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15.計算通りの疲労

響は泣きそうだった。

目の前には大量のゼッケンに、ボタンが取れたワイシャツ。


「ねぇ、哉。どうしても今日やんなきゃだめ?」

「ごめん姉ちゃん。明日どうしてもいるんだ」

いつもだったら二つ返事で引き受けていたくらい、珍しい弟の頼み。それでも今回ばかりは簡単に引き受けられなかった。

「姉ちゃん、文化祭の準備で忙しいの。ボタン付けて欲しかったら早く言ってよ?」

「うん。気をつける。俺も手伝うから」

そんな節くれだった太い指で針が持てますかい。そう思いつつも悪意のない哉にこれ以上強く出れず、アイロンを出してもらったりする。


夕飯の後片付けが終わり、お風呂に入って一息ついた夜10時。さてサンドイッチ100食分作るかとキッチンに立ったとき、哉が大量の布を持ってきたのだ。

手縫い以外許されない、ゼッケン10枚にワイシャツが5枚。それらを手にして哉は頭を下げてきた…そして冒頭に戻る。


丁寧にアイロンをかけ、なんとか日付が変わる前に終わらせた。

「響ちゃん、コーヒー入れようか」

「ありがと…」

いやに気が利く恵に入れてもらったコーヒーを飲んで、あとはサンドイッチの用意だ。

「恵ー肩揉んで」

「はいはい」

恵の手は大きくてすっぽり響の肩が収まる。ツボを熟知しているこのマッサージは心地良くてついうとうとしてしまう。ここ一週間満足に取れなかった睡眠が恋しくて舟をこいでいると、

「5分で起こしてあげるよ」

と天使の囁き。何故か後ろから抱きかかえられながら、響は淡い眠りに落ちていった。


「明日も寝ててね」

と言う悪魔の声は聞こえずに―。



「響ちゃん!起きて」

瞬間ハッと覚醒する。

「何度か起こしたけど」

「わぁっ1時間寝てた」

その間ずっと後ろにいたのか。

「恵、ありがとね。助かった」

深夜まで付き合わせて申し訳なく思った。

「いや、今から作るの?大丈夫?」

「うーん、このまま徹夜で行くよ」

「俺、届けるから明日休めば?」

「いいよ。明日だけだから」

目をこすってゆで卵を30個作りだし、レタスを五玉ちぎってく。心配そうに立つ恵を部屋に追いやり、響は黙々と作業に徹して行った。

朝の陽射しがリビングに振り注ぐ頃、やっと片付いた響はヨロヨロと重い体を引きずって学校に向かって行った。


…今日は店屋物で許してもらおう。帰ったら貪るように寝るぞと気合いを入れた。



一年に一度のお祭騒ぎは賑やかだった。うるさいくらいの音楽がかかり、集客の声が飛び交う。

本格的なイギリスカフェはその中でもゆっくり寛げるし、イケメンが見れると人が途絶えなかった。舞子さんの思惑当たったりである。


「響ースコーン追加」

慎一がグッタリしながら駆け込んできた。

「もう30個切ったよ」

「焼ける?」

「1時間かかる」

少ない調理担当の子で回し、お昼頃は忙しさがピークだった。それでも見よう見まねで覚えてくれた子が、少し休憩してくれと言ってくれた。


眠気で視界もぼやけていた響はその言葉に甘えることにした。

朝からずっと調理室にいるが、喫茶店の教室はどんな感じなんだろう?保健室で仮眠を取りがてら覗いてみようと向かった。


2年2組、響の教室は女子の人だかりができていた。

「緒方先輩チョーカッコいいです!」

「一緒に写真撮ってもらってもいいですか?」

「うちで休憩していただけましたら」

緒方が微笑んで礼を取ると、キャー!とハートが飛ぶ。こういう行事ごとにはあまり参加しないと言っていた緒方も、今回は舞子さんの努力に絆されたのか、積極的に彼の技を駆使して集客に専念していた。なかなか好評のようだ。響も徹夜で作った甲斐があった。泥のような疲労もこれで救われると微笑む。

…みんな写真いいなぁ。あとで誰かにもらおう。

そう思っていると、緒方と目が合った。


「あ、天谷ちゃ―」

自分の名前を呼ばれた気がした。でもすぐ周りの女子達に押され、かき消される。気のせいかな?と思って足を進めるとガチャン!と何かが割れる音がした。

「きゃっ!」

「うそっ」

わぁっと悲鳴も聞こえ振り返る。


―緒方がしゃがみ込んでいた。


周りにはポットが粉々に砕け散っている。

「緒方先輩!」

「緒方くん大丈夫?!」

「やだっ準!どうしよう」


「アチ…痛ぇ…」

腕まくりから見える腕が真っ赤になっていた。

「どうしたの!?」

響は咄嗟に駆け寄り、オロオロ青ざめる女の子に聞いた。

「あ、私が緒方先輩引っ張ったら…」

「熱湯入ったポットかかちゃったの」

メイド服を着たクラスメイトが後を繋ぐ。火傷だ。


「西澤さん!お水バケツに入れてきて!」

近くにいた彼女にそう叫んで、緒方の腕に花瓶に入っていた水をぶっかけた。

「誰かお水ない!?」

差し出されたミネラルウォーターもかける。

「痛む?感覚ある?」

「大丈夫…」

「立てる?保健室行こう」

「天谷さんっ!水っ」

窮屈だとは思ったが、無理やり腕をバケツに浸した。氷を当てすぎて凍傷を起こしても困る。

「慎っ支えてあげて」

「大丈夫か、緒方」

「悪ぃな…」

「ガラス気をつけてね。私、先生に説明してくるから」


そう言い残して、響は駆け足で着いて行った。

火傷は怖い。昔、暁がいたずらして電気ポットを触り熱湯をかけてしまったことがあるのだ。あのときは肝を冷やしたし、暫くはケロイドになり大変だった。


保健室に行くと先生は驚いた様子だったが、素早く処置してくれて緒方の表情も穏やかになった。

「すぐ水で冷やしたのが良かったわね」

「はい」

「軟膏塗って固定しておくけど今日中は痛むかも。あまり動かさないようにね」

諸注意を受けているとき、急にドアが開き、慌てた様子で生徒が駆け込んできた。

「先生!窓ガラスが割れて怪我しちゃった子が…!」

「えっ!今行くわ」

バタバタと走って行く。


「…天谷ちゃん、マジでありがと」

「ううん、大したことなくて良かったね」

緒方がいつもよりはにかんだ笑顔を向けてきた気がした。

「相馬も。もう大丈夫だよ」

「良かったな」

安心すると眠気に襲われてきた。頭がぼうっとする。

「…響、ちょっと寝とけば?徹夜だったんだろ」

何で知ってるんだろう。慎一の言葉も生半可に聞き流し、響はベッドに横たわった。


そしてそのまま闇に落ちるように深い眠りへ…―。


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