小話:小さな恋のおはなし(3)
慧編、最後です。
桜はもう散ってしまって、日差しの柔らかさだけが春だと言っていた。
いつもと同じ時間に、駅の改札を出た。
すると、初めて見る制服を着た慎ちゃんが立っていた。
「び、びっくりした。誰か待ってるの?」
ちょっと怖かったけど、勇気を出して話しかける。
「―うん。慧を待ってた」
ネクタイを締めてる慎ちゃんは少し背が伸びたのか、随分大人っぽく見えた。怒ってはなさそうだけど笑ってもいなくて、やっぱり怖かった。
「私?」
「少し話せる?」
頷くと、慎ちゃんは背を向けて歩き出す。慌てて後ろから付いて行った。
駅から真っ直ぐ歩いて、住宅街になると人もまばらになる。どこまで進むのかな?と思ったときに、慎ちゃんは足を止めてやっとこちらを振り向いた。
「し、慎ちゃん高校入学おめでとう」
何を言われるのか全く想像できなくて、とりあえず引っかかってた言葉を口にする。
「なんだよそれ、もう2週間は経ってるよ」
目を細めて微笑む姿に、私の胸は高鳴った。
「あ、合格もおめでとう」
「それこそ遅すぎる」
照れ隠しに言って、少し笑った。
「髪、伸びたな」
え?と慎ちゃんを見上げた。そうか、こんな風に話していたときはまだ短かったんだ。
「伸ばしてる方が似合う」
懐かしい、いつもと優しい顔で微笑まれて、私は何だか泣きたくなった。
「慧、俺のこと嫌いって言ったじゃん」
唐突な言葉に、う…と口ごもる。
「他人だとも言われたし。関係ないって、酷い言葉だよな」
ねちねちとした言い方に目を合わせられなくなる。思ってなくても言ってしまったことは事実だったから。
「でも、俺は慧のこと、好きなんだよね」
「…え?」
呼吸も時間も、全部止まった気がした。
「だから、ほっといてって言われてもできない」
「それってどういう…」
「俺は、慧のこと妹だと思ってないよ」
信じられない。
けど、目の前の慎ちゃんは生まれて初めて見る顔をしていた。
真剣で、少しぎこちなくて、耳まで赤かった。
「ひ、響ちゃんは…」
「響?言ったら、ああやっぱりって納得してた」
―どこが?!
頭が混乱して、鞄を握る手に力が入ってしまう。
「慧は?俺のこと、そういう目で見てくれる?」
慎ちゃんが、私だけを見ている。私の名前だけ呼んでくれる。
それがどれだけ嬉しいことか、伝えなくちゃ。
「わ、私も慎ちゃんが好き」
「え?」
「お兄ちゃんとして、じゃないよ」
「ほんと?」
春の、穏やかな風みたいに慎ちゃんは笑った。
頷くと、やったと言って優しく抱きしめられた。
すごく嬉しくて、恥ずかしくて、信じられなくて心臓が壊れそう。
でも慎ちゃんの体があったかくて、私も背中に手を回した。
これからは一緒に学校へ行こうと、慎ちゃんは言ってくれた。
ふわふわとした気持ちのまま、私は家に帰った。
キッチンからトントン…と包丁の軽快な音が聞こえる。少しずつ響ちゃんと話せるようになっていたけど、勝手に閉じこもってた理由や謝罪の気持ちは伝えていない。私は唾を飲み込んで、響ちゃんに話しかけた。
「響ちゃん、ただいま」
「お帰り。今日は早かったんだね」
響ちゃんはいつもの笑顔を向けてくれる。
「今日はね~暁のリクエストにより、ザ・洋食だよ。グラタンとねーオニオングラタンスープ。男にはオムライス」
「わー美味しそう」
「肉がないって怒られるかなー」
トントン…包丁の音も優しく聞こえて、私に勇気をくれた。
「あのね、響ちゃん。私ずっと慎ちゃんが好きだったの」
「ああ、慎に言われた?」
分かってたように微笑む。少し恥ずかしくなって俯いた。
「慎ったらおっかしーの。ずっと受験のときみたいな顔しててさ。慧のこと好きでもいいかって聞いてきたんだよ。私は父親じゃないっつーの」
「でも慎ちゃんは響ちゃんのことが好きだと思ってた」
そう言うと、響ちゃんは包丁の手を止めた。
「慧、それは違うよ」
「うん。響ちゃんはね、私から見たらスーパーマンなの」
「ええ?男なの?」
ふざけて言ったけど、本当にそう。
「私なんかより、ずっと素敵だからって勝手にね、比べて落ち込んでたの。響ちゃんが大変なときに自分勝手な行動してごめんなさい」
「………」
響ちゃんは優しい顔で黙って聞いていた。
「響ちゃん、ごめんね」
もう一度言うと、涙が溢れてきた。
「何、泣いちゃって。もういいよ」
「ううん、私、響ちゃんのこと大好き。でも、一番好きなのは慎ちゃんなの。ごめんなさい」
「謝ることなんてないよ」
ほとんど変わらない背丈の姉に、抱きついた。
「でも、2番目に好きなのは響ちゃんだよ」
「いいんだよ、それで。寂しいけどいいの」
「響ちゃんのこと、大好きだよ」
「ありがと。私も慧が大好きだよ」
言葉で言い表せない、心をいっぱいにする想いだった。
拙い言葉だけど、ちゃんと分かってくれたと思う。私の姉はスーパーマンなのだから。
「慎に何かされたらちゃんと言うんだよ」
「ふふ、何かって」
「こういうのってお赤飯炊くのかな」
「炊かなくていいから!」
「でもおめでたいことじゃない」
「やーめーてー!」
随分久しぶりに、響ちゃんと顔を見合わせて笑った。おかしくて涙が出るくらいにお腹を捩って。
「ただいまー。何笑ってんの?」
「あっ響ちゃん、今日グラタン?わーい」
「腹減ったー。姉ちゃん飯は?」
あったかいリビングに恵ちゃん達も集まってきた。
大好きな家族。私の大事なもの。またここに戻れて良かった、心から思った。
ちなみに慧と慎一の話しを聞いた哉と暁は仰天し、恵は諸手を挙げて大喜びしました。