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3.半額市の乱

3日に1度は通う『スーパーいちばん』は毎週水曜に半額市と称して、肉が安くなる。この日を逃すものかと、すっかり顔馴染みになったおばちゃん達と競い合うのだ。

「来たわね、響ちゃん」

「4人の弟妹がお腹空かせて待ってますからね」

「それ卑怯よー。譲りたくなっちゃう」

「中山さん、情けは無用よ」

「分かってます!」

とかなんとか言いつつ、10分前から並んでいただろうおばちゃん達はギリギリにやってきた響を隣りにいれてくれるのだ。

「今日ウチはステーキが欲しいの」

「ステーキ!?そんな贅沢うちはできません。合挽きと豚お願いします」

「中山さんとこ、息子さんがお誕生日なんですって」

「いいですねぇ!おめでとうございます」

「半額じゃないと買えないのよ」

顔見知りの戦友とは物々交換もするので、欲しい食材は予め提言しておく。


時刻になり、扉からワゴンを押してガタイの良い若いお兄さんが出てきた。

「くるわよ」

磯田のおばちゃんの神妙な声に、響も戦闘体制に入る。カランカランとベルが鳴った瞬間、堰を切ったように人がなだれ込んだ。

「ちょっと!それうちの」

「痛い!足踏まないで」

「皆さん押さないでくださいー」

肉しか目に入らないおばちゃん達に、若い店員の声はかき消される。

響は豚コーナーに飛び付き、瞬時に目算して胸に抱え込む。カゴなんかに入れておくと取られてしまうことだってあるのだ。

無事ミンチにコマ肉を手に入れてホッと下がろうとしたとき、後ろにいた響の2倍はありそうなおばちゃんが―つまづいた。

危ない!と思う間もなく、響は下敷きになった。

「大丈夫ですかっ」

「うー…」

カゴが頭にぶつかって酷く痛む。カランカラン!とまた激しくベルが鳴り、非常事態に客も離れていく。

「響ちゃん!大丈夫!?」

仲良しの中山さんと磯田さんが駆け寄ってきた。

「…お肉…」

「ここにあるわよっ」

良かった…。胸元にない戦利品だけが心配だったのだ。響はそのまま意識を手放した。




「―今何時!?」

勢いよく起き上がると、あのワゴンを押してきた若い店員がいた。

「よ、4時半です。大丈夫ですか?」

「あ、はい…私寝ちゃったんですね」

見渡すと知らない部屋で、控室か何かに運ばれたようだった。

「ご家族呼びましょうか」

「大丈夫です。帰ります」

そこで響は気付いた。

「肉!あのっお肉は!?」

ない。あるのは通学鞄だけだ。

店員は目を見開いてから、急に咳き込みだした。響に背を向けて震えている。

「あ、ありますちゃんと。すみませ…ヤベ、ツボった」

ヒィヒィ言って体を揺らして笑い始めた。

「…………」

なんだこいつ。響は眉をしかめたが、机に戦利品を見つけたので安心した。今日はショウガ焼きにしよう。そんなことを考えてると、ノックの音がして年配の男性が入ってきた。

「起きたか?」

「あ、はい店長」

「おっ、これはどうも。具合どうですか?」

響に向けて頭を下げる。

「大丈夫です。お世話になりました」

「こちらの不手際です。すみません」

ひたすら薄い頭を下げて謝られると先程の怒りも収まってきた。

「もう一人の方は大丈夫でしたか?」

「ええ、お客様のおかげで怪我もなかったようです」

「そうですか」

少しホッとした。響がクッションになったということなのだろう。

「今後はこのような事態にならないよう注意しますので、お許しください」

「いえいえ」

父親くらいの店長に平謝りされて、響は焦った。

「今回はお代結構ですので」


―なに!?


