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23.彼たちの苦悩

「好きな女に、チャラ男の方がいいって言われた…」


ポーン、ポーン…


「普通、チャラ男が真面目になると好感度上がるんじゃねぇの?そういうギャップにキュンとするって少女漫画に書いてあったのに…」


ポーン…


「グダグダうるせー緒方!」


珠美のスマッシュが決まった。ここのところ鬱憤が溜まっていたからスッキリした。汗を拭って、珠美は休憩がてら顔を洗いに行った。

「なぁ、珠ちゃんてさー」

懲りずに話し掛ける緒方にガンを飛ばす。

「な、何だよ…。キャラ変わってねぇ?」

「あんたも変わったんじゃない」

いつもなら見かけないクラブの練習風景。緒方は自分から参加するようになった。


文化祭の『飽きた』発言を受けた小橋紗織を皮切りに、ところ構わず手をつけた女性達とキッパリ縁を切った話しは耳に新しい。

校内ミスNo.1に選ばれた高田麻由と言う女子は、随分真剣に緒方に入れ込んでいたらしく、解決できたのか何なのかビンタを食らって帰ってきた。

その原因が一重にあの世間ずれした親友にあるなんて…珠美はため息をついた。


「…普通なら、今の緒方に惹かれると思うよ」

「はは、普通じゃないって?」

「響じゃないよ。家が…特殊なだけ」

「イエ?」

「これ以上は教えない。響に聞きな。でも、それもあの子の一部」

ちょっと詩的に言って、珠美は練習に戻った。緒方は目を白黒させていたが知ったこっちゃない。ただ、珠美の言ったことは事実だ。


響をがんじがらめに縛りつけているのはあの家だ。でも、あの家があるから響がある。本人もそれを厭っていない。

―しかし、珠美は願っている。家じゃない何かで響が幸せになれることを。




「よっ!響さん」

「おうびっくりした、那須くん」

「おうって…」

今日は恒例水曜の半額市だ。校舎から駆け出そうとしていた響を、那須が待ち伏せしていた。

「だって今から戦いだもん。気合い入れてるの」

そう言うと、那須は爆笑する。良く笑う人だ。しかし見てて気持ちの良くなる笑顔だと思う。

「じゃ急がなきゃね。手貸して」

「手?」

「引っ張ってあげるから、手繋いで」

「何言って…」

呆れて顔を上げると、

「緒方先輩とは良くて俺とはダメなの?」

軽い口調とは裏腹に深刻な表情を浮かべていた。随分懐かれたものだ。

「いいよ。はい」

「えっ…いいの?」

言っておいて驚愕の那須に手を差し出す。響の倍はありそうな大きい手のひらだった。

「弟とも良く繋ぐんだよね」

あの体と知能指数だけでかい、精神5才の恵は、嫌だと断ると駄々を捏ねてご近所迷惑になるほど騒ぐ。いつからか、手くらいいいかと響は諦めるようになった。


「弟って…いくつ?」

「あ、そういや那須くんと同い年だ。変な感じ」

「な、何だそれは…」

低く呻いてから、那須はガバッと勢い良く頭を上げた。

「今は考えんのやめた!行こっ」

響の手を引いて、那須は走り出す。彼の一歩が響には三歩分になるので、飼い主にちょこまか着いていくチワワみたいになる。

「わっ、わ、早いよ~」

「弱音を吐くな!肉が逃げるぞ!」

「ひー」


悲鳴を上げながらも、風を切って走るのはなかなか気持ち良かった。





那須は高校受験に合格して早々、店長にお願いして春休みからバイトを始めた。

その初日から、響はスーパーにいた。既に制服を着ていると言うことは、信じられないが年上なのだろう。

常連らしく、すれ違うおばちゃん達に声をかけられ、挨拶を交わす。

カートは使わずカゴに山盛り食材を積んで、腕をプルプルさせながら歩く姿に、那須は何度もその細い腕が折れるんじゃと心配した。


聞けば、

『あそこ、お年寄りもたくさん来るでしょ。そんときにカートなかったら大変じゃない。私はまだ若いので良いんですぅ』

と自慢気に胸を張る。


最初何度か、同じ高校なのだと話そうとしたが、店のエプロンを着ている自分をあっちは後輩だなんて露にも思っていないかもしれない。それは何だかフェアじゃない気がした。

それに、彼女は水曜の半額市には必ず顔を出す。何をせずとも顔を見る機会は定期的にあるのだ。校内で偶然会ったとき、くるくる変わる表情がどんな風になるのか想像するだけで愉快になった。


結果、色んな偶然からこうやって一緒に帰る仲まで進展した。確実に流れはこちらに来ているはずなのだ。

それなのに、予想以上に鈍い彼女に何を言っても変化はないし、1年の中でも噂される、『憧れの緒方先輩が片思いしてるらしい』話に更に邪魔をされているようでとても気にいらない。




「那須くん、行ってらっしゃい!」

いつの間にか店に到着したらしい。言われ慣れない言葉に那須の心臓が跳ねた。

「ひ、響さんも、頑張るのはほどほどにな」

「分かってますー」

また髪を振り乱して肉合戦に挑むんだろう。勝利したときの彼女は最高に機嫌良く、那須のところに逐一報告してくれる。頬を紅潮させて目いっぱい那須を見つめてくる姿は、手に掴む戦利品(肉)さえ見なければ、頭を撫でくり回したいほどに可愛い。

顔がニヤけるのを必死で堪えて、那須は更衣室に向かった。


学校とは違う彼女をアイツは知らないだろう。まだ俺の方に分はある…それよりも強いては弟。高校生にもなって手を繋ぐ、とんでもない話の事実性をもう一度確かめなければ。

那須も気合いを入れた。

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