1.ストライキを起こすサンタクロース
「山口さん、サンタが働きたくないと言ってストを起こしています」
細田美代が困った顔で、内閣官房副長官付参事兼申路市副市長心得の山口望に報告をする。
細田美代は、札幌の大学を卒業した。それから、北海道にある申路市役所で働き始めて5年になる。上司の山口は、一橋大学卒の32歳の女性官僚である。
細田の報告を受け、いつもの呆れた顔で山口は眉をひそめる。
「また、サンタクロースがごねているの?」
山口は、市長公室の側にあるサンタクロース振興課(兼副市長心得室、サンタクロース株式会社社長室)を出ると、昭和時代に建てられた鉄筋コンクリートの古い市庁舎の廊下を歩いていく。
「さて、サンタクロースをしばきにいくか」
と足早に歩き始めた山口の部屋履きのサンダルが、「ぽこぽこ」と、緊張感のない間延びした音を奏でる。
一方、運動靴を履いた細田の足音は、静かに廊下を軋ませる。山口は白いパンツスーツ姿である。申路市に国から出向から延ばし始めた髪は、肩にかかっている。すらりとした体形の女性である。細田は、少し肉付きが良く、ゆるふわ系のお嬢様のような容姿をしている。
2人が歩く市庁舎の廊下には木漏れ陽が入って来る。ガラス窓から見える市庁舎の中庭には、泉田市長が植えたラベンダーが、市長お手製の温室の中、一面に咲いている。雪で枯れないようにビニルハウスを増築し続けた結果、巨大なラベンダー畑が市庁舎を取り囲む形で設置されていた。さすがに、この地域では桜のお花見は、できない。しかし、年がら年中、市庁舎を取り囲むビニルハウスのどこかで真冬でも、ラベンダーを見ることができた。泉田市長が、順番にラベンダーが咲くように管理していたからである。
山口と細田が向かったのは、市庁舎の離れにあるサンタクロースの待機室である。この待機室も泉田市長や市役所の守衛である太田が、修理してサンタクロースの待機室に改造した木造のぼろ小屋であった。
「日本人は、労働者の人権を尊重しろ!」
おとぎ話のサンタクロースのように小太りで白髪の初老の男性が一人でストライキをしていた。
山口は、一人で抗議活動をして、駄々をこねている男性の顔を一瞬だけ、じっと見つめる。それから、床に座り込んでいる男性の前にしゃがみ、いつものように怒りを抑えつつもあきれ顔で慇懃無礼なくらいに丁寧な口調で話しかける。山口は仕事柄、あまり感情を表に出さない。だが、太田相手には、冷静な山口も感情を露わにする。
「太田さん、あなたは日本人です。北欧でサンタクロース研修を受けてきただけのただの日本人。ここは、日本です」
ゆっくりと、幼児に諭すように山口は床に座り込んでいる守衛兼日本唯一の本物のサンタクロースである太田和紀に笑顔で話しかける。今日は、疲れているのか、それとも殺人的な量の仕事を抱えているせいか目は笑っていない。
山口の横にしゃがみこんだ細田が、山口の耳元で呟く。
「山口さん、笑顔が逆に怖いです・・・・。」
霞が関の本省から出向して来た山口にはっきりと指摘をしてくる7歳年下の山口直属のただ一人の部下、細田のことを山口はとてもいとおしく感じている。太田は、山口達のことを意に介していないのか、床に座ったまま、しゃべり続ける。きっと暇なのだろう。
「日本人は働きすぎだ。過労死するぞ。サンタをいたわれ」
待機室には、鼻をつくような、シンナー臭がする。「スト中」と書かれたプラカードの横には、太田が使ったペンキ缶が置かれている。
山口が淡々と言った。
「太田さん。これ、市の備品ですよね。サンタクロースの自称組合活動に使うのは止めて貰えますか。そもそも、組合活動をしたいなら、組合の設立届を提出してください」
太田が反論しようとしたが、山口が遮る。
「北欧も、フィンランドも組合の設立届は必要です。両方とも、法治国家ですから。まあ、ラップランドがどうなっているかは知りませんけどね」
山口は、細田が「よいしょ」と待機室のパイプ椅子を持ってくると、太田に座るように促した。細田は小さい。初対面の細田を見て、「コロボックル」的可愛さを感じたことを山口は懐かしく思い出し一瞬だけ感慨にふける。
「サンタクロースは、年に1回しか働いてないわけじゃありませんよね?」
満面の笑みを浮かべた山口の詰問に対し、
「世界中の子供達に夢を与える仕事じゃぞ。しかも、今はふるさと納税の返礼品人気1位(当社比)」
「ふるさと納税のことは感謝しています。おかげさまで、道庁が他の自治体にもサンタを貸せと言ってきましたよ」
山口と太田のやり取りを、いつものことだからと傍観していた細田が声をあげる。
「ええ、サンタを貸しちゃうんですか?市の貴重な財源ですよ」
「北欧のサンタ協会とフランチャイズ契約ができるのは州政府単位で1市町村だけなのよ。日本は州がないですが、少なくとも都道府県レベルではサンタのフランチャイズ契約ができるのは申路市の1自治体だけでしょうね」
「じゃあ、青森県や秋田県ならサンタ協会とフランチャイズ契約ができますね」
山口は、真面目な顔で細田が答えると苦笑いする。
「あちらには、ナマハゲやイタコがいますから。ナマハゲや恐山のイタコがサンタクロースと共存ができれば契約できるでしょうが・・・。それよりも、太田さん、来月は11月のかきいれ時です。トナカイやソリの点検をしてください。12月は忙しくなりますから、今は大目にみます。12月になってからもそんな勤務態度だと物理的に大怪我をしますよ」
正直、サンタクロースの飛行の仕組みは山口にもまだ理解できない。いや、理解すべきものではないのであろう。自動操縦でトナカイがソリを引いているのなら、安全なのかもしれない。トナカイの自動操縦という概念が、山口の常識を崩壊させるのだが・・・。この申路市で実証実験を細々と行っている国土交通省の自動運転の完成形のレベル5、操縦者を必要としない完全な自動運転装置といえる。
山口は国からの出向職員である。2年間弱、申路市に出向している山口は、来年の春には、派遣元である国土交通省に復職するだろう。少しでも山口と話をしたいのか、最近、太田は駄々をこねることが増えたように細田は感じていた。