「えっ!?ほ、ほんとですか?」

畜生。もっと買っておけば良かった。そう思ったのが顔に出たのか、また若い店員が爆笑しだして店長から拳骨をくらっていた。


怪我もしたもんだ、と響は足取り軽くスーパーを出た。珠美の家に立ち寄り、お米とお味噌までいただいてその足でクリーニング屋に寄る。一袋に入るだけ1000円のセール期間に、冬物コートを兄弟5人分大量にお願いしたのだ。

「持てる?」

「大丈夫!自転車あるから」


そう意気込んだものの、店を出て途方に暮れた。ふっくら仕上がったコートは両腕が食い込むほどに重く、カゴに入れようにも米が占領していた。調子に乗って、バケツの味噌までもらってしまったし。


「天谷ちゃん?偶ー然」

足元に影が重なって顔を上げると、緒方がいた。

「お、緒方くん」

「うん。緒方だよ」

ニコニコと微笑んでいる。

「あれ?部活は?」

「サボっちゃった」

軽いなおい!悪びれもなくお茶目に舌を出す緒方に益々尊敬してしまう。

「天谷ちゃんこそ何してんの?」

「あ、クリー」

ニングと言いかけて、響は今の自分の状況を見た。すぐ横の愛車にはカゴどころか取っ手部分にもスーパーの袋が掛かってとても見苦しい。

そう、とても見苦しいのだ。目の前の彼は汗もかかず髪もバッチリ決まっている。それなのに自分はスカートは皺だらけ、ボタンも取れかかって、青痣もできている。緒方を見れて嬉しい分、すぐ隠れたい気持ちになった。


「買い物?偉いね」

「え…」

「てかスゲー荷物じゃね?俺持つよ」

「そっそんな」

なんと!響は固まった。

幻聴じゃないのか?プレイボーイが自分にまで及ぶなんて信じられなかった。

「遠慮しないで。女の子でしょ」


―女の子でしょ。


その言葉は響の全身に染み渡った。女扱いをされたのはいつぶりだろう。家事に翻弄され、女も男も関係なく生きてきた響にはあまりにも幸せな言葉だった。


「響!」

「え?」

そんな夢のような甘美な空気が怒鳴り声で蹴散らされた。

「あれ、恵」

息を切らして緒方を睨む恵がいた。

「俺の連れに何か用」

「はぁ!?」

「え?響ちゃんの彼氏?」

「違う違う違う」

「何してんだ、帰るぞ」

「ちょっと待って恵」

「ほら、貸せ」

勝手にクリーニングの袋と、自転車に下がっていたスーパーの袋を器用に取って恵は先に歩いてしまった。


「ごめんね、緒方くん」

「いや、俺こそ勘違いさせちゃったかな」

「違うってあれは」

「相馬と言い、天谷ちゃんもビッチだなぁ。あれ明学の制服でしょ?めちゃ頭いーじゃん」

イケイケの緒方の話しは半分も理解できなかった。曖昧に頷いて、遠くでまだ怒鳴っている弟の元に風丸を押して走って行く。

その後ろ姿を緒方は意味ありげに微笑んで見ていた。


「誰、アイツ」

恵はとても不機嫌だった。

「クラスメイトだけど。恵、それ重たいでしょ。貸しな」

「いーって。俺何歳だと思ってんの?背だって響ちゃんより全然でかいじゃん」

そりゃそうだ。小柄な響は見上げないと恵と目線が合わない。しかし、姉風情が邪魔をしてどうしても世話を焼いてしまうのだった。


「そうだ!さっきの何あれ、呼び捨てなんかしちゃって」

「どうだった?」

急に嬉しそうな顔になった。

「ええ?どうもしないけど」

「俺は気分良かった~。呼び捨てにしようかな、響♪」

「気持ち悪い」

「なんでだよー!」

ようやくいつもの恵に戻ったようだ。響はフッと笑って恵をもう一度見た。

「ねぇ、ビッチって何?」

途端、恵は器用にブーッと息を吐きながらむせた。頭だけは良い恵だったら知っていると思ったのだ。

「な、な何で。さっきの奴に言われたの?」

「良く分かったね」

「あの野郎…」

ぶつぶつ珠ちゃんがどうの、とか呟いて結局、

「響ちゃんは知らなくていーの!」

と、教えてもらえなかった。



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