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19.怒りの実、はじけた

味噌汁の香りに誘われて、響は目覚めた。いつの間にか自分のベッドにパジャマ姿で寝ている。


リビングに向かうと

「あっ!響ちゃん起きたぁ」

「マグロうまー♪」

ご機嫌の妹たちがレトルト味噌汁を片手に宅配寿司にかじりついていた。

「今何時?」

「8時。響ちゃん具合どぉ?」

恵が言いながら響の額を触る。

「んースッキリ!すごい寝たって感じ」

伸びをすると体が軽くなった気がした。

「良かった。響ちゃん全然起きなかったから学校から背負ってきたんだよ」

「えっ?恵が?」

「私も行ったよ!慎ちゃんの執事姿見てきたの」

「ああ蝶ネクタイね…って私早退したの?」

「うん。舞子さんが先生に言っとくからゆっくり休んでくれって」

あの舞子さんに会ったのか。

「悪いことしちゃったなぁ」

「誰に?」

恵が響を真直ぐ見て言った。

「誰って言うかクラスの皆に。片付けしてないし」

珠美にあとでメールしておこう。そう思いながらお寿司に手を伸ばすと、弟妹たちが全員響を見ていた。

「な、何。食べちゃダメ?」

「響ちゃん…それでいいの」

「サト姉」

「響ちゃんのこと心配してイケメ…っぶ」

「暁、もっと食え」

妹二人が言いかけた言葉を弟たちが食い止める。4人が4人睨み合い、牽制し合う様子を見て響は全員がケンカなんて珍しいと思った。


「ちょっと!!」

響は青ざめた。急な叫び声にパッと4人が期待や不穏な目を向けてくる。

「あんたたち…こんなにお寿司頼んでいくらだったの!?」

その悲鳴はため息に流されたが、響はレシートの金額を見て更に発狂した。



確かに響は疲れていたし、店屋物を取ろうと思っていた。けれど!特上寿司15人前なんて頼むつもりはなかったのだ。

両親からは十分な生活費を毎月振込んでもらっている。しかし5人も兄弟がいてはいつ物入りになるか分からない。そんなとき両親にすぐ連絡が付かなかったらどうするのだ。響はそういうこともふまえて、しっかり倹約を心掛けていた。

しかも、今日は給料日の5日前。一番苦しいときに追い討ちをかけられ響は怒りに身悶えた。




翌朝。弟妹誰とも口を利かず、怒り狂っていた響を見て慎一が恐る恐る尋ねてきた。

「響…調子はどう?」

「すこぶる快調ですよ」

「慧が心配してたから…」

「財布の中身を?」

響の目が一段と怒りに燃え、慎一は墓穴を踏んだと後悔した。

「…あの子たちは知らないの。美味しそうだなって頼んだお寿司が何日分の食費になるかなんて」

「そ、そうか」

「私がいつもどれだけ頭を悩ましてやり繰りしてるなんてね、みーんな関係ないの」

「響、響落ち着こう」

どうどう、と慎一は暴れ馬にするような手振りをした。

「給料日まで水飲んどけって言ってやったわ!」

壊れた。疲労がピークになるとたまにこんな風に爆発するのだ。生まれてきてから知り尽くしている幼馴染の特性に、慎一は腹を決めて、暴れ馬に飛び込んだ。

「響、落ち着け。大丈夫みんな反省してるよ」

小さい体が抵抗しなくなるまで抱き締める。

「それにみんな響が頑張ってくれてることも知ってる」

腕の中の響が大人しくなった。

「暁なんか半泣きで俺に頼んできたんだぞ。哉もすっげー落ち込んでたし」

慧だって今日は一人で起きたらしいし、恵は…響に触れずに慰めてくれと、まぁこれは伝えなくてもいいだろう。とにかく他人の目から見ても弟妹たちが響をどう思っているかなんて一目瞭然だった。

「寿司も美味かったけど、響の手料理が食べたいって」

料理歴10年を迎える響の腕には舌を巻く。慎一の説得を響は大人しく聞いていた。

「…分かったよ」

慎一の腕の中でそう呟いたのが聞こえ、ホッとして解放した。


「―何してんの?」

真横で緒方が呆然と立ち尽くしていて、響たちは揃ってギョッとした。

「びっくりした、おはよ緒方く、」

言い終わるうちに響は緒方に腕を引っ張られた。バランスを崩し片足でよろける。

「相馬、天谷ちゃん借りるけどいい」

「お、おう」

先ほどの響のように鬼の形相の緒方に、慎一は呆気に取られた。響も同様で何が何だかと言うままに、どこかへ引っ張られて行った。



緒方は響の腕を掴んだまま、人通りのない階段まで進んだ。いくら早歩きとは言え競歩のように急かされた響は息切れしていた。

「お、緒方く…ど、した」

みっともないと思いつつゼィゼイ空気を求める。

「聞きたいんだけど」

緒方はあからさまに怒った様子で、響を睨んでいた。

「相馬は彼氏じゃないんだよね」

「慎?そうだよ」

「ただの幼馴染」

良く知ってるな、と頷く。

「ただの幼馴染で」

緒方は声を張った。その迫力に響は体を縮こませる。

「朝から抱き合うもの?あれで彼氏じゃないっておかしいけど」

響は何のことか分からず、目を瞬いた。

「彼氏じゃないなら、家に泊まらせんな。ましてや目の前で着替えるって何考えてんの?天谷ちゃんにその気がなくても、男からしたら違うんだって。節度を守れ!」

「は、はい」

気分は正座で説教を受ける子どもだ。

「それから、一年に彼女扱いされてるのしっかり断って」

「はぁ…。???」

ダメだ、また緒方が異星人に見えてきた…。

「俺はチャラ男返上する。分かった?」

「は、はい?」

「どっち」

「分かりました」

―嘘だけど。他に何と言うのだ。

「よし」

緒方は満足そうに頷くといつもの表情に戻り、響の手を引いて教室に戻った。


響には訳が分からなかったが、この感覚はどこかで知っている。意味の分からないダメ出し―恵にされるものとそっくりだった。

たくさんの女子に囲まれ、余裕の微笑みを振りまく緒方像がガラガラと壊れ、あれこれうるさい弟とかぶり、響は愕然した。


―こ、こんな緒方くん嫌だ。



しかし緒方は元には戻らなかった。


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