1.私の家族を紹介します
簡単に読めるを目標に一発書きで失礼します。お付き合い頂けると嬉しいです。
天谷響の朝は早い。
「響ちゃん靴下どこー?」
「やべー遅刻!なんで起こしてくれなかったんだよ」
「姉ちゃん、弁当」
「えっ今日いる日だっけ」
「あ、ごめん私がいらないの。書く欄間違えたー」
「…姉ちゃんの弁当持ってく?」
「いらない。行ってきます」
「響ちゃーん!靴下ー!」
「はいはい!」
朝5時に起きても4人も弟妹がいれば、自分に裂ける時間など毛頭ない。悲しいかな、華の高校生のはずの響は、片手にスーパーの特売チラシ、相棒の風丸と共に日がな夕飯のメニューを考えている。
それもこれも、新聞記者、カメラマンと仕事に明け暮れる両親の元に生まれた長女の呪縛だと思う。
ため息を吐きながらも、洗濯物を干す手は止めない。1日でも洗濯しないと5人分では膨大な量になるのだ。
「響ちゃんのバカヤロー!」
すぐ下の弟、恵が泣きながら出て行った。
「起こしたっつの」
走っていく自分より遥かに大きい背中に呟く。この春、進学高に首席で入学した恵は、遅刻の常習犯で先生から次はないと言われているらしい。只でさえ、家から距離のある高校なのだ。そうと分かっていても、朝に激弱な彼は何度声をかけても起きない。自業自得だ。
「響ちゃん今日夕飯いらな~い」
気に入りの靴下を見つけて(響には違いが全く分からない)ご機嫌の、末の妹、暁が出かけようとする。
中学生になったばかりのくせに、彼女は化粧のために1時間早く起きる。金にも見える眩しい茶色に染めた髪を背中に流してしゃなりしゃなり歩く姿に、お前はスーパーモデルかと言いたくなる。
「門限は8時だよ」
「はいはい」
母親がいない間は響が親代わりだと思って、暁にはうるさく言っている。しかし見た目とは裏腹にしっかりしている暁は、響の言いつけをきちんと守るのだ。
「…慧はいいの?明らか遅刻じゃない」
「もう諦めたのー」
焦る様子もなくゆっくりお茶を飲む、二女の慧は天谷家が生んだ天然記念物だ。何を思ったか、自宅から一番遠い女子校に通っている。彼女も朝が弱く、人間らしい反応が出るまで1時間はかかる。
その点、二男の哉は早起きだ。スポーツが盛んな中学の陸上部に入り、練習に励む姿は響一番の自慢である。しかし、大会に応援に行きたいと言う願望は一蹴され、未だ叶ったことがない。何をしなくても纏わりつく恵と違って、哉はお年頃のようだ。
洗濯干しが終わり、朝の食器を片付けているとインターホンが鳴った。出ずとも相手は知れてるし、鍵もかかってないのでそのまま放っておく。
「おはよう、響、慧」
「おはよー慎ちゃん」
天谷家の隣人で幼馴染の相馬慎一だ。ほとんど家族のようなもので、一年前から慧の彼氏になった。
「何か余裕だね。慧、時間やばくない?」
「もっと言ってやって」
「今日はね、恵ちゃんの所為だよ。洗面所占領されちゃったの」
すました顔の慧に慎一は苦笑した。
「響、何かやることある?」
「じゃあゴミまとめてもらっていい?」
慎一は響と同い年、今では同じクラスの腐れ縁だ。勝手知ったる幼馴染は響の大事な戦力である。そうして何とか朝の仕事にケリを付けて、3人で登校することにした。
「今日お昼はどうするつもりだったの?」
奇しくも5人兄弟全員違う学校に通う天谷家は、各々スケジュールが違うため、ホワイトボードに食事の有無、帰宅時間などを書いていく。
…まぁそれで違う兄弟の名前に書いてしまえば元も子もないのだが。
「今日は調理実習なのー」
「それでいらなかったのか」
慧の書き間違えの所為で、少食の慧用に小さいお弁当を用意してしまっていた。それを哉に渡しても良かったのだが、成長期の彼には3つあっても腹の足しにしかならないので止めた。
「なに?」
慎一が慧に尋ねる。
「お昼いらなかったんだけど、間違えて作ってもらっちゃったの」
「じゃ俺がもらうよ」
「え?いいよ」
止めてよ、という目で響は慎一を見た。
「俺今日パン買う予定だったし。慧どうせ食べ切れないだろ」
「ほんとー?良かった!響ちゃんのお弁当美味しいよ♪」
「無駄になるよりいいだろ」
二人揃って嬉しそうにこちらを見る。
「…好きにして」
家族同然とは言え、他人に残り物を詰めた弁当を覗かれるのは少し気が引けた。どうでもいいが、慎、そのキャラクターぶりぶり弁当箱で周りの目は大丈夫なのか。仲良く弁当について喋る二人を見たら、何も言えなかった。