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小話:小さな恋のおはなし(1)

次女・(さとい)視点です。

1年ちょっと前のお話になります。

―ごめんね、響ちゃん。

滅多に泣かない慧が目を真っ赤にして言ってきた。

―謝ることなんてないよ。

そう返したけど、心はぽっかり穴が開いたようだ。


手がかかると思っていた弟妹たちも、早かれ遅かれこんな風に巣立っていく。分かっていたのにこれだけ寂しくなるなんて。

響はそのままタマネギのみじん切りの所為にして涙を拭った。





これはまだこの時間が永遠に続くと思い込んでいたときの話し。






「あれ、慧、髪切ったの?」

帰ったらまた幼馴染の慎ちゃんが我が者顔でリビングに寛いでいた。

「それ、先週も言われた」

「ははは、でも似合うよ。そういうのも」

慎ちゃんは私の2つ上だけど、すごく適当な人だ。遠慮がなくて失礼で、笑えば許されると思ってる。

「どーしてまた慎ちゃんがいるの?」

「響の買い物に付き合ったから」

ふーんと返して部屋に入った。何でもできる姉と彼が一緒なのはいつものこと。もうすぐ高校生になるくせにそういうの気にしないのかしら。通ってる中学はいわゆる恋バナが流行で、耳年増になっていた。


兄弟の真ん中は手がかからないと言うだけあって、自分は個性的な兄弟の中では至って平凡だと自負している。一つ上の恵ちゃんは勉強してるか響ちゃんに抱きついてるかで気持ち悪いし、弟の哉は無口で良く分からない。妹の暁はファッション誌に自己投影しすぎて付いていけない。でも、その兄弟たちをまとめる響ちゃんは、すごい。いつどんなときでもテキパキと動いて、何もしていないところを見たことがないくらい走りまわっている。途中で成長が止まったみたいに小さくて、私はもうすぐ響ちゃんの背丈を追い抜かすと思う。


響ちゃんが相棒と呼ぶ、幼馴染の慎ちゃんは文字通り生まれた頃から家族のように入り浸っている。そんな慎ちゃんが、今の私には邪魔だった。

彼は兄のようで兄ではないし、友達のようで友達ではない。響ちゃんが、そんな人の前でも変わらないで着替えたりできるのが信じられなかった。


暫くするとドアをノックする音がした。

「慧、ごめんな。俺もう帰るよ」

慎ちゃんがそう言った。

「そう」

わざわざ言いにくる意味が分からなくて俯いていると、

「…慧、俺のこと嫌いになっちゃった?」

「え?」

「なんてね。響に構いすぎだって怒られた」

またな、と言って慎ちゃんは私の頭を撫でて帰って行った。咄嗟のことで何も言えなかった私はその場にしばらく固まっていた。

「…また響ちゃんか」

呟いた言葉は廊下にポツンと消えた。

慎ちゃんは二言目には響、響って口癖かと思うくらいうるさい。昔から私のことを妹のように可愛がってくれたけど、それもお年頃になれば限界がある。―私はもうとっくに慎ちゃんをお兄ちゃんのように思えていなかったから。慎ちゃんに触れられた頭が熱を帯びたように火照っていた。


ベッドにダイブして、慎ちゃんを意識したのはいつだったかな…と記憶を辿る。

穏やかで、いつも笑顔の慎ちゃんは怒ったりすることなどないと思う。調子の良い奴、なんて文句を言うときもあるけど、器が大きくて恵ちゃんなんかよりとても頼れる存在だった。響ちゃんもそうだと思う。1週間に1度帰ってくればいいというお母さんの代わりをきっちりこなす響ちゃんは、笑ったり怒ったり、表現が分かり易い。そんな彼女に元気がなければ、すぐ何か悩んでたり、落ち込んでたりしてるんだろうなって分かった。

響ちゃんは絶対に弱音を吐かない。恵ちゃんが言ってた。もっと俺たちに不満をぶつけてくれればいいのにって、私も同感だった。でもきっとその強がりが響ちゃんを保つ安定剤なのかなって今は思う。

それでもその安定剤も補充が必要になる。それが慎ちゃんなのだ。


あれは、私が小学5年生の頃だった。友達と遊んで帰ってきたとき、リビングに響ちゃんと慎ちゃんがいた。

『響、どーしたの』

電気も点けずに薄暗い部屋の中で、慎ちゃんはすごく優しい声だった。

『私、メグの修学旅行積立忘れてた』

響ちゃんは膝を抱えて呻いた。

『そんなこと、事情を話せば大丈夫だろ』

『ん…。お母さんが学校に電話してくれたけど』

『響、響。メグが気にするはずないだろ?あいつなら行かなくても怒らないよ』

『哉がリレーの選手になったときも、ゼッケン忘れた』

『先生が付けてくれてたじゃん』

『私…、ダメだ。お母さんになんてなれてないのかも』

響ちゃんの弱々しい声はそのとき初めて聞いた。もっと小さいときも聞いてたかもしれないけど、覚えられる頭でもなかった。中学生になった響ちゃんは、完璧にお母さんの代役を、もしかしたら本物以上にこなしていた。でも一人だけ制服を着て、違う学校に行って。お母さんは響ちゃんの中学入学に安心したように、外泊を増やしたけど、響ちゃんの変化はたくさんあったのかもしれない。

『ならなくても大丈夫だよ』

『え?』

響ちゃんがようやく頭を上げた。

『だって響の家にはお母さんちゃんといるだろ?』

『…慎がお父さんだっけ』

『そうそう』

良く分からないけど、二人だけに共通の何かがあるように笑いあった。

そこでリビングに入ってしまえば良かったんだけど、私は踏みとどまって、見てしまった。

笑ってたはずの響ちゃんが、急に泣き出し、慎ちゃんがそれを抱きしめてる姿を。


私はそれがすごくショックで、もう一度外に出たのだった。



大分時間が経って帰宅すると、遅い!と響ちゃんから怒られた。慎ちゃんはいなくて、響ちゃんの顔に涙の跡はもうなかった。それからかな、慎ちゃんが特別に見えて、いつも一緒にいる同じ学校の制服を着る二人を見るのが辛くなった。

私が中学生になったら、響ちゃんと違う制服が着たい。きっかけはそんなこと。受験をしないで上がれる地元の公立中学はブレザータイプだった。それならセーラー服にしよう。電車で通って、二人の姿を見なくていいくらい遠いところ。そうして私は自宅から1時間かかる女子中学を受験したのだった。


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