11.台風男
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恵が通う明晃学園…生徒の半分近くが日本トップの大学へ進学する名門高である。
国際化にも富んでいて、授業内容を教えてもらったりしたが、響にはちんぷんかんぷんだった。…論文のテキストが英語でした。
ちなみに響は計算だけは得意である。しかも『¥』を付けると更に早く解ける。人間の洗脳とは素晴らしい。
県内でもトップレベルを誇る私立高校に、恵は首席入学したとして奨学金制度を受けられることになった。
そうじゃなければ通えないだろう。響は最新設備の調えられた校舎を目の前にして唖然とした。玄関が自動ドアなんですけど…。
響は今日、恵の弁論大会に来ていた。受付で記帳し、ホールへ足を運ぶ。弟には会わないつもりだ。今でも見つからないようコソコソしている。
「天谷君ってさー」
後ろの生徒がピンポイントで出した単語に思わず聞き耳を立てる。
「彼女いるってほんと?」
―へえ!何だ、恵のやつ。思いがけず弱味を握って響はほくそ笑んだ。
「そうなの?」
「マナミから聞いたんだけど」
「あれ、マナミじゃないんだ、彼女」
「ねー。天谷君のケータイ知ってたのマナミだけでしょ?」
「すごい自慢してたよね」
「それが、言われたんだって。『彼女が弁論大会にくる』って」
「じゃ他校の子なんだ!」
「もーマナミ、血眼で探してんの」
「あはは、探してどうするの」
「宣戦布告するらしい」
すごい。恵はモテるようだ。マナミさん、不甲斐ない弟でごめんなさい。
「うっわ、マナミらしい。でも探せんの?」
「何かね、ヒビキって名前なんだって」
―ガタッ!
響は思わず立ち上がった。後ろの女の子達も驚いている。
「…すみません、お手洗いどちらですか?」
無理矢理作った笑顔で、響はトイレに駆け込んだ。
あいつは、あの馬鹿野郎は実の姉を巻き込みやがって。もうちょっとまともな嘘をつけ!響の額に青筋が立った。久々に怒りで目眩がした。深呼吸して、何とか気持ちを落ち着かせ会場へ戻る。さっきの席に座るのは怖いので、一番後ろの隅に移動しよう、としたとき。
「天谷さん?」
ヒヤリと足元が冷たくなる。
「えっ…い、泉先生!」
あの時計人間が、上等なスーツに身を包んで立っていた。一段と気合いが入っているようで、響は慌てて目を逸らした。
「どうして君が…」
「あ、あーおと、弟」
「落ち着きなさい」
ぴしゃりと言い放たれ、響の体は固まった。
「弟がしつ、出場します」
「弟…?」
くいっと眼鏡を光らせて、プログラムを見る。
「天谷恵くん、ですね。まさか僕の後輩だとは」
「えっ」
「明晃学園は僕の母校です」
―な、なんか嫌だ。
「何か言いましたか」
「ごめんなさい」
「謝るようなことを考えてましたね…」
ああもう怖い!目が、ていうか口元も、何もかも笑っていない。
「…………」
見てる。高い位置から自分を射抜くように見る氷の視線を感じる。
「何故僕が此所にいるのか聞かないのですか」
「…はぁ」
「卒業生代表として審査員になりました」
―聞いてない。
「残念ですが、公平に審査しますから贔屓できません」
「あ…はい」
「…………」
また沈黙。何だろう、もう去ってもいいだろうか。恐る恐る顔を上げると、泉は飽きずに響を凝視していた。
「あ、あの」
「天谷さんは大人しいんですね」
正直、泉とここまで話したことはない。七不思議として泉の末恐ろしい噂ばかり聞いて耳が肥え、響はガチガチに緊張していた。
「友人と話すときは賑やかにいるように思えましたが」
「はぁ」
何と返すのが正解なのか。そうですね?ごめんなさい?ぐるぐる考えてるうちに
「では時間なので、失礼」
と姿勢良く離れて行って、ホッと息をついた。何だか既にグッタリだ。
弁論のテーマは日本から見た海外について。文化は勿論、環境問題など何でも良いらしい。恵は温暖化について熱く論じていたようだ。憶することもなく立派に舞台に立ち拍手喝采を浴びる姿は、姉として誇らしかったが、正直内容は何も分からなかった。…英語のスピーチだったのだ。
全くどこにそんな脳みそがあったのか。天才と何たらは紙一重ってやつ?
