故かはぐらかす暁に引っ張られ、響は喫茶店に入った。


「友達良かったの?」

「うん。いつでも遊べるし」

「暁に良く似た子たちだったね」

「うちら、高校生になったらギャルサー入ろうって言ってるんだー」

「…へ〜」

当然初めて聞く言葉だったが、美味しそうにパフェを食べる妹を見たら何も言えなかった。

「響ちゃん、今日のワンピ絶対着てね!デートとかにさ」

「ははは、着れる日がくるかしら」

「エプロン響ちゃんもいいんだけどさー、たまには違う響ちゃんになってもいいじゃん?そうやって色々試してみたらもっと最強になるって言うかー」

「最強…」

暁の言うことは極端だ。

「そ!私は最強のギャルを目指すの」

それが何なのかよく分からなかったが、暁の言葉足らずな提案に響は微笑んだ。久しぶりの買い物は楽しかったし、また近いうちに行ってみよう。


当初は緒方の気が触れたとしか思えない『消毒』の本質を知るための買い物だったが、暁の友達も知れて、なかなか有意義な一日になった。…と言うことで、緒方の件は響の頭からサッパリ消えた。




翌日の昼休み、響は混雑を避けてわざわざ遠くのトイレに出向いた。人通りの少ないこの場所は待つこともない穴場だ。手早く済ませると、物影に隠れるように泉と女子生徒が話していた。


「―話しはそれだけですか」

盗み聞きは良くない、と思ったもののただならぬ殺気を感じ、踏みとどまる。


「は、え、はい」

「くだらない。一介の教師にくだらぬ空想を広げる暇があるなら、もう少し小論文の勉強でもなさい」

「私っ本気です!」

「迷惑です。僕は仕事をしに来ているんです。巻き込まないでください」


「わっ!!」

思わず声を上げてしまった。泉と対話していた女子が響に突撃するように走り出したのだ。顔をグチャグチャにして、可哀相に泣いているようだった。

「…天谷さん?」

「先生」

目の前の泉は、以前の氷の瞳をしている。ため息をついて口を開いた。

「また王様みたいな顔になってますよ」

「はぁ?それより君、いつからそこに」

「先生がさっきの人に怒り出すところからです。何ですか、あの言い方は!」

強気に言うと、泉はムッとした顔になった。

「先生は教師なんですよね?厳しい指導とは言え、泣かせなくてもいいでしょう。大人なのに」

「泣いたのはあっちの勝手です」

「それが教師の言い分ですか。せっかく勇気を持って先生に挑んだのに」

「…なにか誤解があるようですね」

眉間に皺を寄せたまま、クイッとメガネを光らせた。

「う、お、脅そうったって無駄ですよ」

ヒヤリとした冷気を感じ、響は後ずさった。静かに怒りを浮かべる顔はやはり恐ろしい。

「先生、少し微笑んでもいいじゃないですか」

「はい?」

「そんなしかめっ面だから、あんな恐ろしい噂が流れるんです。さっきの子もきっと頑張ったけど怖すぎて耐え切れなかったんですよ。先生のその威力も大切かもしれないけど、笑ったって死ぬわけじゃないでしょう?」


響は昨日暁に言われた言葉を思い出した。あれだけ恐ろしかった泉がハチミツ好きと分かって、響は親近感を持った。こんな魔王にも好きな食べ物があるくらい人間味はある。人は見た目だけでは分からないと力説したい反面、たった少しの笑顔で印象が変わるならば、こんなに得なことはない。

鼻息荒く、響は抗議した。

…しかし身の保身を考えて、泉からかなり距離のあるところで。


「…ちょっとこちらに来なさい」

「う、ぼ、暴力はだめですよ」

「何言ってるんですか!?」

泉の怒号に、響は咄嗟に腕で顔をガードした。

「ああ、僕としたことが」

「先生、厳しすぎる躾は時として子どもを傷付けます。評価は正当にしてくださいね」

「…君、よく変わってると言われるでしょう」

その言葉に今度は響がムッとした。せっかく真剣に言ったのに。すると泉はうっすら笑って響の頬を軽く抓った。

「痛っ…な、なにを!」

「笑顔ですね、覚えておきます」

泉はさっきの不機嫌な顔と打って変わって、表情を緩めている。

「君、面白い顔してますねぇ」

「先生!それは笑顔じゃなくて、バカにしてると言うんです!」

「分かってるじゃないですか」

―殴ってもいいよね?

大口を開けて爆笑し出した教師に、響の拳はプルプルと震えた。他の生徒が見たら、泉の爆笑など幻覚と疑うだろう。それほどに珍妙なことだと、響には考える余裕もなかった。

「はい、昼休みも終わりますよ」

ひらひらと手を振って、泉は颯爽と去って行った。


取り残された響は抓られ損、ということだ。

―何だアイツ!

もう敬意は表さないぞと魔王からの降格が決まった。


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