小さい頃、恵は何でもかんでも聞き癖があった。
『なんでメグは響ちゃんと同じスカート履いちゃいけないの?』
『響ちゃんはどーしてお姉ちゃんなの?』
『なんでメグと響ちゃんは結婚できないの?』
そのたびに、
『そんなこと分かんないよ!』
と言っていたら、ある日を堺にパタっと止んだのだが。
そんな昔を振り返っていると、休憩になった。恵には悪いが、本人のスピーチはビデオに収めたし帰ろうと思った。こんな英語ばかり聞いてたら寝てしまいそうだ。泉に涎をたらして居眠りする姿を見られたら手足の一本くらい消される気もする。
…来年はもう少し勉強してこよう。
「恵!すごく良かったよ」
「ああ、成田か」
会場の外に恵と超絶美人の女子がいて、響は本能で身の危険を察知した。彼女は恵を見る目が何か違う。これが噂のマナミさんじゃないかとピンときた。
「でも発音は相変わらずね」
「うるせーな、帰国子女」
「うふふ、人の忠告はちゃんと聞かなきゃ」
言うなり、恵に腕を絡ませる。しなやかな体付きと艶のある黒髪が何とも大人の色香を出して響は赤面した。
「俺、ちょっと人探してるから、また後で」
「彼女?」
「え?あー、うんそう、そうそう彼女」
ばかやろう恵!今絶対面倒になっただけだろう!
そう叫ぶのを我慢して、恵の視界に入らないようにする。足音を立てずに柱に隠れようとしたとき、恵がいきなり振り返った。
「―響ちゃん!!」
「げっ」
声がでかい!隠れるものがないか左右を見て慌てるが、そんな暇もなくガッチリ両腕を拘束された。
「なんだよー!今帰ろうとしてたろー。良かった会えて」
「いやあの」
「…ヒビキさん?」
黒髪美女の目が笑っていない。
「違います、慧です」
咄嗟に出てきた精一杯の防御だった。
「え?でも今ヒビキって…」
「姉の慧です。いつも弟がお世話になってます」
「は?」
恵が余計なことを言わないように、思い切り足を踏んだ。
「あっお姉様?やだ、すみません。私、成田愛美と言います。恵くんとは親しくさせてもらってます」
やっぱりそうだった。コロッと柔和な表情に変えたマナミに背筋が凍る。
「恵から良く聞いてますー。仲良くしてもらってるみたいで」
「えっ…恵くんが?やだ、恥ずかしいわ」
ポッと頬を赤らめるマナミはとても可愛かった。先程の心臓を抉るような獰猛な目付きは震えるほど恐ろしかったが、きっとそれほどまでに恵を気に入ってくれてるのだ。
「この子、よく人の名前間違えるの。ごめんね」
「ひびきちゃ」
顔面を殴ってやった。
「ぐわっっ」
「きゃあ!?」
「あ、マナミさんごめんね。恵っ」
「痛ぇ!何すんだよー」
半泣きの恵に耳打ちする。
「…あんたこれ以上バカなこと言ったら今日から一週間珠ちゃん家に泊まるから」
「!」
「マナミさん、こんな弟だけど宜しくお願いしますね」
「はい!」
「じゃあ私は帰ります。恵、姉ちゃん本気だから」
「お気をつけて」
振り返らずに校舎を出た。本当にあのバカ弟は迷惑をかけてくれる。もう一発お見舞いすれば良かったと拳を見て思った。
恵の弁論は1位を取りました。